第28話「実技試験と呼び出し(2)」
試験は順調に進んでいった。
魔法弾が炸裂する音、精霊たちの鳴き声、防壁が砕ける音が交互に響く中、ついにカリナの番が巡ってきた。
「マージェン! 前へ!」
「はーい!」
アイゼン先生の呼びかけに、カリナはよく通る声で返事をし、訓練場の中央へと進み出る。
その周囲には、三体の小さな精霊たちが楽しげに浮遊していた。
赤い炎を纏ったメラメラちゃん。白い風を操るフワフワくん。そして、水色のアクアくん。属性の異なる三体が仲良く飛び回る様は、見ているだけで微笑ましい。
ベゼッセンが穏やかな笑みを浮かべ、カリナと精霊たちを見つめた。
「マージェンさん。君の精霊は三体との契約だね。これは非常に珍しい契約形態だ。魔力の制御も難しいと思いますが、頑張ってください」
「はい! おばあちゃんから受け継いだ子たちなんで大丈夫です!」
カリナは胸を張って答える。
「素晴らしい。おばあ様との絆が、今も精霊たちを通じて君を守っているんですね」
「えへへ、そうなんです」
ベゼッセンの言葉に、カリナの表情がぱっと明るくなる。
「では、その絆を見せてもらいましょう。アイゼン先生、お願いします」
「行くぞ、マージェン!」
アイゼン先生が右手を突き出すと、その掌から三発の魔法弾が連続して放たれた。
ヒュン、ヒュン、ヒュン! と風を切る音が鋭く響く。
「みんな、お願い!」
カリナの声に、三体の精霊が即座に反応した。
まるでダンスを踊るような軽やかさで、三体がそれぞれの位置につく。
まず、メラメラちゃんが炎の壁を展開し、第一撃の威力を相殺する。
続いてフワフワくんが旋風を巻き起こし、第二撃の軌道を強制的に逸らす。
そして最後の一撃を、アクアくんが展開した水の盾が柔らかく受け止め、無力化した。
流れるような連携。
三体の異なる個性が、一つの目的のために完璧に噛み合っていた。
「見事です」
ベゼッセンが感心したように頷き、ペンを走らせる。
「三体の精霊が、まるで一つの家族のように息を合わせている。君とおばあ様の愛情が、しっかりと受け継がれていますね」
「ありがとうございます!」
カリナが満面の笑みで一礼すると、精霊たちも嬉しそうに彼女の髪や肩にじゃれついた。
続いて、ルイの番だ。
水の精霊トロプが、ルイの周りを優雅に泳ぐように浮遊している。炎の精霊フレアも焚き火のようにパチパチと輝いていた。
「リンネルさん。精霊召喚からまだ日が浅いけれど、落ち着いて臨んでください」
「は、はい......精一杯やってみます」
ベゼッセンの優しい声掛けに、ルイの硬かった表情が少しだけ和らぐ。
「では......始め」
合図と共に、アイゼン先生の魔法弾が飛来する。
直線的で重い一撃だ。
ルイはトロプに目配せし、静かに、しかし迷いなく手を差し出した。
その瞬間、トロプの体が大きく膨張し、球状の水の障壁となってルイを包み込んだ。
バシュッ!
魔法弾は水壁に激突するも、水流が衝撃を回転させて逃がし、霧散させていく。
水しぶきが虹を描いて降り注ぐ中、ルイは無傷で立っていた。
「よくできました」
ベゼッセンが温かく微笑む。
「精霊との信頼関係がしっかり築けていますね。言葉なくとも、心で通じ合っているのが伝わってくる。この調子で、これからも絆を深めていってください」
「あ、ありがとうございます......」
ルイがほっと胸を撫で下ろす。その顔には、以前の彼にはなかった自信が微かに芽生えていた。
その後も試験は続く。
オーウェンは光の精霊ソラリスと共に、無駄のない優雅な防御を披露した。煌めく光の盾が魔法弾を弾き返す様は、騎士のような気品に満ちていた。ベゼッセンは「日頃からの鍛錬と信頼関係の賜物ですね」と高く評価した。
セドリックは極度の緊張で最初は動きが硬かったものの、土の精霊と共に粘り強い防御を見せた。ベゼッセンは「最後まで精霊を信じ抜いたことが勝因です。自信を持っていい」と、教育者として申し分のない言葉で彼を励ました。
どの生徒に対しても、ベゼッセンの評価は的確で、優しく、慈愛に満ちていた。
誰もが彼を「理想の先生」として慕う理由がよく分かる。
だからこそ——その仮面の下にある闇を知るキオの心は、冷え込んでいく一方だった。
そして——ついに、その時が来た。
「ネビウス! 前へ!」
アイゼン先生の声が響く。
キオは拳を握りしめ、一歩前に出た。
隣には、竜人の姿をしたシュバルツが寄り添うように立っている。
ザッ、と彼らが進み出た瞬間、訓練場の空気が変わった。
それまで和やかだった雰囲気が、シュバルツの放つ圧倒的な存在感によって塗り替えられる。
黒曜石の角、背中から覗く黒い翼の片鱗、そして揺らめく長い尾。
どこからどう見ても、通常の精霊とは「格」が違う。絶対強者のみが持つ静かな威圧感が、肌を刺すように広がった。
ベゼッセンが採点板を手にしたまま、真っ直ぐにキオとシュバルツを見つめた。
「ネビウス君」
その声色は、他の生徒に対するのと同じように穏やかだ。
「君の精霊......スバル殿は、精霊召喚の歴史においても類を見ない存在だ。竜人。それも、竜の中でも高位......黒竜の眷属とお見受けする」
ベゼッセンは優しげに笑った。
「だからこそ、君たちの連携をしっかりと見せてもらいたい。どんな絆が育まれているのか、楽しみにしているよ」
キオは無言で頷いた。
喉が張り付いて声が出ない。心臓の音がうるさいほど耳に響く。
だが、シュバルツの魔力がふわりとキオを包み込んだ瞬間、波打っていた感情が凪いでいった。
『キオ』
『......うん』
『いつも通りでいい。俺たちの絆を、見せてやれ』
シュバルツの言葉が、勇気となって体に満ちる。
「アイゼン先生」
不意に、ベゼッセンが提案した。
「スバル殿の力を考慮して、少し威力を上げていただけますか? 通常の魔法弾では、評価として適切ではないかもしれません」
「おお、そうだな! 竜人相手に手加減など失礼というものだ!」
アイゼン先生がニヤリと笑い、好戦的に拳を鳴らす。
「ネビウス、いいか? 少し本気を出すぞ! 怪我はさせんが、気合を入れろよ!」
「......はい」
キオが覚悟を決めて頷いた瞬間——
ゴオォッ......!
大気が唸りを上げた。
アイゼン先生の両手に、これまでの倍はあろうかという巨大な魔力の塊が形成される。赤黒く明滅するその光は、試験用の模擬弾という域を超えていた。
『アイゼン先生! これは流石に大きすぎでは!?』
キオのこめかみからタラリと汗が流れる。
「行くぞ!!」
轟音と共に、魔法弾が放たれる。
空気を焼き焦がしながら迫りくる破壊の奔流。直撃すればただでは済まない威力が、キオ目掛けて一直線に迫ってくる。
周囲の生徒たちから悲鳴が上がった。
『シュバルツ』
『任せろ』
シュバルツが一歩前に踏み出す。
その瞬間、背中の翼がバサリと大きく展開された。
夜空そのものを切り取ったような漆黒の翼。その内側には、星々のような紫の光点が無数に散りばめられている。
そして——
キオとシュバルツの魔力が、溶け合うように一つに重なった。
頭の中に描くのは、明確な『断絶』のイメージ。
ここにある空間を切り取り、外の世界から隔離する。座標をずらし、そこにあるはずの距離を無限に引き伸ばす。
理屈は分かっている。構築式も頭にある。
だが、それを現実に引きずり下ろすための魔力が、今のキオの体にはあまりに重すぎた。
「ぐっ......ぅ......!」
全身の血管が熱くなり、脳が焼き切れそうなほどの負荷がかかる。
それでもキオは歯を食いしばり、泥沼から足を引き抜くような感覚で魔力を練り上げた。
二人の前の空間が、陽炎のようにぐにゃりと歪んだ。
ガラス細工にヒビが入るような、鋭く、透明な違和感。
そこには物理的な壁などない。ただ、空間そのものがねじれ、絶対不可侵の断層が生まれていた。
アイゼン先生の全力の魔法弾が、キオたちの目前に迫る。
だが——
フッ、と音が途切れた。
魔法弾は障壁にぶつかって砕けたのではない。
ねじれた空間に触れた瞬間、唐突にその存在を消失させられたのだ。
まるで、絵画の一部を消しゴムで消し去るように。あるいは、別の次元へとその座標ごとすり替えられたかのように。
爆発も、余波すら発生しない。風も吹かない。
ただ、圧倒的な火力が「無」へと還っただけだった。
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