第52話:不確定要素すら巻き込んで
きりが悪かったのでまとめたら一気に・・・ どうしてこうなった
一話だけど長い注意
ぽつり、ぽつりと降りしきる雨。さきほどまでは眼前には邪竜の巨体があり、とても天候に意識を集中するどころではなかった太朗だが、セリアが猛禽類のごとくヤスナトラへと襲撃をかけているのを見つつ、太朗は息を吸い、吐く。目こそ閉じはしないが、瞑想している時のように五感が鋭敏になる感覚を味わっていた。
「……ん、面倒だな」
『――仕方なし』『――私達だと無理くさいですからね~、お兄様』
太朗の周囲には、二つの元素が集っている。固定する性質と、発散する性質を持つ両者の元素は、入り乱れ、太朗の手もとのバンカ・ラナイの鞘の内側――より正確には刀身にまとわりつくよう、収束していく。この際、刀身全体に細い糸のように組み合わせ、隙間なく敷き詰めるのが太朗には非常に面倒だった。
「まだ毛先がバラバラな糸を針にくくる方が楽だぞ、これ……」
やってることはといえば、つまり隙間なく、一本の木刀に針金をまくような作業に等しい。しかも針金は常に振動しており、普通にやったら上手に出来ない。上に行ったり下に行ったりを繰り返す元素の糸を、無理やり隙間を埋めるように埋めるように敷き詰め、なおかつ鞘の外にはじけないよう調整しているのだった。
左頬が引きつる太朗。刀を握る左手が、そりゃもうガッタガタである。暴発する一歩手前といった具合に震えており、太朗の腕力をもってしても震えを押さえることが難しいようであた。
「……ていうか、そもそも何ぞ、嵐通用しないんじゃなかったのか?」
太朗が今やっていることは、魔法で嵐を作り出すというのに近い。以前ガエルベルクにてヤスナトラを屠った際に、彼は嵐を魔術的に作り出して用いた。その際の光景の酷さから、兵士らに魔王呼ばわりされたりもしたが、それはさておき。そんな嵐をバンカ・ラナイの内部に仕込んでいる現在、太朗的には意味が理解ができないところだった。
只それに対する回答は、太朗以外では不可能なところではあるが。
『――ある意味、たろさんの持ち味を生かす感じですぅ』
「あ……、あん?」
『――たろさんの基本的な持ち味は、私などをはじめとする知識提供や、制限かけないと著しく暴走している身体能力。そして後の一つは、その気になれば街一つぶっ潰せるくらいの、膨大な魔力。肉体構成に使われている分が多いからあまり気付いて居ないけど、たろさんの魔力結構やべーんですよ?』
「その割にはよく座禅組まされんだが……」
『――魔力の全体的な値が上がっても、通常使われる範囲とはまた違いますからねぇ』
「結局よくわからん」
『――お兄様、要するに物量で押せってことですよぉ。例えばネオジウム磁石と弱い磁石とですけど、弱い磁石だって沢山集めて強力な磁石みたいにすればぁ、ネオジウムの方を引っ張る事だってできるって話ですぅ~』
「その説明ならわかるわ」
要するに、数の暴力のようなものである。この場合は「相手の魔力がべらぼうに高いのなら、こっちも一撃に使う魔力をべらぼうに高くしてしまえば良い」という、根本的な問題の解決を無視した素晴らしい(?)単純回答であった。
「ちなみにだが、勇者の使ってるアレは俺、無理なわけ?」
『――第三の魔王ともっと話したりしないと、開示条件は満たしていない』
「ああ、不安定状態とか言ってもそういうところはルール従うのな」
ヤスナトラの肉体を抉ったり、時に切断したりしている少女のそれを見つつ、太朗は肩をすくめた。震える手元は、まだ鞘一杯に含まれて居ない。太朗は意識を集中させ続ける。
そんな彼の様子を、宿木の魔王の葦が一つは、それとなく警戒していた。風と土の元素は、通常ならば合成して術にすることが出来ない。火は水の元素と反目し、土は風の元素を反目しあうからだ。間に何か別な元素を一つかませない限り、それは成立する事はない。せいぜい風の魔法と土の魔法、ばらばらなものを組み合わせた程度だろうという風に判断できるわけだ。実際は嵐属性とでもいうべきものが出来上がっているのだが、そんなことは知らないまでも、しかし魔王は警戒を強める。既に一度、バンカ・ラナイで想定外にやられたことがあったからだ。あの時は自分自身というわけでもなかったが(その時の葦は既に本体が回収済みだ)、しかし用心に越した事はない。
特攻をかけてくるセリアをいなし、かわしつつ、魔王はヤスナトラの能力を使って、罠を仕掛けた。黒雲の内に秘められた罠は、これから先太朗がどう動いても対応できるようにしたものとなっている。それに相手が気付くか、気付かないか。
「懐が、がら空きじゃっ! のぃじゃああああああ!」
『掛け声が何とも狂っているな、アレンの姪よ』
クロー状になっている部分を掠めまくり回転しまくり、彼女はヤスナトラの胸骨のあたりを削る。人間でいう心臓がある辺りを狙っているようだ。確かに邪竜とて生物としての形をとっている以上、その場所が弱点といえば弱点か。普通ならそう思っても攻撃手段がないところだったが、そこは腐っても勇者というべきか。外観のシルエットが既に人外めいた何かであるが、さして気にせず彼女は声を張り上げた。
魔王も魔王でやられたらたまったものではないと、彼女を虫でも潰すようにばちんと叩き潰す。それからギリギリ逃れ、彼女は距離をとる。しかしその先に「氷の雨」のようなものが降り注ぎ、彼女の軌道を阻害。体勢を崩したと同時に、邪竜の上段蹴りが炸裂する。
だが、飛ばされながらも彼女は声を張り上げ、再び魔王に特攻をかける――!
「のじゃああああああああああ!」
遠く離れて居ても聞こえてくるそれに、太朗は肩をすくめた。
「もっと他になかったのか、掛け声よ」
『――元々は「でやああああ!」とか「せやああああ!」とかだった模様』
「何ぞ、のじゃああになった……」
『――前者二つに比べて一番口が動いて、力が出る模様』
「その理屈はよくわからんが……、そろそろか」
いよいよ手がガタガタ震えるどころではなく、刀から「ぎゃりん、ぎゃりん!」とでも言わんばかりの不快音が鳴り響く。内部で密集し圧縮された暴風が、今か今かと爆発を待っている状態だ。流石にこれを押さえているのは太朗も嫌であるらしく、速攻でどこで攻撃すべきかを探す。
そんな彼の視界に、未来予報が速報される。
――魔力雷撃不可避
「あん?」
『――えっと、単純に言うと魔王が罠はってますよーってことです。でぇ、手元のそれを使う以上どう足掻いても攻撃を受けるのは不可避ですよってことですよぉ』
『――つまり、肉を切らせて骨を断つしかできない』
「何ぞ、回避する手段ねーなら仕方ないが……。逆に、コイツを解除するって出来るか?」
『『――それは、周囲一帯えぐれてしまう』』
「嵐でそこまでなるというのがイマイチ信じられんが……、まあいいか」
半眼になりながら、太朗は肩をすくめた。今の所レコーはこういった情報開示で嘘を付いた事がないので、抉れるというのなら抉れるのだろう。流石にその様は想定できない太朗だが、ともかくそんなことを考えつつ、邪竜の胸元、セリアが離脱しヤスナトラが体勢を整えなおしたあたりで、その場所目掛けて転移。フォーカスと転移の速度が、過去最大クラスに短い。
だが、転移した直後――速報された通り、太朗は電撃を浴びた。
黒雲から落ちた雷。白く輝く紫電は、太朗の橙色のオーラと激突し、彼の全身を焼いた! 一秒で終わらない。それは十秒ほど続く。単なる電撃ならば太朗にとって何ら影響はないところだが、しかしそこは宿木の魔王も対策してきている。邪竜の肉体で天候操作をし雷を振らせたものの、しかしそこにはさきほど太朗がバンカ・ラナイの斬撃に行っていたよう、魔力が付与されている。というより、雷のエネルギー流動に合わせて魔力で同質の攻撃を行っていると言うべきか。自我の欠片も感じられなかった邪竜に魔力≒精神力があったのかという謎こそあるが、しかしその一撃は、確かに太朗に大ダメージを与える。閃光の中でシルエットが黒々としていき、目の前で消し炭にされる太朗にセリアは「のじゃぶっ!」と口元を押さえた。
『はは、どうだい? なかなかのモノだろう』
「……」
太朗は無言のまま。雷が薄れると、そこには何というべきか……。光のかねあいかオーラは黄色に見える。ただ全身は黒ずんだものであり、しかし髪や服は何故か残されており(宰の服飾加護に入るのかもしれない)、黒ずんだ顔面の両目に、水色の光が迸っていた。
そんな酷い有様の太朗は、しかしその状態であっても刀を構える手を解きはしない。解けないというわけではない。ぐっと握り、刃の持ち手をつかむ。
「……しぃさあせ」
「天誅(死にさらせ)」とでも言いたかったのか。口を動かすと頬がはげ、部分的に歯茎やガイコツと思われるパーツが見えるような、見えないような。しかしそれでも刀を抜刀する太朗。その一撃は胸より下のあたりから上空に向けて放たれた!
鍔から刀身にかけて凝縮されていた嵐が解き、バンカ・ラナイ搭載の魔術の性質を受けて更に形態をかえる。拡張されたそれは、無軌道に展開されることなく、巨大なドリルのように綺麗な螺旋を描いた。ただし接触するもの全てを削りとる大型の鬼畜兵器だ。扱い注意なんてものではない。そして、太朗はそれをまともに扱うつもりなど殆どない。
結果として―― 一瞬で、邪竜の体は、両腕を残して全てがミンチとなった。
「い、一瞬じゃあ!? 何じゃそれ!!?」
面食らったのも無理はない。ずどんと落ちる両腕と倒れる両足。それらを除き特徴的だった頭部でさえ、もはや見る影もない。
彼女の方を振り向こうとして、しかし太郎はレコーらに止められた。
『――そのまま振り返ったら間違いなく魔王認定される』
「あぅ?」あん? とすら言えないくらいに顔がズタボロである。
『――容姿直さないと……、面倒、こっちでやる。シック?』『――ほいきたです~。……うぇ』
脳内で姉妹が会話したかと思うと、アストラルゲートを用いて出現。二人そろって、太朗の顔面をペタペタしはじめた。その両手には黒い、タールのようなスライムのような粘液が付着しており、何ぞ! と振り払おうと太朗はした。しかし背後にシックが回りこみ、ぺたぺた執拗に太朗の顔や手をなぜまわし、黒い粘液を全身にまとわせた。
すると、どうだろう。あれよあれよという間に、太朗の全身は魔王にやられる前の状態へ戻っていくではないか! もっとも戻った後、一秒も経たず再び暴走状態に蒔き戻る辺り相当だが。
「……何ぞ? 何したんレコーちゃん」
「―― ……ちょっと、塗った」
「何を?」
「―― ……………………」
「オイ、目そらすんじゃねぇよ」
「――ま、まぁまぁお兄様、世の中にはあんまり知らない方がいいようなことも多くあるんですよぉ? 歴史の裏にひたかくしにされてきた、名状し難く冒涜的な知性とか歴史とか」
「知らんな。あと、何ぞ俺がお兄様? 俺別にてめぇのアニキじゃねぇが」
「――あ、それはですね。お姉様の――きゃんっ!」
背後に回ったレコーがシックの翼を引っ張り、彼女の言葉の続きを遮った。その後キャメルクラッチを地面もないのに決めつつ、アストラルゲートへ連行するレコー。十三歳くらいの少女二人の戯れにしては決め技がかなりガチっぽかったが、特に何ら感慨もなく太朗はそれを見ていた。
「で、結局何ぞ?」
『――う、うぅ……』『――条件開示は、する気は、今の所、ない』
「お、おう……」
いつになく語調の強いレコーに少し引きつつ、今度こそ太朗はセリアの方を見た。姿形は変わらず化け物のような鎧めいた姿の彼女だが、太朗を見つつ驚いた顔をしていた。
「……さっき、何か妙に元素の濃いというか、得体の知れないものが目の前におった気がするが、気のせいか?」
「知らんな」
「いや、もう少し隠せい、主よ……。まあ良い。ともかく、お疲れ様じゃ」
「いや、まだ終わりじゃねーみたいだ」
「ぬ?」
「しつこさには定評があるみたいだしな、宿木の魔王」
バンカ・ラナイを構えつつ、太朗は分身を一人作り出した。その分身は、再び何処かへと転移。だが橙色の光の奔流は、どうも上空を目指して居るようだ。
「ぬ、ぬ? 何じゃ今の、というか主二人居ったか!?」
「双子だ」
「もっとマシなごまかし方あるじゃろ、何じゃそりゃ!? というか言いつつまた数人上に登って行ったぞ!!?」
「布石というか仕込みというか……。詳しくはレコーに聞け」
「誰じゃそれ!!」
セリアの言葉を無視してテレポート。した先は地面であり、さきほどバラバラに砕かれたヤスナトラの胴体が、本来落ちて居るべき場所だった。
『ぬ、あ、ど、どうして私が……っ』
その場所で立ち上がっている姿は、酷く脆い。見た目は人間のようなものであるが、しかし構造は人間たりえていない。むき出しにされた脳と、目と、骨と、内蔵と一部の筋肉と。そういった完全に黒々とした煤でできたようなそれらが、ぼろぼろと隅のようなものと煙を撒き散らしつつ、コートをまとったようなシルエットとなって現れた太郎を睨んでいた。
「あん? 殺す権利をくれると聞いたが。……まあ、なんだかもう長く持たなそうだが」
『あんなもの、ゲームの余興に決まってるだろう! 何故、ここまで……』
「理由はもう言った。それ以上の言葉を俺は必要としていない」
事前に宣言していた部分と、このクラウドルに来てから出来た理由だ。もっとも太朗の中でそのウェイトは後者が実に九割を占める有様である。魔王からすればある意味理不尽極まりない傲慢さだが、しかし宿木の魔王とてやってることはやってることであり、つまるところ同じ穴の狢と言えなくもない。方向性や主目的こそ違えど、己のエゴと感情を押し通すという一点において、彼と第二の魔王とは並列に語ることが出来た。
魔王は、煤から形成されたツタのようなものを放つ。しかし太朗は当然のように、バンカ・ラナイで粉々に切り裂いた。うなる剣線。橙色の閃光が迸り、それを目印に上空からセリアも急降下した。
「……聞いていた以上に酷い状態じゃのぉ、葦というのは」
もはやヒトの形を成して居ないその姿を見て、セリアは第二の魔王を哀れむように言う。「そこまでして生き延びたかったのか? 主は」
『嗚呼、そうとも。そして悲願は果たされ、私は完全な姿を取り戻した』
「そこまでして生き延び、何をしたかったのじゃ?」
「無論、決まっている。アレンから聞かなかったか?」
煤の状態で、魔王は肩を震わせて笑う。『――永劫に渡る、この退屈をまぎらわせたかっただけさ』
「その娯楽のせいで十代婚期を乗り遅れたワエにあやまれ!」
『それは無理だ。……魔王とはそういったものだよ。なぁ、トード・タオよ』
「うっせ、一緒にすんな。俺は魔王じゃねぇ」
『同じさ。己を通すために他を害する気概は、間違いなくアンスラや、私や、岩石のに通じる』
「……よく分からん単語が出たが、一応訂正しておこう」
太朗は、肩を竦めて一歩前へ出た。「俺は、自分の感情で色々動くが、自分の都合だけで動いたりはしてないはずだ」
『どうかな? 得てしてこういった事柄は、本人が一番気付いて居ないものだが』
「もし仮にそうであったとしても、アンタのようにならないよ。何でだかわかるか?」
太朗は右手の指をたて、魔王の胸元に拳ごとつきつける。
「――限度を知ってるからだ。限界を知ってるからだ。何でもできる気がしたところで、所詮俺が青二才であることを知ってるからだ。だからてめぇのようにはならない」
その声音には、どこか後悔のような色が含まれて居た。果たしてそこに、今までの経歴がどれほど可分されていたことか。殺され、復活し、仙人とでも言うべき超人的な能力こそ獲得したところで、救えた命も救えなかった命も多くある。何より二十年と言う時間が、彼から最も決定的な、考えうる全ての大切を奪い去ったことは、紛れもない事実だ。それが回復できるかできないか、残念ながら太朗本人にも判断はつかない。
だが、だからこそ彼は言った。例え傲慢であったとしても、虚実を混ぜない純粋な姿勢を崩すことは決してないと。
『……まあ、何を言ったところで無駄か。なら、私はせいぜい私らしく、この場では散るとしようか』
くつくつと笑うと、魔王は突然、その全身に元素を集め始めた。それと同時に、レコーとシックが騒ぎ始める。
『――にゃああああ、大変ですよお兄様ああああああああああ!!!?』
「う、うっせ! 何ぞてめぇら!」
『――このまま行くと、爆発オチ。自爆の準備』
「あー、まあ逃げりゃ大丈夫じゃねぇの?」
『――大問題ですよおおおおおおおお!』『ここの街の下に、宿木の魔王のダンジョンがあった。つまりそこには、ダンジョンを形成できるだけの元となる空洞が存在したと言うこと』
「……つまり?」
『――想定される爆発が起きると、ここを皮切りに一帯が完全に崩落する。中央部のみだが、その影響は決定的。なお術ではないので調和できない』
「うげ……」
元素の渦巻く中央にある、宿木の魔王の葦。今にも崩壊しかかっている全身で、魔王は太朗を見てにやりと笑った。
『――さあ、止めて見せたまえ』
「そうさせてもら――っ!」
状況からして普通にテレポートすれば良いと判断した太朗だったが、しかし、それは適わない。眼前に展開される元素の渦は、まるで巨大な津波のように太郎を寄せ付けない。バンカ・ラナイの抜刀も、直前でそらされてしまって同様である。
「のじゃああああ!」
セリアはセリアでクローを駆使して接近しようとするが、しかしそれでも一歩一歩がやっとといったところか。そんな状況を見て、太朗はため息をついた。
「……まさかマジで仕込を実行するとは思ってなかったがなぁ」
『――まあ、たろさんはそういう運命の下に生まれたというところで』
「ロマンチックでも何でもねーからな、それ」
言いつつ、太朗はテレポテーションで距離をとる。瓦礫を避けた上で太朗は一度座禅を組み、その姿勢からまるで飛び蹴りのような体勢になり、右足を付き上げた。
次の瞬間、彼はそのままとんでもない速度で魔王へと直進していった。
『な――っ!』
「うげ……」
射出された太郎はまるで太陽のごとく足が真っ赤に染まっている。もっともそれが視認できる速度での激突ではないのだが、しかしこのタイミングでの太朗のその動きはまさに、地上を徘徊するメテオストライクのごとし。
そのまま太朗は宿木の魔王を押し続ける(?)。元素の波が乱れ、推進が一時とめられる。すると太朗はそのまま右足を、サッカーボールでもするように頭上に蹴り上げた! 身体能力は例によって人外のそれで納まる企画ではない。必然、魔王の葦もとんでもない速度で上昇していくこととなる。
『ほぉ、上がっていくのぉ』
すっかり傍観者と化している第三の魔王を見向きもせず、太朗はジャンプして一回転し、上空へとまた右足を突き出す。橙色の光が迸ったかと思うと、再び太朗はメテオストライクのように烈火のごとく赤く輝き、地上から打ち上げられていく。そんな滅茶苦茶な有様であっても、太朗は安定して無表情である。
それに対して、宿木の魔王は大いに焦っていた。あくまでも余興として己の分隊を残した魔王である。最悪殺されたとしても、自分がこの街に手を出していたという証拠ごとつぶしていまえばくらいに考えていた矢先にこれだ。全く意味がわからない。何故こんなわけのわからない速度で打ち上げられているのだ、自分は。
そんな彼の疑問は、撃ちあげられる自分と丁度すれちがった何者かが証明してくれる。己と反対側に地面へと落ちて行く何者かは――太朗だった。そしてその足が烈火のごとく、「空気の摩擦で」変化している様を見て、魔王はさきほどの太朗の軌道の正体を覚った。
『さ、さては――減速せず、そのまま合体してるな君はぁ!!』
下から迫ってくる太朗の姿を見つつ、魔王は驚愕を露にする。元々分身自体使える存在が頭おかしいのだ。そんな分身についての特性を、この魔王が大きく把握しているわけではあるまい。しかし、他に説明がつかない。トード・タオは、自分の分身を限りなく宇宙空間に近い箇所に配置し、そこからまるで隕石のごとく地上へ向けて落としているのだ! 落ちている己自身は段々と速度を増していき、底面となっている足には熱量をかかえることになる。この段階で普通なら火傷で済まないレベルだが、そこは半精霊ゆえか無傷。まあともかく、そうして落下して来た自分が地面と接触する前に、彼は己自身にその分身を戻しているのだ。
結果、何が起きるか。落下中に蓄積した運動エネルギーや熱エネルギーを、彼はそのまま保管して使うことができるようだった。さきほどの動きを見れば、ひょっとするとベクトルすら操作できるのかもしれない。それに気づいた時、宿木の魔王の顔面から血の気が引いた。
『こ、こうなれば死なば諸共だっ!』
「あん? ――ちっ」
宿木の魔王は、このままでは爆発するまでに間に合わない。下手をすれば爆発する前に宇宙空間に投げ捨てられてしまうかもしれない。そこまで理解した彼は、太朗を道連れにしようと彼の足を己の両腕と両足とを変態させて覆った。抜こうにも、太朗とて完全にポーズが固定されている状態であったため抜けない。またそんな状況でも上方向に重力を無視しつつ、太朗らは直進しているのだ。
「……うげ、こりゃ詰んだか?」
『――そうでもないかと』
「あん?」
にたりと笑う原型を留めない煤のガイコツ。自らの勝利を確信したようなそれに対して、太朗は頭をかしげる。現状、どう足掻いても助かる術はないように思えたのだが――。
「のぃじゃあああああああああああああああ!」
場違いなような叫び声が太朗の耳に聞こえると同時に、突如、笑っていたガイコツの顎が、鎌の峰の部分を結集したようなブーツに蹴り砕かれた。それと同時にゆるむ太朗の拘束。その瞬間を見て、彼女は太朗の手をとる。
「セイ・ダン!」
その言葉と同時に、太朗の側だけ上方に直進する運動が消えた。疑問符を浮かべる太朗だったが、しかし現状はそれどころではない。
「む、無茶苦茶やりおるの、主は」
ぜーぜーと肩で息をするセリア。おそらく地上からここまで普通に飛んできたのだろうが、一体どんな速度を出せばここまでこれるのか、太朗は皆目検討がつかない。既に雲を越した高度である。地平線が見えるか見えないか、普通なら既に死んでておかしくはない。
「……とりあえず、助かったとはいっておく」
「普通はもっと、素直にありがとうと言うものじゃぞ?」
仕方ないな、みたいに肩を竦める彼女。
その上方で、宿木の魔王が元素を撒き散らしながら、盛大に爆発した。
追記:すみません、次の更新ちょっと一日分休ませてください・・・




