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夜空色の青春  作者: 上永しめじ
第二章「絆と葛藤の深化」
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第25話「兄との再会、幸せな家族(4)」



 食事が終わり、みんなで後片付けを手伝っていた時だった。


 店の扉を、誰かが乱暴に叩く音が響いた。


 ドン、ドン、ドン!


「おい! 開けろ!」


 荒い男の声が聞こえる。



「すみません、今日は貸切で......」


 トーマスが慌てて扉に向かう。



 扉の外には、酔っ払ったような中年の男性が立っていた。顔は真っ赤で、足元もおぼつかない。


「貸切? そんなの知ったことか! 俺は腹が減ってるんだ!」


 男は強引に店内に入ろうと体をねじ込んでくる。トーマスは慌てて男を押しとどめた。



「申し訳ございませんが、本日は......」


 トーマスが丁寧に断るが、男は聞く耳を持たない。


「うるさい! お前、俺を誰だと思ってるんだ!」


 男がトーマスの胸倉を掴もうとした、その瞬間――



 一つの影が、音もなく男の背後に回り込んだ。



 ノックスだった。


「失礼」


 低い声と共に、ノックスは男の腕を取り、一瞬でその動きを封じた。


「うわっ! な、何だ!」


 男が驚いて声を上げる。



 ノックスの目が、鋭く光る。


 その威圧感は、まさに歴戦の騎士のもの。研ぎ澄まされた殺気が、一瞬だけ男を包んだ。


「ひっ......!」


 男の顔が、恐怖で引きつる。


 ノックスの圧倒的な実力差と存在感を肌で感じ、男は腰を抜かさんばかりに怯えた。



「あ、あの......す、すみません......」


 男が震える声で謝罪しようとする。



 しかし――次の瞬間、ノックスの表情がふわりと柔らかくなった。


 鋭かった目が、優しい光を宿す。威圧感が霧散し、穏やかな春の日差しのような雰囲気に変わった。



「落ち着いて聞いてください」


 ノックスの声は、先ほどとは打って変わって優しい。


「あなたは今、お酒が入っていますね」


「え......あ、ああ......」


 男が戸惑いながら答える。


「お腹も空いているのでしょう。それは分かります。誰でも、お腹が空いたら機嫌が悪くなるものですから」


「......」


 男が、ノックスの言葉に毒気を抜かれたように耳を傾ける。



「でも、この店は今日、貸切なんです。事情があって、お店の方も断っている」


「......」


「あなたも、大切な家族との時間を邪魔されたら嫌でしょう?」


 その言葉に、男の表情が少しずつ変わっていく。



「あの......そう......だな......」


 男が小さく頷く。


「それに、こんな状態で無理に入っても、美味しい料理は味わえませんよ」


 ノックスが諭すように続ける。


「お酒が入りすぎていると、味がよく分からなくなる。せっかくの料理が、もったいないじゃないですか」


「......そう......なのか......」


「ええ。だから明日、もう一度来てみてはどうですか? その時は、きっと美味しい料理が食べられますから」



 ノックスがそっと男の腕を離す。


「今日は、ゆっくり休んで、明日また来てください。約束しますよ。明日は最高の料理に出会えますから、ね?」



 その温かい言葉に、男は恥ずかしそうに頭を下げた。


「その......。す、すまなかった......俺、酔ってて......」


「いえ、気にしないでください。誰にでも、そういう日はありますから」



 ノックスが優しく男の背中を叩く。


「気をつけて帰ってくださいね。明日、お待ちしています」


「ああ......ありがとう......気をつける......」



 男がよろよろと歩き去っていく。

 ノックスは、その背中が見えなくなるまで静かに見送った。



「大丈夫ですか?」


 ノックスがトーマスに声をかける。


「はい、助かりました!」


 トーマスとアンナが深々と頭を下げる。



 その様子を見ていた子供たちからは、感嘆の声が漏れた。


「兄さん、すごかったね! すごく......すごくカッコよかった!」


 キオが目を輝かせて言った。


「最初は怖かったけど......最後は優しかったね。びっくりしちゃった!」


 カリナも興奮気味に笑っている。



「力だけじゃなく、心で相手を諭す。それが大切なんだ」


 ノックスが穏やかに微笑む。


「あのおじさん、きっと明日ご飯を食べに来てくれますね」


 ルイが優しく言うと、ノックスも深く頷いた。


「ああ。そして、美味しい料理を食べて、心も満たされるはずだ」


「騎士は、ただ強いだけじゃダメなんだな......」


 オーウェンが尊敬の眼差しで呟く。



 キオは、そんな兄の姿を見て、改めて誇らしさを感じていた。


『ノックス兄さんは、本当に立派な騎士だな』


『ああ。力と優しさを兼ね備えている。素晴らしい男だ』


 シュバルツの声が、キオの心に響いた。




―――



 やがて、帰りの時間がやってきた。


 店先では、トーマスとアンナが名残惜しそうに手を振っている。


「お父さん! お母さん! 私、頑張るからね!」


 ルイが大きく手を振る。


「ああ! 父さんたちは、いつでもお前を応援してるからな! 頑張るんだぞ!」


 アンナも涙を拭いながら笑顔で頷いている。



 温かい言葉を胸に、一行は馬車へと乗り込んだ。


 窓から見える景色が、ゆっくりと流れていく。リンネル洋食屋の姿が、だんだんと小さくなっていった。



 帰りの馬車の中は、満ち足りた静寂と温かい余韻に包まれていた。


 沈みかけた太陽が、冬枯れの景色をオレンジ色に染め上げている。


「良い一日だったな」


 オーウェンがポツリと呟くと、全員が深く頷いた。



 ルイの美味しい料理、ご両親の涙、そして家族の温かさ。多くを語らずとも、その場にいる全員が同じ幸福感を共有していた。


 キオは正面に座るノックスを見つめ、小さく微笑んだ。


 兄が来てくれたこと。それが何よりのサプライズで、最高の贈り物だった。




 やがて、学園の正門が見えてきた。


「みんな、今日はありがとう。気をつけて部屋に戻ってくれ」


 馬車を降りると、オーウェンが代表して言った。


 ルイ、カリナ、セドリックも、それぞれ満足そうな笑顔で軽く手を振り合い、寮へと戻っていく。



 正門前には、キオとシュバルツ、そしてノックスだけが残った。


「ノックス兄さん、今日は本当にありがとう」


 キオが改めて礼を言う。


「何を言ってるんだ。俺は護衛として来ただけだ。それに......俺も楽しかったよ。お前の友達、みんな良い子だな」


「うん」


 キオが嬉しそうに頷く。


「キオ」


「何?」


「お前、幸せそうだな」



 夕日に照らされたノックスの表情は、どこまでも優しかった。


「......うん」


 キオが素直に頷く。


「良かった。俺も、セク兄さんも、末の双子たちも、みんなお前の幸せを願ってる」


 ノックスが大きな手で、キオの頭をガシガシと撫でた。子供扱いされるのは少し恥ずかしいけれど、その手の温かさが今はただ嬉しかった。



「じゃあ、俺はそろそろ帰るよ。明日また任務があるからな」


「そっか......気をつけてね」


「ああ。また会えるさ。冬休みには、ネビウス邸で」


「うん、楽しみにしてる」


 キオが微笑むと、ノックスは満足そうに頷き、待機させていた馬へと向かった。



 夕闇が迫る中、去っていく兄の背中は、いつものように大きく、頼もしかった。


『ノックス兄さんに会えてよかったな』


 キオが心の中で呟く。


『ああ。本当に良い兄貴だ』


 シュバルツの声が、優しく同意した。


 キオは、寮へと向かって歩き出した。



 見上げれば、冬の夜空に一番星が輝き始めている。

 今日は、本当に良い一日だった。


 そして、これからも、きっと良い日々が続いていく。

 冷たい風が吹いたが、キオの胸の奥は、ポトフのスープのように温かいままだった。



最後までお読みいただきありがとうございます。

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