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夜空色の青春  作者: 上永しめじ
第二章「絆と葛藤の深化」
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第26話「期末試験についてと賑やかな集まり」



 十二月の朝は、身を切るように冷たい。


 窓ガラスにはレースのような薄い霜が張り付き、吐く息は白く染まっていく。


 早朝の食堂。まだ人気の少ないその場所で、キオたちは湯気の立つ温かいココアを囲んでいた。甘い香りが、冬の冷たい空気を少しだけ和らげてくれる。



「冬休みまであと少しだけど......その前に、あの壁が立ちはだかってるんだよね......」


 セドリックがカップに顔を埋めるようにして、重々しく呟いた。


 その一言に、その場にいた全員が深く同意のため息をつく。


「期末試験、かぁ。今回の範囲、広すぎるよね」


 ルイが眉を下げて困ったように笑う。



「ねえ、だったらみんなで一緒に勉強しない?」


 沈んだ空気を払うように、カリナが明るい声を上げた。


「あたしたちだけじゃなくて、もっと大人数でさ! 教え合いっこするの」


「それは良い考えだな」


 オーウェンが頷き、カップを置いた。


「僕は魔法数式学なら教えられる。基礎から応用まで、ある程度はカバーできるはずだ」


「あ、僕も魔法史とかなら大丈夫だと思うよ!」


 キオもニコニコしながら手を挙げる。



「よし、決まりだ。今日の午後、図書館のいつもの席で勉強会を開こう」


 オーウェンの言葉にみんなが頷く中、キオはふと思いついたように顔を上げた。


「ねえ、せっかくだからエルヴィン君とベアトリスさんも誘ってみない?」


「二人を?」


「うん。二人とも成績優秀だし、それに......もっとみんなと仲良くなれたらいいなって思って」


「うん。賑やかなほうが楽しいと思う」


 ルイが柔らかく微笑むと、全員一致でその提案は採用された。




 朝食を終え、教室へ向かう廊下。


 人波の中にエルヴィンとベアトリスの姿を見つけたキオは、駆け寄って声をかけた。



「エルヴィン君、ベアトリスさん! おはよう。あのさ、今日の午後、みんなで試験勉強をするんだけど、よかったら一緒にどうかな?」


「え? 私も......ですか?」


 ベアトリスが意外そうに目を丸くする。


「へえ、面白そうですね! ぜひ参加させてください。一人で根詰めるのも飽きてきたところですし」


 エルヴィンの気さくな返事に、ベアトリスもふっと表情を緩め、小さく笑った。


「......わかりました。では、私も参加させていただきますわ」


「やった!  じゃあ午後、図書館で待ってるね!」



 キオが屈託なく笑うと、つられたようにエルヴィンとベアトリスも顔を見合わせて笑みをこぼした。





―――


 その日の午後、図書館の奥まった一角。


 大きな木製のテーブルを囲んで、七人の生徒と精霊たちが集まっていた。古書の匂いと、静謐な空気が漂う場所だが、今日ばかりは少し賑やかだ。


 ルイの精霊トロプが教科書の上を滑るように遊び、火の精霊フレアがぱらぱらとページをめくってはキオに叱られている。


 オーウェンのソラリスは「契約の君、この難問こそ王の資質を問うものなり」と厳かに語りかけ、セドリックのコロネは「きゅう!」と鳴いてお菓子をねだる。



 カリナの周りでは、三体の小人――メラメラちゃん、フワフワくん、アクアくんが空中でダンスを踊り、ベアトリスの豹やエルヴィンのミミズクも、主人の足元や肩で静かにその様子を見守っていた。



 そして、キオの隣には大きな影――竜人シュバルツが鎮座している。


「ふむ、この問題の解き方だが......」


 難問にキオが首を傾げていると、シュバルツが眼鏡の位置を直すような仕草(実際には掛けていないが)で、低く落ち着いた声を響かせた。


「ここをこう変換するのだ。基本を忘れるな」


「え、スバル、わかるの!?」


 キオが目を丸くする。


「俺がどれだけの年月を生きていると思っている? この公式を作った学者が、まだ鼻水を垂らして親に甘えていた頃から知っているぞ」



 そのあまりに年寄りじみた、いやに説得力のある物言いに、カリナが吹き出した。


「なになにその言い方! スバルってば、まるでおじいちゃんみたい!」


「ふふ、確かに」

 カリナの笑い声につられて、キオも笑い。そして、テーブルのあちこちからクスクスと笑いが漏れる。


「スバルさんの今の口調、近所のおじいちゃんが昔話をする時そっくり」


 セドリックも肩を揺らして笑った。


「僕も......おじい様を思い出してしまったな」


 オーウェンが苦笑交じりに言うと、辛いことでも思い出したのか、ふと、その表情はどこか遠くを見ていた。


「ちょっと、オーウェンったら変な顔してるわよ。私はグランパのこと大大大好きだけどな!」


 カリナがあっけらかんと言うと、そこからそれぞれの祖父の話で盛り上がる。


「......そうか」


 楽しげに笑い合う少年少女たち。その光景を眺め、シュバルツは目を細める。その口元には、慈愛に満ちた優し気な微笑みが浮かんでいた。


 椅子の下では、太く長い尾がパタパタと嬉しそうに揺れている。



「スバル、尻尾ご機嫌だね」


「......気のせいだ」


 キオに指摘され、シュバルツはバツが悪そうに顔を背けた。






―――


 勉強会は順調に進んでいく。


 オーウェンが数式の解法を板書し、キオが歴史の流れを物語のように語って聞かせる。


「ベアトリス、お前この応用問題わかるか?」


 エルヴィンが隣からペン先で示した。


「ええ、貸して。これは......こう解くのよ」


「なるほど、さすがだな。助かる」


「ふふふ、エルヴィン君ってベアトリスさんのこと、本当によく分かってるんだね。頼りにしてる感じがする」


 二人のやり取りを見ていたルイが微笑む。



「そりゃあ、腐れ縁の幼馴染だからな。ベアトリスとは付き合いが長いから、大抵のことなら知って......っ痛い!」


 得意げに話すエルヴィンの脇腹に、ベアトリスの鋭い肘鉄が入った。


「な、何するんだよ!」


「余計なことは言わなくて結構ですわ」


 ベアトリスはぷいっと顔を背けて、教科書に向き直ってしまった。エルヴィンは訳が分からないといった様子で脇腹をさすっている。



 時折笑いが起こり、難問が解ければ拍手が湧く。


 精霊たちも楽しそうに飛び回り、窓から差し込む午後の日差しが、彼らを柔らかく照らしていた。




「みんな、根詰めすぎても良くないし、ちょっと休憩しない?」


 ルイの提案に全員が賛成し、キオとオーウェン、セドリックが飲み物を買いに席を立った。


 当然のように、シュバルツもその背中についていく。


「スバルも来る?」


「ああ。キオの傍にいる」


 迷いのないその言葉に、キオは嬉しそうにはにかんだ。




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