第29話:おそらく邪神にでも好かれているせいだろう
今日は一話なので、あしからず
エダクラークの村は、村と言うにはそれなりに広い面積をほこっていた。角度によっては山間の三角州のようにも見えるこの土地。土地だけではなく山の斜面なども含めて、畑をいくつか持っているようだ。がたごと揺れる馬車から見える光景は、太朗にもどこか馴染み深い、というか懐かしい印象を抱かせる田園風景だった。もっとも刈り取りが終わっているためか、変な色の沼地にしか見えないのが少々残念だ。
「……雪は降らんのか?」
『――湿度と気流の関係』
「ま、降らないのな。だから何だという話だが」
「?」
メイラが太朗のとなりで頭を傾げている。他者からすれば勝手に独り言を呟いて、勝手に納得しているようにしか見えないので、当たり前といえば当たり前の反応なのだ。太朗もさほど説明するつもりはないので、肩をすくめて再び景色を見つめる。
空は曇天。雨こそ降っていないが、太陽が隠され若干薄暗い。乾燥した空気は太朗にも馴染み深いところだが、木造で作られた建物に、どこか和風建築の趣があるのが、太朗としては安心感がある。見た目に対する郷愁に由来するものだけでは、もちろんない。それはすなわち、松林夫妻に示された事柄が事実であると保証されたからだ。寒いせいかヒトの姿はあまり見かけないが、町並の家の密集感とか畑の並びだとかが、もうすでにガエルス王国というより日本の古いイメージに他ならなかった。
「はい、ここが村長の家ですよジャックさん」
「あんがと。ほら、駄賃だ」
「銀貨の枚数プラス護衛分と、あと食事の協力をふまえて……、はい、大丈夫です! ではではお二人とも、また機会があれば。私はこの先もうちょっと行ったところの、アイガシャリで店を構えていますので」
「了解。ほんじゃな」
とある家の手前で下ろされた太朗とメイラ。馬車をかりながら去る商人ティロに、適当に手を振る彼と丁寧に頭を下げる彼女は、何とも対象的であった。馬車が見えなくなってから、太朗は振り返り、両手を叩いた。
「……よし、じゃ行くか」
「……今度は何の姿ですか、それ」
例によって例のごとく、一瞬で変身した太朗。ヒトの目が少ないとはいえ堂々としたものである。ただ今回はさほど変わっていない。顔形はほぼそのまま、多少目に生気が宿って居るくらいか。服装は彼女の見たこともない、燕尾服を簡素にしたようなものに。その左胸にも見たことのない紋章が描かれており、ますますメイラは頭をかしげた。
「これから、俺が村長に言うことに口は出すなよ。合わせろ。それだけ守れば言うことはない」
「へ? えっと、はぁ……」
太朗は彼女の反応を気にせず、そのまま入り口の戸を叩いた。がらがら、と戸を開ける小さな女の子。年は五つか六つか。そして何より、着用している服が和服だった。
「だれですか?」
「ん――ああ。ちょっと、村長さんに用があるって伝えてもらえるか? 緊急の要件で。同類って言えば、伝わると思う」
「どうるい……、ちょっとまってて!」
大きな声を出して走り去る幼女。その背をみつつ、なんとなく微笑ましそうに見つめている太朗。意外そうなものを見る目でメイラが、太朗の顔を横から覗きこんでいた。
「……何ぞ?」
「いえ、失礼を承知で言わせていただければ、子供とか嫌いそうに思ってましたので。下手すれば殴り飛ばすのではないかと」
「どんな扱いだ」
「その際は身を呈して庇わなければ、くらいには考えておりましたが……」
「あん? この格好のどこにその要素が――って、あ、そうかヤンキー姿見られてたなそういえば……」
頭をかきながら、肩をすくめる太朗。「あっちはまあ、威嚇用みたいなもんだ。俺なりに必要があってあれをしていたってだけだな」
「何故必要だったのですか?」
「いくつかあるが、一つは柄の悪い連中に絡まれないようにっていう感じか。アレだ、同じ感じで柄が悪い格好してれば、仲間だと思われて寄って来ないし。詐欺とか考えたりしてるのも、多少は警戒するだろ」
「それって、普通に一般の方から相当不審がられませんか……? よく兵士に呼びとめられまえせんでしたね」
「ま、そこは今考え中……。一瞬猟師の親父とトラブルになりかけたし。でもせっかく『作った』格好だから、そのまま使わないってのも惜しい気がするしなぁ」
「はい?」
「でもま、ケースバイケースってことでだな。今はむしろ、この格好が必要だからこの格好でいるっていうところか。俺個人は何をしたところで俺個人であって、服装自体に性格は左右されんよ」
太朗の言わんとしているあたりが、いまいち理解できないメイラである。が、要点をまとめれば最後の部分に集約される。怖い格好してたって俺は俺なのだから、そんなに恐い性格してるわけでもねぇ、といったところか。実際メイラは、およそ一週間は一緒に過ごしてきたのだ。多少なりとも太朗に対する勝手は分かっているはずだ。最後の方で多少アクシデントはあったが、得体の知れなさはともかくとして、普通に悪人ではないのだった。
やがて、どたどたと木の床を走る足音と、ゆったりと近づいてくるすり足の音。前者は太朗が声をかけた幼女で、ついてくる大人の男性は、まもなく四十代ほどといったところか。しゃっきりとして痩せており、馬乗り袴の和服姿。その上からは、唐草模様の描かれた青い半纏をまとっていた。
彼は太朗の服装を注視し、目を見開く。
「その服……」
反応を確認しつつ、太朗は頭を下げた。
「どうも済みません、松林さんからの紹介です。枝蔵さん」
どこからともなく取り出した、黄ばんだルーズリーフを男性に手渡す。彼は懐かしそうな顔をして、太朗を見た。
「ほぉ、あの夫婦元気でやってたか? ボウズ」
「あ、はい。で、あの――」
「あー、大丈夫だ。皆まで言うな。靴脱げ靴脱げ。
とりあえず茶くらい出すから、まぁ上がっていけ。最近着たんだろ? ガエルスの冬は冷えるし、日本人なら、たぶん感動するぞ? ここの村は」
言いながら、このエダクラーク村の村長――枝蔵英夫はにやりと笑った。
※
緑茶、せんべい、みかんといったものが存在していたことに太朗は驚いたが、それ以上に驚いたものがあった。
「……こたつ、だと!?」
「そうだ、いや作るの色々大変でなぁ。熱源のやつとか、委員長経由で虎内とかにアドバイスもらったり、そもそもを作ってもらったりしてな。……あ、虎内っていうのは、俺の友達の友達で――って、説明聞いちゃいないな」
案内された居間に到着するや否や、太朗は速攻でこたつの中に四肢を潜り込ませた。台の上に頭を乗せ、ちょっと恍惚とした顔をしていた。不審がるメイラを手招き。上座の方へ行こうとする彼女の袖をひっぱり、下の方に座らせた。
初体験のおこたに、メイラは紅潮して太朗の顔を見て、叫んだ。
「……! っ!? っ!!! 何ですかこれは!!!!」
「こたつだ。俺の故郷にあるんだよ、こーゆーの。懐かしいなぁ……。アカン、こたつむり化してしまうま」
「俺も完成した時にゃそんなんだったな……。ボウズは、いつ頃こっちに飛ばされたんだ?」
「時期としては夏終わり……、というか秋はじめでした。制服も冬服になってますし」
「服が冬服になってたのが幸いだったな。夏服のまま冬場放り込まれたら、死ぬだろ」
がははと笑う枝蔵村長に、太朗は肩をすくめた。
こう、ぽんぽんと嘘が出てくるのは太朗本人の才覚ではなく、レコーとの相談による結果であった。村に到着するまでの日数、ティロとメイラが寝静まっているタイミングで、両者は枝蔵に会う際にどうするかを打ち合わせしていたのだ。その結果として、最近ここに飛ばされてきた「鈴木太朗」という名前の高校生、という設定でいくことにした。
ちなみにその話をメイラにしなかったのは、細かい部分を説明しても、太朗の世界とこの大陸とでは文明レベルが違うため、理解されず混乱を招くだろうと判断したからだ。ノウバディ、異世界人だということも話してはいない。旧ケント国においては、宗教的に異世界人は災厄の対象とされていたからだ。今もこたつに感動しつつも、彼女は枝蔵と目を合わせようともしない。話掛けられない限り、存在を無視し続けることだろう。使用人としては色々と失格な行動な気もしないではないが、太朗の常識がこの世界の常識と一致するかは定かではない。
ただともかくこの先、しばらくは一緒に旅することになる彼女である。その心象を、水から進んで悪くする必要はない。少なくとも現状の言い回しを続けるのならば、太朗が身分を偽っている、と錯覚させることもできるわけだ。
『――そういえば、何故藤堂太朗は、メイラ・キューを拒絶せず同行させている』
お茶をすすりながら、太朗は思考のみで解答。この世界の現地人の視点が自身には欠けており、レコーからの情報収集だと混乱する部分がある。またそういった情報を引き出す際、最低限元となる情報を彼女から聞ければ、レコーからの情報収集も多少は容易になるだろう。
『――肯定。納得。でもちょっとじぇらしぃ』
「あん?」
『――ぶぅ……』
唐突に拗ねたような声を出すレコーに頭を傾げながら、太朗はせんべいをバリバリかじる。特に勧められても居ないのに、ここまでやってしまうあたり、太朗はだいぶ図々しい。もっとも村長からすれば若気の至りというか、色々と久々のそれでテンション上がっているのだろうな、ということで納得しているのか、苦笑いを浮かべるだけであった。
「まぁ、アレだ。ようこそエダクラーク村へ。俺は村長の、枝蔵英夫。日本人だ。高校生のころ、二十年くらい前にぽっと、色々な連中と一緒にここに飛ばされて、戦地から逃げてこっちまで来た。知り合いたちと村起して、ぼちぼちってとこだな」
「俺は、鈴木太朗です。日本人です。見た通り青二才です。飛ばされてから一月くらい? ですか。移動時間含めるともっとです。えっと、猟師経験ありです。あ、せんべいごちそうさま」
「食べるの早いな……。まあいいぞ、ついでにみかんも食べとけ」
もそもそと片手でみかんを解体する太朗。もう片方の手はといえば、隣に居るメイラ・キューの手首を、こたつの中で握りしめていた。色っぽい話ではなく、万力のごとく締め上げているということだ。太郎が彼と同じ故郷の名前を挙げた瞬間、ぎょっとした目で彼を見ようとしたからだ。変な事を言うな、黙ってろ。ここに入る前に言った通り話を合わせろ。そんなニュアンスを滲ませながらの行動である。その脅しが効いたのか、腕に走る痛みは、砕かれるよりマシとはいえそこそこだろうに、メイラは顔色一つ変えず無言でお茶をすすっていた。
「こっちのヒトは、向こうで知り合った金持ちさんの使用人だそうです」
名乗りもせず仏頂面なまま無言で頭を下げる彼女に、枝蔵英夫は色々と察した。彼も彼で、ガエルスと旧ケント国との狭間くらいの位置で村長をやっているのだ。多少宗教的な洗礼じみた無礼も受けてきたことだろう。苦笑いを浮かべ「まあ、よろしくな」と言えるだけ彼も大人であった。
「まぁアッキーたちからの紹介っていうなら、まともなんだろうし、色々大変だったんだろ。とりあえず今日は村の空き家を一つ貸そう。明日からのことは、明日考えてくれ」
「ありがとうございます」
「何か話したいこととかあったら、また後で言いに来てくれよ? 他にどこら辺りにノウバディが集中しているかだとかくらいなら、教えられるから」
よし来た! 殊勝に頭を下げつつも、太朗は内心でガッツポーズ。これだ。おそらく当りを引いた。本心言えばその話をこのまま問いただしてしまいたいところであったが、しかし英夫はこたつに座らず、彼の足元で人見知りするよう様子を伺っていた幼女を、上座に置いた。
「ちょっと今、少し仕事中だったからな。出来れば話は明日に回してくれ」
「仕事? て一体何を」
「あー、アレだ。献上品みたいなもん作ってるんだよ。俺のところも色々あってなぁ……」
しみじみと言う彼は、どこか遠い目である。色々と苦労してきたらしいことが一目で分かるそれであったが、だが一体何があったというのだろうか。
『――えっとですねぇ。もうちょっと待ってください? すぐ分かると思いますからぁ』
「あん?」
レコーが要領を得ないことを言った後、がたがた、と家の戸がたたかれた。「いってくるー」と幼女が掛けだす。数秒すると、彼女は、ある男性を引き連れて帰って来た。
「って、ティロじゃねーか。どした?」
「あ、ジャックさん……」
「何だ知り合いなのか? てか、太朗だからジャックねぇ。まぁ妥当なところだな。で、どうしました商人。何か様子からして、物売りって感じじゃなさそうですが……」
英夫に対して、商人ティロは困ったようにこう言った。
「村を出ようとしたら、その……急に半透明な壁に囲まれまして」
「囲まれた?」
「ええ。で、無理やり通ろうと色々頑張って見たんですけど、結局村の範囲の外に出られなくて……。何なんでしょうかね」
頭をかしげるティロに、英夫は眉間に皺をよせてこう返した。
「面倒だな……。どうしたもんか、あの『魔王』ついに直接とりたてに来やがったか」
「……うげ」
また魔王か、と太朗は内心毒づいた。




