第26話「期末試験についてと賑やかな集まり(2)」
図書館を出てすぐのベンチ。
冷えた空気に、熱いココアの湯気が立ち上る。
話題は自然と、期末試験の先にある冬休みのことへと移っていった。
「へえ、じゃあエルヴィン君はセドリックと舞台を観に行くんだね」
キオが尋ねると、エルヴィンはガシッとセドリックの肩を抱き寄せ、興奮気味に身を乗り出した。
「そうなんですよ! 僕らが好きな演出家が手掛けていてね、何とかチケットをもぎ取りました! 今から楽しみで夜も眠れないくらいです」
「あはは......エルヴィン君が色々な所に誘ってくれるから、僕もすごく楽しみなんだ」
セドリックが少し照れくさそうに、けれど嬉しそうに笑う。
「セドリックとは本当に趣味が合うんです。休みの後半は彼を屋敷に招いて、一緒に読みたかった小説の読書会をする予定でして」
「それは凄くいいな。羨ましいよ」
オーウェンがココアを口に運びながら、少し寂しそうに苦笑した。
「僕は一度城に戻れと言われていてね。あまり自由に出かけられそうにないんだ」
「あたしも結構、暇なんだよねー」
カリナが足をぶらぶらさせながら、空を仰いだ。
「この寒波で故郷までの道が通行止めらしくてさ。帰るなら雪解けの春か夏かなって」
「あ......」
ルイが何か言いかけたが、それより早くオーウェンが口を開いた。
「それならカリナ、城に遊びに来ないか?」
「お城に?」
「ああ。戻れとは言われているが、公務があるわけじゃない。城には来客用の部屋も余っているし、温室や珍しい書庫もあるから退屈はしないはずだ」
オーウェンの提案に、カリナの表情がパァッと明るくなる。
「それに音楽室もある。カリナが見たこともないような古い楽器もあると思うよ。もちろん、君さえよければだが」
「音楽室もあるの!? なにそれ面白そう! 行きたい、行きたい!」
カリナは目を輝かせ、ベンチから飛び上がった。
「絶対行く!」
「ああ、決まりだね。執事たちには伝えておくよ」
オーウェンも、弾むようなカリナの様子に嬉しそうに目元を緩めた。カリナは「きゃー!」と歓声を上げながらその場でくるくると回っている。
そんな中、話すタイミングを逃してしまったルイがモゴモゴとしていると、キオがそれに気づいて顔を覗き込んだ。
「ルイは? 冬休みは予定とかあるの?」
「あ......特には。家の手伝いはする予定なんだけど、それ以外は......」
ルイが曖昧に笑う。
キオは少し考えた後、ポンと手を叩いた。
「じゃあさ、僕の家に遊びに来ない?」
「えっ!?」
ルイは驚きのあまり、ココアをこぼしかけた。
「実はセク兄さんや末の双子たちが、手紙で『ルイに会ってみたい』ってずっと言ってるんだよね。それに今度の休みはノックス兄さんも帰ってくるし、賑やかで楽しいと思うよ。どうかな?」
「えっ......いや、でも、私なんかがお邪魔しても......」
ルイが顔を真っ赤にしてワタワタと慌てふためく。
そのルイの様子にベアトリスは何かに気づいたように顔を輝かせる。そして静かに手を挙げた。
「キオ様。もし宜しければ、私もご一緒させて頂けませんか?」
「ベアトリスさんも?」
「はい。確かお兄様であるセク様のもとには、ゲルプ一族から嫁がれたリーリエ様がいらっしゃったかと。同郷のよしみとして、ご挨拶も兼ねて伺わせて頂ければと思いまして」
「確かに! リーリエさんも知ってる人が来たら喜ぶと思うよ。じゃあ、ベアトリスさんも一緒に行こう!」
「ありがとうございます」
ベアトリスは優雅に一礼すると、まだオロオロしているルイにそっと耳打ちした。
「大丈夫ですわ、ルイさん。私も一緒におりますから。せっかくのお誘いですもの、キオ様との冬休みを楽しみましょう?」
「えっ! へっ!? ええ!?」
図星を突かれたルイが茹でタコのように赤くなって振り返ると、ベアトリスは涼しい顔で親指を立ててみせた。
「......何やってるんだ、あいつは」
遠巻きに見ていたエルヴィンが首をかしげ、セドリックは「楽しそうだね」と静かに笑っていた。
―――
勉強会が再開され、気づけば窓の外は茜色から群青色へと染まり始めていた。
「そろそろ、今日はここまでにしようか」
オーウェンが図書室にある時計を確認して言った。
「もうこんな時間なんだね。 皆といるとあっという間だね」
ルイが名残惜しそうに伸びをする。
「ああ、いい勉強になった。一人でやるよりずっと効率がいい」
エルヴィンが満足そうに頷き、ベアトリスも同意した。
「また一緒に勉強したいですわ」
片付けをして図書館を出る頃には、空には一番星が瞬いていた。
帰り道、セドリックがふと思い出したように呟く。
「そういえば期末試験って......筆記だけじゃなくて、実技もあるよね。僕......不安だなぁ」
「ああ。確か担当は......ベゼッセン先生だったかな」
エルヴィンの口からでたその名前を聞いた瞬間、キオの足が止まり、表情が一瞬だけ強張った。
それにいち早く気づいたルイが、そっとキオの背中に手を添える。
「大丈夫。私たちがついてるから」
「......うん。ありがとう、ルイ」
キオは深呼吸をして、微笑み返した。
「みんなで頑張ろうね! 実技だって、なんとかなるよ!」
カリナが夜空に拳を突き上げる。
「ああ。何があっても、俺たちは支え合える」
オーウェンの力強い言葉に、全員が深く頷いた。
頬を撫でる風は冷たいが、不思議と寒さは感じなかった。
七人は並んで寮への道を歩く。その後ろを、精霊たちが蛍のように光りながら追いかけてくる。
隣には頼もしい仲間がいて、シュバルツがいる。
これからも、こんな温かい日々が続いていけばいい。
明日もきっと、良い一日になる。
キオは夜空を見上げ、そう願わずにはいられなかった。
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