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夜空色の青春  作者: 上永しめじ
第二章「絆と葛藤の深化」
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第27話「期末試験と繋がり」



 ――試験初日。


 十二月の朝気は、相変わらず身を切るように冷たい。

 石造りの校舎が立ち並ぶ学園の敷地内は、吐く息さえも凍りつきそうなほど張り詰めた空気に包まれていた。


 白く染まる回廊を、キオは友人たちと肩を並べて歩いていた。靴底が石畳を叩く乾いた音が、規則正しく響く。



「いよいよだね、期末試験......」


 隣を歩くセドリックが、重苦しい溜息混じりに呟いた。その手には、使い込まれて端が捲れたノートが、お守りのように握りしめられている。彼の指先は寒さと緊張で微かに白くなっていた。



「大丈夫だよ、セドリック君。あれだけみんなで勉強したんだから、きっと解けるよ」


 ルイが柔らかい声で励ますと、セドリックは力なく、けれど少し救われたように笑った。


「う、うん......そう言ってもらえると助かるよ。でも、やっぱり心臓が早鐘を打ってるみたいで......」


「緊張するのは当たり前だ。むしろ、適度な緊張感は思考を研ぎ澄ませ、集中力を高めてくれる薬になる」


 オーウェンがいつも通り落ち着いた声色で論じた。その冷静さが、浮足立つ空気を少しだけ引き締める。



 すると、対照的にカリナが元気よく腕を振り上げた。


「そうそう! 私なんて、緊張よりワクワクの方が大きいかも! やっと勉強漬けの日々から解放されるんだもん!」


 その突き抜けた明るさに、キオの強張っていた口元も自然と緩んだ。カリナの天真爛漫さは、いつだって周囲の不安を太陽のように照らし、溶かしてくれる。


『キオ、緊張しているか?』


 ふいに、心の内側に直接響く声。シュバルツだ。


『少しだけね。でも、大丈夫。カリナのおかげで少し楽しくなってきたかも』


 キオは心の中で相棒に語り掛ける。



 試験の規定により、精霊たちは試験中、別室での待機が義務付けられている。もちろん、カンニングなどの不正を防ぐためだ。


『そうか。......俺も、心は傍にいる。安心しろ』


 その確かな繋がりを感じるだけで、不思議と呼吸が深くなるのを感じた。



『うん、ありがとうシュバルツ』




 相棒からの心強い言葉を胸に、キオは前を見据えた。


 試験会場となる大教室に到着すると、そこには既に多くの生徒が集まっていた。ピリピリとした静寂と、紙をめくる音だけが支配する空間。


 自分たちの席へ向かう分岐点で、五人は足を止めた。


「それじゃあ、みんな頑張ろうね」


 キオが声を潜めて言うと、四人がそれぞれの表情で力強く頷く。


「終わったら、みんなで答え合わせしよう」


 キオの無邪気な提案に、セドリックがさっと青ざめた。


「こ、答え合わせ......? それ、逆に怖くない......? 間違ってたら立ち直れないよ......」


「あはは! 終わった後のことは終わってから考えればいいのよ! 行ってきます!」


 カリナが明るく言い放ち、軽やかな足取りで席へと向かう。その背中を見送り、キオたちもそれぞれの席についた。

 やがて、重厚な扉が開き、試験監督の教師が厳粛な面持ちで入室してくる。



「それでは、試験を開始します。......始め」


 その合図と共に、一斉に紙をめくる音が大教室に響き渡った。それはまるで、戦いの火蓋が切って落とされた合図のようだった。

 




―――


 初日の科目は、魔法史と魔法理論。


 羊皮紙に走らせる羽ペンの音だけが、カリカリとリズムを刻んでいる。


 魔法史は、シュトゥルム先生の授業で学んだ内容が中心だった。各貴族一族の成り立ち、魔法体系の変遷、そして神竜による世界創造の伝承。


 記憶の引き出しを一つずつ丁寧に開けていく。


『この問題は......勉強会でオーウェンが図解してくれたところだ』


 脳裏に、黒板を使って説明してくれたオーウェンの姿が浮かぶ。彼の理論整然とした解説のおかげで、複雑な年号もすんなりと頭に入ってくる。


 続く魔法理論の応用問題。


 複雑な術式構築の設問に、キオのペンが一度止まった。思考が迷路に入り込みそうになったその時、不意に、あの温かい紅茶の香りと共に、シュバルツの言葉が蘇った。


『ここをこう変換するのだ。小手先の技術に頼るな。基本を忘れるな』


 あの時、彼はまるで老賢者のような口ぶりで言っていた。

 思い出すと、試験中だというのに口元が緩んでしまいそうになる。


『......今は試験中だぞ、キオ』


 シュバルツの呆れたような声が聞こえたような気がした。



 キオは慌てて表情を引き締め、再び問題用紙へと意識を没入させた。





 試験終了を告げる鐘の音が、長く響き渡る。


 教室を出た廊下は、解放感に浸る生徒たちの喧騒で満ちていた。人波をかき分けて合流地点へ向かうと、既にルイたちが待っていた。



「みんな、お疲れ様。どうだった?」


「うん、思ったより解けたかも。魔法史はちょうど勉強会でやった範囲が出たし」


 ルイは満足げに微笑んでいる。その余裕のある態度に、キオも安堵した。



 一方で、セドリックはまだ魂が半分抜けているような顔をしている。


「僕も......何とかなった、と思う......たぶん......きっと......」


「自信なさげだなあ。でも、顔色は悪くないよ」


 キオが苦笑すると、セドリックは深く息を吐き出した。緊張の糸が切れ、どっと疲れが出たようだ。



「明日は魔法数式学と精霊学の基礎理論だね」


 オーウェンが次の戦いを見据えるように言うと、セドリックが再び肩を落とす。


「魔法数式学......僕、計算式を見ると頭が痛くなるんだよね......」


「大丈夫だよ。放課後、図書室でもう一度復習しよう。わからないところがあれば、僕も手伝うから」



 キオの提案に、セドリックはようやく少しだけ笑みを浮かべた。

 




―――


 その日の放課後。五人はいつものように図書室の一角に陣取っていた。


 西に傾いた太陽が、高い窓からオレンジ色の光を投げかけている。静謐な館内には、古書の懐かしい匂いと、インクの香りが漂っていた。


「えーっと、この公式の展開は、こう使うんだよね......」


「ああ。だが、たまに引っ掛け問題が出る。文章の前にこの文字係数がある場合、式の意味合いが反転するから、そこは必ず確認した方がいい」


「うわ、本当だ。危ない危ない、気を付けないと......」


 セドリックが広げたノートを指差しながら、オーウェンが丁寧に解説を加えている。その横顔は、教師のように頼もしい。



 一方、別のテーブルではカリナがペンを咥え、天井を仰いでいた。


「ねえねえ、精霊学の契約の種類って、結局いくつあるんだっけ? こんがらがっちゃって」


 彼女の疑問に、キオが教科書をめくりながら答える。


「確か、大きく分けて五種類だよ。『永続契約』、『一時契約』、『相互契約』が基本の三つ。それに加えて、特殊な例として『複数契約』、『世代継承契約』っていうのがあったはず」


「ふむふむ......」


「今回、僕たちが行った精霊召喚での契約は、一生を共にする『永続契約』だったよね。でも......」



 キオは、自分の周りを浮遊するトロプとフレアに目を向け、それからカリナの周囲で気ままに過ごしている三体の精霊たちに視線を移した。


 ゆらゆらと揺れる赤い炎の精霊、メラメラちゃん。

 風を纏って宙を漂う白い精霊、フワフワくん。

 そして、ぷるんとした水滴を浮かべた姿の精霊、アクアくん。


 それぞれ属性の違う三体が、カリナの周りで見守っている。


「ルイやカリナみたいに、複数の精霊と一緒にいる場合はどうなるんだろう? ルイとカリナの契約は『複数契約』ってことになるのかな?」


「えっと......たぶん私は『世代継承契約』、だと思う」


「え? そうなの?」



 予想外の言葉に、ルイが首を傾げる。カリナは少し照れくさそうに頭をかきながら、周りにいる三体へ視線を落とした。


「うん......メラメラちゃんも、フワフワくんも、アクアくんも......みんな、元々はグランマ――私のおばあちゃんの精霊さんたちだったんだ」



 カリナの瞳が、夕陽を反射して優しく揺れた。彼女は近くに漂ってきたフワフワくんを指先で愛おしそうに撫でる。


「グランマが亡くなった時、私、悲しくて......いっぱい泣いて、ご飯も喉を通らないくらい落ち込んでたの。部屋の隅でずっと膝を抱えてて......」


 いつも元気なカリナの、少しだけ切ない過去。全員が手を止めて彼女の話に耳を傾ける。


「でもね、そんな私をずっと傍で励ましてくれてたのが、この子たちだったの。メラメラちゃんは温めてくれて、アクアくんは涙を拭ってくれて、フワフワくんは頬をすり寄せてくれて......。そしたら、いつの間にか契約が結ばれてたみたい。そこから、ずっと一緒にいるんだ!」



 カリナは心配そうに集まってきた三体を両腕で囲い込み、ぎゅーっと抱きしめた。


 精霊たちも嬉しそうに、彼女の腕の中でニコニコと笑っている。


 それは単なる契約関係を超えた、家族の絆そのものに見えた。



「とても素敵だね」


 キオは心からの言葉を贈った。そして、自然と隣に座るシュバルツを見上げる。


「ん?」


 視線に気づいたシュバルツが、本から顔を上げてこちらを見た。その瞳が、優しげにキオを映し出す。


「ううん、なんでもない」


 言葉はいらなかった。

 ただ目が合うだけで、互いの心が通じ合うような感覚。シュバルツは何も言わず、静かにその太い尻尾をキオの腰に巻き付けた。確かな重みと温もりが、キオに安心感を与える。



「......キオ君とスバルさんって、凄く仲がいいというか、お互いを大切にしているよね」


 そんな二人の様子を見ていたルイが、ふと呟いた。

 その声には、どこか羨望のような、あるいはもっと深い感情が滲んでいるように聞こえた。


「儀式で出会った時から、まだそんなに経っていないはずなのに」


 ルイの言葉に、キオはきょとんとした後、生まれた時から繋がりがあるという自分たちの特殊な状況を思い出し、慌てて口を開く、その影響で少し早口になっていた。


「あ、えっと。スバルとは凄く波長が合うんだよ! なんか、その......ずっと昔から一緒だったような......そんな感じかな!」


 誤魔化すように「あはは」と笑うキオ。


 その瞬間、ルイは思い悩むような表情を見せた。

 しかし、それは瞬きをするほどの一瞬のことで、次の瞬間にはいつもの人懐っこい笑顔に戻っていた。



「......そっか。……なんか、いいなぁ」


「......さ、続きやろっか! 日が暮れちゃうよ!」


 カリナがパンと手を叩いて声を上げ、一瞬だけ重くなりかけた空気を霧散させる。


 みんなの意識が再びノートへと向けられ、図書室には再び、穏やかな勉強会の時間が流れ始めた。


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