始業式
今日から学校が始まる。今日は始業式だ。正直多少憂鬱なのは否めないけど、ここはこれからみんなと仲良くなって行けるチャンスだと前向きに考えることにしよう。
クラスメイト達に挨拶しつつ、自分の席に着く。早速隣の歩ちゃんが話しかけて来る。
「二人は宿題って全部終わってる派なんですか?」
「ちょっと意味が分からないけど、もちろん僕もかなちゃんも全部終わってるよ」
「ていうか今年は私も終わってるよ」
「え、二人はともかく、市子が全部終わってる!? え? ど、どういうこと? 毎年私と一緒に始業式の日から徹夜してたのに!」
歩ちゃんの動揺したセリフに呆れる。そんなことしてたのか。真面目そうに見えるし、成績は悪くないのに、なんなの。その宿題に対するぎりぎりをせめるチキンレース感は。
そしてそれが当然のように思っているから、全部終わってる派とか言うワードが出てくるのか。なんだよ、派って。ないから。普通みんな全部終わらせるから。
「ふふん。卓也君に見張ってもらって完了したのだ。いいだろう。羨ましがれ」
「羨ましすぎるっ。と言うか卓也君、そう言うことするなら私のことも誘ってくれてよくないですか?」
「あー。うん。どうかなって一回は思い出したけど、まぁ、歩ちゃんはしてるかなって思って」
本当は一回は思い出したけど、その後何やかんやしてて呼ぶこと自体考えなかったけど、そこは許してほしい。しょうがないよ。だって市子ちゃんは愛人予定の恋人だしね。普通の友人とは違うから。
さて、これからは他のクラスメイトとも、もっと友好を深めようと夏休み中に覚悟を決めてきた僕だけど、どうするか。具体的なことはノープランだ。
それに、何というかみんなの雰囲気ちょっと違わない? クラスの他の人に話しかけてみようかなってちらっと思っていたけど、なーんかみんなでこそこそしてる感じがするぞ?
何だろう。もしかしてクラスになにか噂とか広がってる? 誰かすごい夏休みデビューした人がいるとか、先生の急な産休があるとか、転校生とか? ちょっとわくわくしてきた。
「ねぇねぇ、かなちゃん。みんな」
「ちょ、ちょっといいか?」
「ん? あ、どうしたの? 木村さん?」
なんか噂とか聞いてない? と聞こうとしたら、ふいに後ろから木村さんが声をかけてきた。振り向くと木村さんはなんだかぎこちない感じで、頭をかいている。
「あのさ、話、あんだけど。今いい?」
「え? う、うん。なに? 改まって」
「ああ……その、この間、二人でいるの会ったじゃん? ほら、木野山と、夏祭りで」
「え、うん。そうだね?」
真面目な話っぽいから、ちゃんと椅子をずらして体ごと向き直ったのに、なんだか木村さんは珍しく歯切れの悪い感じだ。いつもずばっと物を言うのに。
「加南子が本妻で、木野山が愛人予定だって聞いたけど、ホントなのか?」
「えっ、あ、ま、まぁ、そうだけど……誰から聞いたの?」
「誰からっつーか、噂で」
別に隠すわけじゃない。恥ずべき事や悪いことをしているわけじゃない。だけど、噂って。さっきからみんながこそこそしてたの、僕の噂!? そんなの、恥ずかしすぎるでしょ!? えぇぇ……噂って何それ。
えーなんで? どっから情報漏れた、わけじゃない? 三人を見るけど、顔を横に振られた。まぁそうだよね。言いふらして何も得しないし。
あ、てか三人の顔を見るのに振り返って気づいたけど、クラスの注目浴びてる! うう。でもそりゃそうだ。夏休みの間にクラスメイト同士が恋人になってあまつさえ三角関係とか、そんなの気になるに決まってる。
場所を変えたいけど、もうすぐベルなるし。なんで木村さん今なの?
「あの、話って、後でもいい? もうすぐベルなるし」
「あ、ごめん。先に言わせて。あたし、その、あんたのこと好きだし、愛人にしてほしいんだけど」
「……えっ?」
予想外すぎること言われた。木村さんは確かに、見かけより家庭的で仲良くできていると思っていたけど、でも僕が好き? しかもこんな、教室で告白なんかする? 冗談じゃないよね? ど、え、え、やばい。頭真っ白だ。なんか言わなきゃ。えっと。
「あの」
「ちょーっと待った! 何抜け駆けしてるの!? そういうのは禁止って言ったでしょ!?」
「は? 知らないから」
「知らないってことはないでしょ」
急に、クラス委員の山田さんが割り込んできた。」
え? なに? 抜け駆けって。漫画とかでは、同じ人を好きな人同士のシーンで使うけど……、え? マジで? 僕、委員長にも好かれてたの!?
「あ」
きーんこーん、とベルが鳴った。
その後、手早く放課後に話そうとして、解散した。委員長は不満そうだったけど、僕が了承したので引き下がった。
○
そして、式が終わり、あっさりとHRは終了した。僕はかなちゃんと屋上で木村さんと会うことになっている。クラスメイトの微妙な視線を受けながら向かう。あ、市子ちゃんは遠慮してもらってます。自主的に言ってくれたし、人数多いと木村さんも困るだろうしね。
「さっきは急に、ごめん。小林にも、先に言うべきだったかも知れないけど、でも、他の誰かに先を越される前に言いたかったから」
「ああ、いや、私は大丈夫だよ。愛人をつくるかどうか決めるのはあくまでたくちゃんだから。気にせず、話して、ね?」
「う、うん」
かなちゃんに促され、僕は頷いて一歩木村さんに近寄る。
「あの、木村さん、その……僕のこと好きなの?」
僕の飾り気のない問いかけに、木村さんは少し照れたようにはにかんで、でも優しそうな笑みで頷いた。
「……うん。好きだよ。でも、小林がいるし、最初から諦めてた。だけど、木野山が愛人で、もし、他にも愛人を作る気があるなら、私もなりたい。もちろん、そこまで親しいとか、好かれているとか、そんな己惚れてないよ。ただ、私は本気で好きだから、そんな恋人扱いはなくてもいいんだ。私は、酒井君の子供が産みたいだけなんだ」
「っ、こ、子供って」
「前に言ったよね。私は祖父がいるんだ。ちゃんと結婚した祖父が。だから、余計にそういう、父親の顔を知ってるって言うのに憧れてたんだ」
子供の父親になってとか言う気はない。ただ写真を見せられるだけでもいい。子供さえくれれば、それでいいから。ちゃんと援助もするし、いざとなったら味方をするから、最低限でいいから、おこぼれでいいから、愛人にしてほしい。
そう言う木村さんは真剣で、だからこそ、何だか胸が痛くて、むっとした。
なんだそれ。それじゃあ僕は本当に、子供の材料で生産者の顔がわかるってだけで選ばれたんじゃないか。
こんな告白があるものか。いくら男女比が激しくて、国が管理した精子による匿名の人工受精が一般的だからって、僕が男で希少だから、それだけでそんなこと言われて、まるで子作りの道具だ。
「そんなのは、ごめん。無理だよ」
「そう、だよな。ごめん。急に」
断ると、木村さんはしゅんとした。その潔い姿に、僕は逆にいらいらが増して、つい責めるような口調になる。
「急にっていうか、そんな、そりゃ、間に合わせで言われても断るよ。僕のことを何だと思ったの? 愛人をつくる人間だからなんでもOKすると思ったの? 僕は純粋に、二人を好きだからそうするだけだよ。僕だからって好きでいてくれるからだ。それを、そんな、男で愛人にしてくれるなら誰でもいいみたいに言われて、OK出す人なんていないよ」
愛人をつくる人が近くにいた。ならちょうどいい、みたいに告白されて、それでドキドキしたりした僕が馬鹿みたいだ。
だけど木村さんは僕の言葉に、はっとしたように大声を出す。
「それは違う! ちが、違う! 誤解させたなら謝る。違う。私は本気で、酒井君が好きだからだ。そうじゃなきゃ、こんな恥ずかしいお願いを言えるもんか! そっちこそ、あたしのことを何だと思ってるんだ!」
「っ、そ、そんな。だって、そうとしか聞こえないよ。最低限で、子供だけつくれればいいなんて」
「それは! 恋人なんて高望みだから言ってるだけだよ! 本音ならそっちがいいにきまってる! でも無理でも、子供がほしい! 酒井君だから、子供が欲しいんだ!」
「木村さん、落ち着いて。近いよ」
「っ、わ、悪い」
顔を寄せて唾がかかりそうな勢いで、真っ赤な顔で主張する木村さんに、反応ができずにいると、かなちゃんが間にはいってくれた。
確かに、今のはお互い興奮してしまった。落ち着こう。
どうやら、僕がいらっとしたのは間違いらしい。なら話は変わってくる。
一歩引いてくれた木村さんに、僕は改めて口を開く。




