第25話「兄との再会、幸せな家族」
週末の朝。吐く息が白く染まるほどの冷え込みの中、冬の澄んだ日差しが学園を照らしていた。
キオたちは約束通り、正門前に集まっていた。今日はルイの実家、リンネル洋食屋を訪れる日だ。
彼らの傍らには、それぞれのパートナーである精霊たちも寄り添っている。
「うぅぅ......さ、寒いよぉ......」
カリナが小刻みに震えながら、その場足踏みをしている。
カリナの故郷はこの国よりも温暖な気候なため、この寒さは堪えるようだ。
モコモコの耳当てに、厚手のポンチョコート、さらにグルグル巻きのマフラー。雪だるまのように着膨れした姿で、顔の半分以上がマフラーに埋もれていた。
「お願い、メラメラちゃん......温めてほしい......」
カリナの周りでは、小人の姿をした火の精霊メラメラちゃんが一生懸命飛び回り、少しでも温めようとしている。風のフワフワくんと水のアクアくんも心配そうに彼女の肩に乗っていた。
「おはよう、カリナ。今日は一段と冷えるね」
ルイが苦笑しながら挨拶をする。
ルイは飾り気はないが温かそうなベージュのウールコートを着ていた。首には手編みのニットマフラーを巻き、手にはミトン。
その両肩には、火の精霊フレアと水の精霊トロプがちょこんと座り、寒そうに身を寄せ合っている。
「おはよう、ルイ......。私、なんだっけ......あ、その、あれだ。冬眠だっけ?冬眠したい......」
いつもの元気なカリナは、そこになかった。
「おはよう」
キオとセドリックも挨拶を交わす。
セドリックは、厚手の茶色のジャケットに、丈夫なコットンのズボンという出で立ち。首には使い込まれたマフラーを巻いている。
彼の懐からは、フェネック型の雷精霊コロネが顔を出し、「キュウ」と鳴いて寒そうに鼻をひくつかせた。
そして――キオの横には、一人の青年が立っていた。
夜空のような黒髪に、紫水晶のような瞳。20代半ばほどの、彫刻のように整った顔立ちをした美青年、シュバルツだ。
黒を基調としたシックな衣装を纏い、その佇まいは静かだが、隠しきれない威厳が漂っている。
本来の竜人の姿では目立ちすぎて騒ぎになるため、今日も人型をとっていた。
「キオ、寒くないか?」
シュバルツが低い声で問いかけ、キオの襟元を直す。
「ああ、平気だよスバル。このコート、すごく暖かいし」
キオは落ち着いた口調で答える。
仕立ての良い紺色のロングコートをスマートに着こなし、首元のスカーフや革の手袋も相まって、その佇まいは13歳とは思えないほど洗練されていた。中身が大人であるキオにとって、自然と年相応以上の落ち着きを醸し出す。
「なら良いが。俺はあまり寒さを感じないが、もし、寒かったら言ってくれ」
「ありがとう。スバルは優しいね」
キオが微笑むと、シュバルツも優しく微笑みを返す。
その時、正門の方からオーウェンが歩いてきた。
その横には、黄金の鬣を持つグリフォンのソラリスが、威風堂々と歩調を合わせている。
「おはよう、みんな。待たせたね」
現れたオーウェンの姿に、周囲の空気が少し引き締まったように感じる。
彼が纏っているのは、黒の上質なロングコートだ。襟元には滑らかな毛並みのファーがあしらわれ、歩くたびに優雅なシルエットを描く。素材こそ分からないが、王族としての気品がその装いから自然と溢れ出ていた。
「おはよう、オーウェン。ソラリスも」
キオが声をかけると、ソラリスはシュバルツの方を見て、恭しく頭を下げた。シュバルツも軽く頷いて返す。
オーウェンはすぐに震えているカリナに気づいた。
「カリナ、大丈夫かい? 顔色が悪いようだけど......」
「うう、オーウェン......。寒すぎて、動けない......」
「ああ、君の故郷とは勝手が違うからね。ほら、これを使うといい」
オーウェンは懐からカイロ代わりの魔石を取り出し、カリナに手渡した。
「わぁ......あったかい......! ありがとう、オーウェン!」
カリナが魔石を両手で包み込み、ようやく生気を取り戻したように顔を上げる。
「今日は、キオに少しサプライズがあるんだ」
カリナの回復を見て安心したオーウェンが、少しいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「サプライズ?」
キオが不思議そうに首を傾げると、整えられた髪が冷たい風に揺れた。
「ああ。まず、残念なことに、マーカスが体調不良で来られなくなってしまってね」
オーウェンの言葉に、一同の表情が一斉に曇った。
「えっ、マーカスさんが? 大丈夫なの?」
キオが驚きの声を上げる。
「あの強そうなマーカスさんが風邪なんて......」
セドリックも信じられないといった様子で目を丸くした。完璧な佇まいでオーウェンを守っていた彼が、体調を崩す姿など想像もつかなかったのだ。
「やっぱりこの寒さのせいだよぉ......。熱はあるの?」
カリナが魔石を握りしめながら、自分のことのように心配そうに眉を寄せる。
「ああ。急な冷え込みで熱が出てしまったようだ。無理はさせられないからね」
オーウェンが残念そうに頷く。
「心配だね......」
ルイの言葉に、キオも深く頷いた。
「マーカスさんにはお世話になったし、早く元気になってほしいね」
「ありがとう、みんな。その気持ちだけでも、マーカスは喜ぶと思うよ」
オーウェンが嬉しそうに微笑んだ。
「それで、今日の護衛なんだけど......その代わりの人が、もう来てるよ」
オーウェンが門の方を指差した。
冬枯れの木々が並ぶその先に、ひときわ目を引く人物が立っていた。
寒空の下でも燃え上がるような紅蓮の髪。厚手の服の上からでも分かる鍛え抜かれた力強い体つき。騎士らしい凛とした立ち姿は、周囲の冷気さえも払いのけるような熱を帯びている。
その人物を見た瞬間、キオの目が大きく見開かれた。
「ノックス兄さん!」
キオの驚きと喜びが混じった声が、凍てつく空気を震わせて正門前に響き渡る。
「キオ!」
ノックスと呼ばれたその青年も嬉しそうに破顔し、大股で雪の残る地面を踏みしめ、キオに駆け寄った。
そして次の瞬間――ノックスはキオの脇の下に手を差し入れると、まるで幼い子供に対するように、キオを軽々と「高い高い」と持ち上げたのだ。
「うわっ!」
「久しぶりだな、キオ! 会いたかったぞ!」
ノックスはそのまま、キオを抱き上げた状態でくるくると回り始めた。
鍛え上げられた騎士の腕力は、13歳の少年の体重など感じさせないようだった。
「わっ、兄さん! 回さないでよ! みんな見てるから!」
キオの顔がみるみる赤く染まる。
普段は大人びた態度をとっているキオだが、大好きな兄の前ではどうしても「弟」の顔に戻ってしまう。
「ははは、悪い悪い。お前に会えたのが嬉しくてな」
ノックスはようやくキオを地面に下ろすと、愛おしげにキオの頭をガシガシと撫で回した。
「もう......僕だって13歳なんだから、子供扱いは恥ずかしいよ......」
キオが乱れた髪を直しながら、少し唇を尖らせて呟く。
しかし、その言葉には棘などなく、久しぶりに兄の温かさに触れた嬉しさが見え隠れしていた。
その微笑ましい光景を、シュバルツが紫の瞳を細めて見つめていた。
「ククッ......」
シュバルツが小さく笑う。そこには、キオが心から安心できる家族と再会できたことへの安堵が混ざっていた。
「......スバル、笑わないでよ」
キオが少し拗ねたように言うと、ノックスが不思議そうに首を傾げた。
「おや? キオ、こちらの男性は?」
ノックスの問いに、キオがシュバルツを紹介する。
「あ、紹介するね。こちらは僕のパートナー、精霊のスバルだよ」
「初めまして、スバルだ」
シュバルツが一歩前に出て、静かに名乗る。その声音は落ち着いているが、ただならぬ気迫が籠もっていた。
「精霊......? まさか、人型の精霊なのか?」
ノックスが驚いたように目を見開く。
「いや、今はあえてこの姿でいる。本来の姿は店に着いてから見せよう」
「そうだったのか......。初めまして、キオの兄のノックスだ。弟を守ってくれて感謝する」
ノックスが騎士の礼をとると、シュバルツも口元を緩めた。
「礼には及ばない。キオは俺の......大切な相棒だからな」
二人の間に流れる信頼の空気に、キオも嬉しそうに微笑んだ。
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