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あべこべ世界も大変です  作者: 川木
愛人編
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家族旅行2

 豪華な夕食を食べて、ご膳を片付けてもらってから、入浴前の腹ごなしにテレビをぼんやり見ている。お茶を飲みながら、机の真ん中に置いてある籠からお饅頭を……先にお姉ちゃんに取られた。


「お姉ちゃんそれ僕のだよ」

「ん? いや誰のでもないだろう。早い者勝ちだ」

「何言ってるの。数決まってるでしょ」


 2個ずつの味が3種類あるのに、なにを粒あん2個目にいっているのか。全く、信じられない。だと言うのに、お姉ちゃんと来たら平然と包みを開けて食べた。


「決まってない。私とお前では、胃袋の量が違うからな」

「ちょっとちょっと、異議ありすぎなんですけどっ」

「というか、さっきお腹いっぱいで食べられないとか言っていただろう。欲をかくとお腹を壊すぞ」

「甘いものは別腹って、女の人の方が言うでしょ」

「ふふふっ」

「んっ?」


 真面目に文句を言っているのに、お母さんが急に笑い声をもらした。思わずそっちを見る。信じられない。ここは末っ子で可愛い男の子の僕の見方をしてくれるところじゃないの?まして、一人で一種類を食べ切っちゃってるんだよ? 明らかにお姉ちゃんが横暴でしょ。


「ちょっとお母さん、何笑ってるの。お姉ちゃんに何とか言ってよ。もう、げんこつしてやっていいんだよ」

「おい、いくら何でも言い過ぎだろう。お前そんなに食べたかったのか? ほら、まだあるだろうが」


 お姉ちゃんが僕の前に、別の包み紙を転がしてくるけど、それこしあんだし。まさか気づいてないわけじゃないよね? 全然パッケージ違うしすぐわかるでしょ。僕は無言で睨んでこしあんを突き返す。


「子供みたいに膨れるなよ。まったく。悪かったよ。そんなに食べたかったのか? また明日にでも同じようなやつを買ってやるから」


 むむっ。まるで、僕が食い意地が張っていてしかも子供みたいにもうないものを食べたいと駄々をこねているように言う。全然違う。そうじゃない。

 僕はね、お姉ちゃんが僕らに確認もせずに勝手に食べてしまったことそのものを言ってるんだ。けして食べたかったからだけで、怒っているわけじゃない。僕はむしろ、お姉ちゃんの今後まで心配しているんだよ。今後、僕ら以外の人にそういう事しちゃって、もめたりしたらまずいでしょ? だから言ってるだけなんだよ。そう。正義は僕にある。


 お母さんならわかるよね? 客観的に見てわかるよね? と期待をこめてお母さんを見る。僕から言っても、しらじらしい。ここは年の功でお母さんからお姉ちゃんを諭してほしい。


「ふふふ」

「……お母さん、いつまで笑ってるの? 何とか言ってよ」


 アイコンタクトしてるのにお母さんはニコニコしたまま何も言ってくれない。

 まさか、二人とも僕に甘々だと思っていたのに、同性の肩をもつのか。女対男で多数決とったら100ぱー不利に決まってるじゃん。

 憤る僕に、お母さんはまたふふっと口元に手をあてて笑ってから、ごめんね、と優しい声をだした。


「ごめんね、笑って。でも、嬉しくて」

「え? 僕がお姉ちゃんにいじめられているのが?」

「ううん。じゃなくてね、兄弟喧嘩をしているのが、嬉しくて」

「……喧嘩ってほどじゃ、ないよ」


 そのお母さんのセリフに、僕は言葉に迷って視線をそらして何とか応えた。

 僕とお姉ちゃんが、ほんの少しでも、言い争った。全然本気じゃない、しょうもない内容で。それが、お母さんの目にどう映ったのか。それを全て察するには、僕では何もかも足りない。

 だから、僕は黙ってこしあんを食べた。お姉ちゃんの更生はまた今度にしよう。横暴な俺様だからこそ、僕を守ってやるぜ的な頼もしさがあるわけだしね。


「お母さん、別に、そんなに笑わなくてもいいだろ。喧嘩ぐらい、前からしてたさ。な? 卓也?」

「う、うん。そうだよ。お母さんがいなかっただけ」


 夏休みとかお姉ちゃんと二人なこともしょっちゅうだし、いい加減慣れて、僕の女関係とかじゃなったらそんな過保護でもなく、普通の兄弟関係だ。食事内容やチャンネル権でもめてじゃんけんで決着をつけたりとかしょっちゅうだ。でも確かに、お母さんの前でそういう事はなかったかもね。

 まぁだから、心配かけてたなら、悪かったけど、まぁ。うん。大丈夫だから。今後もずっと大丈夫だ。でもきっと、お母さんはそれでも僕を心配し続けて、喜び続けて、そして僕は大丈夫だと証明し続けていくんだろう。きっと、親子ってそういうものだ。


「そう? そうね。何だか、しめっぽくしてごめんなさいね。それじゃあ、そろそろお風呂に行きましょうか」

「ああ、そうだな」

「うん」


 それぞれ立ち上がって、入浴の準備をする。お風呂は当然男女別で、露天風呂だ。男性への配慮の為、きちんとトイレもお風呂も男子用があるけど、実際男性客はほぼいなくて、殆ど対外的なためのものらしい。なので規模が少し狭いけど、一人きりだから安心してはいって。と説明を受けている。


 資料写真を見せてもらったけど、確かに大浴場、とは言えない。同じ湯船に3人入ればいっぱいと言う感じだった。でも種類はちゃんと女湯と同じだけだし、一人で入るなら十分の広さだ。楽しみだ。

 綺麗に折りたたまれた浴衣を持つと、いやでもテンションは上がる。


「じゃあたくちゃん、お風呂出たら連絡するから、廊下でまったりしないでね?」

「え? なんで? それぞれ帰ったらよくない?」

「いや、それは駄目だろう。風呂上がりで一人でふらつくな」

「そうよ。男性客はたくちゃんだけでも、女性客は他にもいるんだから。気を付けるのよ」

「わ、わかったよ」


 気を付けるって。部屋に戻るだけなのに。従うけど、さすがに警戒しすぎでしょ。全然無関係の人はいないんだから、まさか変なことにならないだろうに。

 まぁ、この家族旅行は元々親孝行の要素もあったんだ。むやみに心配させることはない。素直にうなずいておく。


 そしてお風呂だ。中に入ると、確かに向こうで経験のある銭湯なんかに比べるとこじんまりしている。着替えを入れるロッカーもしっかりした鍵付きだけど10しかない。洗面台も1つだ。

 中にはいると、やっぱり記憶と比べると狭い。でも確かに、独り占めと考えるとめちゃくちゃ広いぞ。この種類の湯船を順番待ちとかすることなく、好きに出入りできるんだ。十分すぎる。むしろ女湯より好待遇だ。小さい湯船と言っても、手足を十分伸ばして余裕がある。


「ふー」


 一人とは言え、自分で気持ちよくなりたいし、気もひけるのでしっかり体を洗ってから湯船に入る。まだうっすらと空は明るいけど、いくつか星も見える。湯船につかって空を見る、とても贅沢な気持ちになる。

 ジャグジー、露店風呂、うたせ湯、寝湯、日替わりの菊湯と湯船をまわり、十分に温まったので湯あたりする前にあがることにした。電気風呂以外は全てまわったので、良しとする。あ、サウナもはいってないや。でも嫌いだからいいよね。しんどいもん。


「あ、お待たせ」

「ああ。おい、帯緩いぞ」

「え、そう?」

「そうだ。……いや、直せよ」

「えー、おかーさん、直して」

「はいはい。じゃあちょっと、襟持ってて。お姉ちゃんは人が来ないか見ててね」

「いいけど、マザコンすぎじゃないか? 加南子に呆れられても知らないからな」


 全く、お姉ちゃんは本当に、過保護な時とそうじゃない時の差が激しすぎない? だいたいかなちゃんが僕を呆れるとか、愛想をつかすとかそういう事絶対ないんだから。……ないよね?

 一応、後で確認しておこうかな?


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