第30話「冬の足音、旅立ちの朝」
翌朝。
冬の淡い朝日が校舎の窓を白く染め上げ、廊下には生徒たちの浮き立つような声が響いていた。
今日は冬休み前の最終日。午前中のホームルームさえ終えれば、待ちに待った長期休暇の幕開けだ。
キオは食堂への道を歩きながら、隣を行くシュバルツの横顔をちらりと見上げた。
昨夜のベゼッセンとの面談は、予想していたよりもずっと穏やかなものだった。それでも、あの重厚な扉を出た後に感じた、肩の荷が下りるような感覚はまだ鮮明に残っている。
『よく眠れたか?』
シュバルツの声が、心の中に静かに響く。
『うん。ぐっすり眠れた。シュバルツがいてくれたから』
『そうか。なら良かった』
その短い言葉に宿る確かな温もりが、冬の朝の冷たさを和らげてくれるようだ。キオは自然と口元が緩むのを感じた。
食堂に足を踏み入れると、すでにいつもの仲間たちが集まっていた。
「あ、キオ君! おはよう」
ルイが気づいて明るく手を振る。その隣では、火の精霊フレアと水の精霊トロプが、仲良く肩を並べてちょこんと座っていた。
「おはよう、ルイ。みんなも早いね」
「だって今日で冬休みだもの! なんだかワクワクしちゃって、早く目が覚めちゃった」
カリナが両手を広げて、くるりとその場で回ってみせる。彼女の弾む心を表すように、周囲ではメラメラちゃんたちがきらきらと温かな光の粒を撒きながら飛び回っていた。
「おはよう、キオ。昨日はよく眠れたか?」
オーウェンが静かに尋ねる。その紺色の瞳には、友を案じるさりげない気遣いが滲んでいた。傍らに控えるソラリスも、柔らかな光を纏いながらキオを穏やかな眼差しで見つめている。
「うん、大丈夫だった。ありがとう、オーウェン」
「そうか。良かった」
オーウェンは心底安堵したように微笑んだ。
「僕も安心したよ。キオ君が嫌な夢を見てないかって心配してたんだ。よかった。」
セドリックがほっと胸を撫で下ろす。彼の懐からひょっこりと顔を出したコロネも、「キュウ」と小さく同意するように鳴いた。
六人と精霊たちは、いつもの席に腰を下ろした。
テーブルには温かいスープとパン、目玉焼きとソーセージが並ぶ。立ち上る湯気と香ばしい匂いが、冬の冷えた体を内側から優しく解きほぐしていく。
「さて、改めて冬休みの予定を確認しようか」
オーウェンがスープを一口啜り、一息ついてから切り出した。
「エルヴィンとセドリックは、舞台鑑賞と読書会だったな」
「うん! 本当に楽しみで」
セドリックが少年のような瞳で輝かせる。
「エルヴィン君が選んでくれた演目、評判がすごくいいらしいんです。それに、読書会ではお互いに好きな本を持ち寄って語り合う予定で」
「そのエルヴィンは、どこにいるの?」
カリナがキョロキョロと周囲を見回した。
「今日は実家への帰省準備で、朝食は部屋で済ませるって言ってました」
「そっか。忙しいんだね」
ルイが納得したように頷く。
「ベアトリスさんも荷造り中かな」
「ベアトリスは几帳面だから、きっと昨日のうちに終わらせてるだろうな」
オーウェンが苦笑交じりに言った。
「僕は城に戻るけど、カリナが遊びに来てくれることになったんだ」
その言葉に、カリナが嬉しそうに身を乗り出す。
「お城の音楽室、すっごく楽しみ! 古い楽器がいっぱいあるんでしょ?」
「ああ。曾祖父が集めたコレクションがあるから、きっと気に入ると思う」
「わーい!」
カリナが両手を上げて喜ぶと、メラメラちゃんたちも一緒になってパチパチと火花を散らし、喜びのダンスを踊り始めた。
「あたし、寒いの苦手だけど......お城ならきっと暖かいよね?」
「ああ、暖炉も温室もある。寒さの心配はいらないよ」
「よかったぁ」
カリナが安堵の息を吐く。オーウェンは優しく目を細めながら、彼女の頭上で舞うメラメラちゃんを見上げた。
「それで、キオ君のところには......」
ルイがそっと視線をキオに向けた。
「私とベアトリスさん、冬休みに遊びに行かせてもらうことになってるんだよね」
「うん。楽しみにしてるよ」
キオは嬉しさを込めて笑顔で答える。
「セク兄さんもリーリエさんも、ノックス兄さんも、双子も......ルイに会いたがってるから」
「そ、そうなんだ......緊張するなぁ」
ルイが照れくさそうにスープをかき混ぜる。
「大丈夫だよ。みんな優しいから」
「うん......キオ君がそう言ってくれるなら、頑張る」
ルイは小さく、けれど意志を込めて微笑んだ。
「ところで、お土産は何にしようかな」
ふと思い出したように、ルイが呟く。
「実家でお菓子を焼いてから持っていくつもりなんだけど......他にも何か持っていった方がいいかな?」
「うーん、ありがたいけど。そうだな......」
キオは少し考え込んだ。家族の顔を思い浮かべる。
「双子は甘いものが好きだから、お菓子だけで十分喜ぶと思うよ。リーリエさんは紅茶が好きだし、セク兄さんは......」
「本が好きなんでしたっけ?」
「うん。でも、本はちょっと好みが分かれるから......」
「じゃあ、お菓子をたくさん焼いていくね。お母さんにも手伝ってもらって、いつもより多めに」
ルイが楽しそうに計画を立て始める。その横で、フレアとトロプも何やら相談するように顔を寄せ合い、小さく頷き合っていた。
「ルイのお母さんのお菓子、おいしいもんね」
カリナが羨ましそうに声を漏らす。
「あたしも食べたいなぁ」
「じゃあ、お母さんにお願いして、新学期に持って来るね」
「やったー! ルイ、大好き!」
感極まったカリナがルイに抱きつく。ルイは笑いながら、カリナの背中を優しくあやした。
「ちょっと、カリナ。スープこぼれちゃうよ」
「あ、ごめんごめん」
慌てて離れるカリナ。その愛らしい様子に、テーブルを囲む全員から温かな笑い声が上がった。
「じゃあ、ルイは一度実家に帰ってから、ネビウス邸に行くんだね」
セドリックが確認するように言った。
「うん。お父さんとお母さんにも会いたいし、お菓子の準備もあるから。たぶん三日後くらいに、ベアトリスさんと一緒にお邪魔するね」
「分かった。楽しみに待ってるよ」
キオが頷くと、食後の空気はより一層和やかなものになった。
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