表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界仙人  作者: 黒羽光一 (旧黒羽光壱)
竜殺しというか邪竜蹂躙編
19/80

第14話:出来る事は多かれど出来ないこともすさまじく多い

(遅れて)本当に申し訳ない

 

 

 朝焼け、空が青くなってしばらくした後、藤堂太朗は放心しつつ山を見下ろす。

 砦の付近で大きく欠けてしまった山頂に行き、竜の死体が埋まっていた巨大な穴と、道中で町に落ちないよう食い止めた土石流の崩れと、なにより――原型すら見当たらない砦を確認して、大きくため息をついた。

 超局所的な暴風雨で髪型がリーゼントでなくなり、既にびっしゃんびっしゃんな太朗である。周囲の状況を見回し、再度ため息をつく。

「どうしてこうなった……」

『――条件開放。この場にヤスナトラの死体が埋まっていたのが悪い』

「といっても、この砦の有様じゃ、手がかりが一切ねーだろ……」

 無言の肯定をするレコーに、太朗は肩を落す。「……レコー、わんこの墓どこだかわかるか?」

『――山頂を背にして、現在位置から北東』

 レコーのナビゲートを頼りにしながら、ボルガウルフ親子と己の墓へと向かう太朗。だが当然と言うべきか、そこは土石流で粉々にされた墓石がわりと、えぐられて、死体がどこへと見えなくなってしまっていた墓穴しか存在していない。

「……諸行無常かねぇ」

『――警告。食べられている』

「は?」

 再びレコーの指示に従い足を進める太朗。どうやら墓の状況を見たことで開示された情報らしいが、それにしたって、土石の下を掘り進めて太郎が発見したそれは、多少なりとも彼に、ここは異世界であると再認識させるものだった。

 発見した狼の死体は――皮が剥がされ、肉がテキトーに食いちぎられた骨と化していた。

「……食べられている?」

『――肯定。土を掘り起こして土中の生物を食べるモンスター、ティルティアベルに捕食された跡』

「そうか……」

 胸元のあたりにあった魔核(コア)を拾い上げ、太朗は、両手を合わせる。

「ここに埋めてたら、もうこれを、掘り返されることはねーかな……」

『――否定。言い方は悪いけど、よっぽど開けた場所でもない限り墓荒しなど茶飯事』

「そっか……」

『ついでに言えば、母親のコアは既に盗まれている』

「まそだよな。俺からしたこいつ等は、ある意味家族みたいなニュアンスもあるけど、他人からしたら単にモンスターの死骸だしな……」

 しばらく悩んだ後、太朗は、そのコアをズボンのポケットにしまいこんだ。

「どこかもっと、安らかに供養できるところを探そう」

『――エゴ』

「ま、そんなもんだろ。死体はどうあがいても駄目かもしれんがな」

 もう一度死体を埋めた後、太朗は再度両手を合わせて、黙祷。自然のサイクルに組みこまれてしまったのなら、それは「仕方がない」。あくまで捕食関係にある生物のサイクルにおいては、自分の意志を通す通さないという次元の話しではないからだ。だがそれでも、多少は自分がかかえるこのやり場のない感情をどうにかしたいというのが、太朗の考えだった。

 山を下る最中、不意に、視界にノイズが入る。下をむき、手を見ると、その手というか、己の身体にアナログテレビの砂嵐のごとく、白黒のノイズが走る。

『――生命力が奪われた結果、不安定化』

「うばわれたって、そのそばからレコーに剥がしてもらっていたと思うが……」

『――鱗への接触こそが、イコール生命力の減退につながる』

「……ひょっとして、武器とか何もつかわず殴りまくってたからか?」

『――肯定』

 射出された鱗や、巨竜と化した姿のときの鱗。両者に共通するのは、太郎が戦闘時にどっちも相当なほど殴り続けたということだ。なまじ太朗は生物のカテゴリーを逸脱しているので、その倦怠感などさっぱり感じはしないものの、それゆえにレコーの警告は重要なものと言えた。

『――あの調子で戦い続けたら、消滅してた』

「その割には止めなかったというのを見るに、他に戦闘手段もなかったというところか。……あん?」

 と、山から下山している途中。もう間もなく町へ至ろうかというあたりで、太朗は足を止めた。

 ローブを羽織った男が、太朗に手を振る。こっちへこい、というサインのそれに従い、とりあえず彼はそちらに行く。

「って、何ぞアンタか。急にどうし――」

「いいから、早くこっちだ賢者様。逃げるぞ」

「あん?」

 突如現れた松林章雄に手を引かれて、太朗はしげみの中に。そこでは松林みゆきが魔法陣を張り、術を発動させていた。

『――特定の対象に姿を見せなくする術』

「何ぞ?」

「しばらくここで待っていてくれ。……チッ、もう来やがった」

 術が発動している最中、鎧に身を包んだ騎馬兵たちが町の方からやってくる。彼等は山へ登りながら、周囲を索敵しつつ移動。土石流が町へ続くもののみ蹴散らされているのを目の当たりにして、己等を鼓舞した。

「我等には女神がついている! 必ずや、新たなる『魔王』を駆逐せん!」

「「「おおーッ!」」」

 そんな風に言いながら立ち去って行く背中を見て、太朗はいつも通り「なんぞ?」と答えた。

「あれは……、深夜から今朝にかけて国から派遣された、騎士たちだよ」

「騎士という割に鎧とか全然ついていない件について」

「まだこの世界、鉱山があんま発見されていないからじゃ……、っと、そういう話しじゃないな。なんか知らないが、昨日の深夜、ものすごい恐ろしい巨大な竜が出てきただろ? 司祭代理が魔法で通報したそれを討伐するために、派遣されたんだ」

「それが、何ぞ魔王?」

「竜が殺されたからだ」

 太朗は、理解ができないという風に頭を傾げた。松林夫妻は、そろって苦笑。

「そうですね……。賢者様は世俗に疎いのかもしれませんが、普通、竜は殺せません。もし出来ても、倒して封印するまでです。女神様の加護を与えられた騎士たちのみが立ち向かえ、それでもやっとのことで、押さえ込むのが限界なのですわ?」

「なのに、昨日、とてもこの世のモノとは思えないような、いくつもの竜巻が竜を襲うっていう感じで竜がころされた。普通、そんなもの自然界にはないだろうと判断されて――竜すら殺せる大魔術の使い手、つまり魔族すら超越する危険なバケモノとして、『魔王』が出たと国の方で判断されたんだ」

「んで、何で俺はアンタらにかばわれたんだ?」

 頭をかしげる太朗に、両者は苦い表情。「……司祭代理が、貴方のことを言ったのですわ? わけもわからない詐術を用いて、病気を直すといい魔法砂を無駄に使い、騎士たちに手渡す量が減ったと」

「……は? ちょっとまてよ? だからそれで、ひょっとしたらだが俺が魔王だって?」

 両方の話しを繋げて出た結論に対して、両者は言葉を濁す。申し訳なさそうな目線の二人を見つつ、太郎は困惑した。レコーのコメントを受けても、それは変わらずである。

『――共同体において、イレギュラーな存在をうとましく思えば廃除の流れになるのは必然かと』

 そんなもんかねぇ、と太朗は違和感を覚える。

「司祭代理は、賢者なんて言われてたアンタを、いっそ殺してしまえと思ってるだろうよ。修道女の、何といったか……。アンタと一緒によくいた女の子、あと魔術師のじーさんとが、司祭代理に食って掛かってたさ」

『――追加情報。回復したばかりの町民達を煽動して、藤堂太朗こそが病気の根源であるように、藤堂太朗こそが山が半分になった直接の原因であるようにふるまっていた模様』

 山については太朗がもっと早くブチ殺す姿勢に入っていれば、結果が違ったかもしれないという意味で彼にも責任はあるかもしれないが、前者のそれについては異論ありまくりである。

「腰低くてヘナチョコみたいなくせに、そういう野心というか何というかは強いのか、あのぽっちゃり。あわよくば求心力上げたり、あるいは騎士たちとコネ作ったりとか。

 ……ん、ならなんでアンタらは俺を庇う?」

「無論、そんな風に考えるのが全てではないからですわ」

 松林夫妻は、太朗に微笑む。「だから、お逃げなさって下さい?」「ああ。今のうちなら、町を通過しないで行けばすぐだろう」

 しげみから立ち上がり、夫妻は太朗に背を向け歩きだす。

「いいのか? 俺は別に自分の弁護とか、全然まだしていないが」

 太朗の言葉に、ぴたりと足を止める夫妻。そして、確定的な言葉がつむがれる。


「――ホント、そういうところ変わらないなぁ」


「……あん?」

 言い回しに対する違和感を覚える太朗。しかし、両者は多くを語らない。背を向けたまま、彼等は続ける。

「何があったかとか、そんなものは聞かない。ひょっとしたらゾンビだとか、アンデッドだとかグールだとか、そういうバケモンになってしまったのかもしれねぇ。でも――トード・タオっていうヒトが俺達の娘をすくってくれたことは、間近で見ていて間違いないんだよ。それだけは、例えアンタが何であっても、何に『なってしまった』としてもな」

「……」

 太朗は、言葉が出ない。その言い回しに含まれた、含意と、におわされたある事実に、固まる。

「原理について説明された魔術師たちも、その難易度の高さから恐れおののいていましたが……、いずれも、貴方が原因だなんて、考えていませんわ? なぜって、呪いとしてあそこまで非効率かつ面倒なことを、普通はやらないでしょうから。もっと簡単にかけて、呪いとして機能するものの方が多いですし。最近解除方法が見つかった、飢餓の呪いとか」一瞬顔が引きつる太朗。

「――少なくとも、俺たちみたいな奴らは多く居る。修道女のお嬢ちゃんや、魔術師のじーさまだけじゃなくてな。だから、その恩返しみたいなもんだ」

 忘れてた、と言いつつ松林章雄は、持ってきた学生カバンの中から、服を一つ取り出した。

 それは、太郎が昨晩アイハスの掛け布団にした、彼の上着だった。星型のサインが各所にされた、ちょっと柄の悪い服である。

 その第一ボタンに彫られた部分を見て――どこか郷愁が滲んだような顔をして、松林章雄は、太朗に手渡す。

「だから、逃げてくれ。少なくとも、お前はここで死んでいいヤツじゃない」

「――――っ」

 太朗は、何故か目を押さえた。夫妻は何も言わないが、太郎がどんな顔をしてるのか察しはしているだろう。逆に太朗自身は、何故自分が目元を腕で覆ったのか、理解はしていない。

 しばらくその場で、彼はうずくまる。人間の血脈を失い、人間性が徐々に薄れている彼だからこそ、その部分は抜け落ち、理解できない。だが十七年生きてきた藤堂太朗という人間の残滓が、かつて死んだ時からとまった時間の一端が、今の彼の内側に、とめどない感情の波をほとばしらせていた。

 嗚呼、そうだ。ヒントはいくらでもあった。気付く気付かないという点で難しいラインではあったが、それでももし、記憶の片隅に引っかかるものがあったなら、この結末はありえた事なのかもしれない。その結果に対する太朗の感情は、本人が認識していた以上に、案外と重い意味をもっていたようだ。

 ふふ、と苦笑が漏れる二人。そっと、うずくまる太朗の手に、ルーズリーフの破片と思われる何か――既に相当劣化して、黄ばんでいたが、それが手渡された。

「簡単な地図ですの。この赤ペンの位置に、枝蔵(えだくら)が起こした村がありますわ。そこに行けば、私達の紹介だといえば何かと力になってくれると思いますわ?」

「米も食えるしな。ははは」

 笑う二人に、しかし、太朗は立ち上がり、手渡された服を付き返す。「「?」」

「……これを、アイハスにわたしといてくれ」

「別にいいけど、いいのか?」

「嗚呼。礼みたいなもんだ」

「「?」」

 期せずして、太朗が得た新たな情報。砦の後に得られた新たな、そして懐かしい顔と名前。色々あったかもしれないが、しかしそれでも前に進める可能性が提示された。一切そのことを語らない太朗であったが、だが、それでもこれは彼なりの、お礼のようなものなのだ。

「寒かったら着てろって伝えておいてくれ。あと、元気にしてろってな」

「……わかった。じゃあその……、息災でな、トード……う」

 太朗に背を向け、歩き出す夫妻。しげみを出てからも時折太朗をちらちらと確認していた。太朗も太朗で、あまり長いすると騎士たちが帰ってくる可能性がある。以前よりも増した脚力で、彼は一度飛びあがった。

 雲が上空に見えるその位置から、この世界に来てからずっと居座っていた、町と、山とをみる。視界に広がる大陸の大きさからすれば、微々たる隆起にすぎないそれに、ヒトが根を張り、世代を繰り返している。そう思えば、眼下の世界には一体どれほどの生命の営みが繰り返されていることだろう。ふと思った多愛もないその思考に、彼はわずかばかり胸に痛みを感じた。

 生と、死と。それをある意味超越した太朗は、それでもいつもの、のっぺりとした顔で呟いた。

「ファンタスティック」

 魔力で位置を調整しつつ、さてどの場所に下りたものかと、彼は着地場所を選びつつ――不敵に笑った。

 

 

面倒ごとは起きる前に回避するのが藤堂クオリティ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ