夏休みの終わり
「夏休みが終わってしまう……」
「そうだね」
夏休みもとうとう終盤。来週には始まってしまう。そんな日を前にした夏休み最後の市子ちゃんとのデートで、市子ちゃんはいつになく深刻そうな顔でそう言った。
僕だって休みは終わってほしくないけど、そんな世界の終わりくらいのテンションで言わなくても。
市子ちゃんは食べ終わったケーキのお皿を脇によせて、両肘をついて組んだ指の上に顎をのせて、僕を半眼で見ながらため息をつく。
「軽く言うけど、卓也君は大丈夫なの?」
「え? 大丈夫って何が?」
「宿題だよ、宿題」
「とっくに終わってるけど? てかこの間の登校日で提出したじゃん?」
「!?」
え、そんな裏切られた! みたいな顔されても予想外なんだけど。市子ちゃんだって、この間いくつか提出してたし、全然してないわけじゃないだろうに。
「何が終わってないの?」
「……読書感想文」
「またべたな奴を残したね」
正直、やろうと思えばすぐできるから後回しにしがちな奴。時間がかかると計画的にしないといけないけど、本を読んで書くだけだと思えばそんなにかからない。かつ、何だかんだやろうとすると普通に漢字の書き取りなんかよりめんどくさい奴。
「でもそれだけなら、そんな深刻な顔しなくてもよくない? 明日にでもやりなよ」
「実は、それだけじゃなくて、数学と英語の冊子も半分くらい終わってないし、新聞記事の切り抜きもやってないんだ……」
「って、結構残ってるじゃん! 僕とデートしてる場合じゃないでしょ?」
市子ちゃんから誘ってきたし、まさかそんな状況とは思ってもなかった。ていうか今までも結構遊んでたじゃん。
冊子結構分厚いし、半分って、真面目にがっつりしても半日かからない? かなりぎりぎりじゃない? まぁ、始業式では提出しないし、その授業で提出するのを考えたら、多少は余裕あるか。
僕の驚きに、市子ちゃんは少し頬を膨らませて目をそらしながら口をひらく。
「そうだけど、ていうかそもそも、宿題多すぎじゃない?」
「まあそうだけどさぁ。でもわかってたわけだし、毎日ちょっとずつすれば、普通に結構前に終わってたよ。僕ら、結構予習とかしてたし」
「僕ら?」
「僕とかなちゃん、だいたい毎朝勉強会してるし」
「……ずるい」
ずるいって、真顔で言われた。そんなこと言われても。可愛いけど、自主的にやることだし、もしやる気なら市子ちゃんだって歩ちゃんとするとか、何なら誘ってくれればいいのに、一緒に宿題しようとか一回も話題になってないよね?
「言われてもなぁ。じゃあ、明日から見張っててあげようか?」
「え? 見張るって?」
「いや、自分一人ではやる気にならなくても、誰かいて急かしてくれたらやる気になるでしょ? 僕でよかったら見張るけど?」
正直、勉強会の一番のメリットがそれだ。本気で始めれば、途中から集中力キレても簡単にゲームとかスマホをいじったりできない。相手がいるから話し出して中止しちゃうこともあるけど、自分が飽きても相手が集中してたら邪魔しちゃ悪いから、もうちょっとって頑張れるし。
だから、僕が市子ちゃんを見張り役して、勉強しろ勉強しろと急かしたら、一人でやるよりは早くできるでしょ。一人の方が集中できるって人ももちろんいるだろうけど、今まで一人でやって終わっていないのなら、市子ちゃんも見張られた方がいいタイプっぽいよね。
完全な善意のつもりだけど、何だか市子ちゃんは微妙な顔をしている。
半笑いのような、困ったような顔をしている。
「あれ? いやならいいけど、ちゃんと一人でできる?」
「出来なくはないと思う。と言うか、その気持ちは嬉しいんだけど、多分卓也君と一緒だと絶対余計に勉強なんかできないって」
「そう?」
「そうだって。そりゃあ、加南子くらい卓也君と馴染んだらそうでもないかもだけど、私が卓也君と自室で二人きりとか……しゅ、集中なんかできないって」
そう市子ちゃんは顔を赤くしながら目をそらした。ふーん?
僕はにやっと笑ってしまうのを隠さないまま、ちょいちょいと市子ちゃんを手招きする。市子ちゃんは不思議そうな顔をしたけど、察してくれて内緒話をするように耳をよせてきた。
右手を口元に当てて、身を乗り出して市子ちゃんの耳元で囁く。
「一緒に居たら、一教科終わるごとにご褒美とかできるけど、やる気出ない?」
「! そ、それはでる!!」
「わ、こ、声大きいよ」
「ご、ごめんっ」
カッと目を見開いて間近で振り向いて大声で返事をされたので耳が痛い。体を引いて文句を言うと、市子ちゃんは口元を抑えて、周りを見ながら謝罪した。
それから挙動不審に身を揺らしてから、机の上に身を乗り出すようにしてきた。僕も警戒しつつ、また内緒話のポーズになる。
「そ、それ、お願いしたいんだけど。明日とか、な、何なら今すぐにでもっ」
「うん、いいよ。それじゃ、市子ちゃんの家行こっか」
「う、うん! あいた!」
「市子ちゃん。落ち着いてよ」
「ご、ごめん」
勢いよく席を立とうとして、市子ちゃんは膝を机にぶつけていた。何をやってるんだか。でもそういうとこ、可愛いけど。
この後、市子ちゃんの家に行って、勉強を見守りながら、1P終わるごとにキスしたりして、夕方まで見張っておいてあげた。ずいぶんと進んだようなので、明後日もまた勉強会をすることにした。
○
「あ、あのさぁ」
「なに? 終わった? じゃあキスしようか」
「うん! じゃ、じゃなくてその、今やってるの、最後の教科じゃん?」
「そうみたいだね」
市子ちゃんとの勉強会二日目だ。初日が三時間未満だったことを考えると、かなりのハイスピードで進んだと思う。やっぱり見張り役とご褒美があると違うよね。って、ご褒美とか自分で言うのはちょっと恥ずかしいけどね。
でもこれで市子ちゃんは大丈夫か。……歩ちゃんは大丈夫なのかな? 聞いてなったけど。二人って似てるイメージだし。聞こうかな。
「あの」
「じゃあさっ、あ、ご、ごめん、なんでもない」
「え、なに? なんでそんな挙動不審なの? 普通に話して?」
話し出しがかぶっただけで、そんな謝らなくてもいいじゃん? 市子ちゃんそんなキャラじゃないし、僕らそんな関係でもないでしょ?
「う、うん……その、全部終わったら、最後だし、その、さ、最後まで、ご褒美が、欲しいです」
「あぁ」
そういうこと。それでそんな言いだしにくそうにしていたのか。……もう、可愛いなぁ、かなちゃんにこの可愛げを見習ってほしい。やっぱり女の子は、恥じらってる方が断然かわいい。
でもすぐにOK出したら面白くないので、ちょっとじらしてみる。
「しょうがないなぁ、市子ちゃんは。言っておくけど、宿題何てみーんな、ご褒美なくてもやってることなんだよ?」
つん、と頬をつついて言うと、市子ちゃんは頬を赤くして、うぅと小さく唸った。
「そ、そうだけどぉ。でも、この間も普通に帰っちゃうし、な、生殺しだよっ」
「ふふ。怒らないで。駄目、とは言ってないでしょ」
ジト目で睨んできたけど、全然恐くない。笑いながらそっと市子ちゃんの手をとると、意味もなく視線をきょろきょろさせてから、市子ちゃんは僕の手を握り返してくる。
「じゃ、じゃあ!」
「あ、もちろん終わってからね」
「す、すぐ終わらせるから!」
「うん、待ってるから頑張って」
「うん!」
市子ちゃんは僕の手をぽいっとばかりに離すと猛烈な勢いでペンを動かし始めた。
頑張るのはいいけど、めっちゃいい加減に手を離された。でもなんか、らしいって言うか、可愛い。もう僕なんでもいいな。うん、市子ちゃん可愛い。
僕はにんまり微笑んで市子ちゃんを見守り、歩ちゃんのことは忘れた。




