第24話「買い出しと小さな贈り物(3)」
学園に戻り、静けさに包まれた食堂の調理場へと向かう。
扉をゆっくりと開けると、そこには既にトムとティナが待っていた。
二体のブラウニーは、キオとルイ、そしてシュバルツの姿を見つけると、ぱあっと顔を輝かせ、嬉しそうに跳ね回った。その全身から「待ってました!」という喜びが溢れ出しているようだ。
「ただいま、トムとティナ。お待たせ」
ルイが柔らかく微笑むと、ブラウニーたちは姿勢を正し、礼儀正しく丁寧にお辞儀をした。
トムが綺麗に磨かれた調理台を誇らしげに指差し、ティナがパチパチと薪が燃える暖炉の方へと案内する。
「ありがとう。じゃあ、始めるね」
ルイが買ってきたばかりの新鮮な材料を、広い調理台の上に並べていく。
土の香りが残るじゃがいもと人参、艶のある玉ねぎ、ずっしりと重いキャベツ、赤身の美しい牛肉、そして爽やかな香りを放つ数種類の香草。
全ての役者が揃った。
「それじゃあ、作ろうか」
キオが声をかける。
「うん!」
ルイの表情が、ふっと引き締まり、料理人の真剣なものへと変わった。
―――
まず、野菜を洗う工程だ。
トムが、どこから汲んできたのか、透き通った清潔な水が入った桶をヨイショと用意してくれた。
「ありがとう、トム」
ルイが微笑むと、トムは照れ隠しのようにその場で嬉しそうに跳ねた。
すると、水の妖精トロプも桶の周りをふわふわと漂い始めた。トロプが触れるたび、桶の水がキラキラと光を帯び、より一層清らかに澄んでいくようだ。
「トロプも手伝ってくれてるのね。ありがとう」
感謝を伝えると、トロプは嬉しそうにぷるぷると体を揺らした。
次は、野菜を切る作業に移る。
まな板の上に、洗いたてのゴロゴロとしたじゃがいもを置く。
「じゃがいもは......火が通りやすいように、一口大に切って」
ルイが丁寧に包丁を入れる。トン、トン、とリズミカルで心地よい音が響き始めた。
「人参は味が染みるように乱切りにして、玉ねぎは食感が残るように大きめに......」
ルイは手元に集中し、一つ一つ慈しむように丁寧に切っていく。
わずかに俯いたその真剣な横顔を、キオは邪魔をしないよう静かに、優しく見守っていた。
「僕も手伝うよ。肉を切るね」
「ありがとう、キオ君」
キオは別のまな板で、肉を一口大に切り分けていく。弾力のある肉に包丁を入れる感触が手に伝わる。
トロプとフレアは、まな板の横で応援するように、右へ左へと揺れている。
「こら、二人とも。危ないから邪魔しちゃダメだよ」
ルイが優しく注意すると、二体は「はーい」と言うかのように素直にルイの肩へと移動し、ちょこんと座った。
「俺はキャベツを切ろう」
シュバルツが低い声で言った。慣れた手つきで包丁を扱う。
「ありがとう、スバルさん」
ルイが嬉しそうに微笑む。
三人で協力し、ザクザクと野菜を切る音が重なり合う。やがて、全ての下準備が終わった。
「次は、肉を炒めるね」
ルイが鍋を火にかける。
火の妖精フレアが、待ってましたとばかりに暖炉の火の周りで嬉しそうに揺れた。鍋底を舐める炎の勢いが、まるで意思を持ったかのように最適に調整されていく。
「フレアもありがとう」
ルイが微笑みかけると、フレアはポッと一層明るく輝き、熱を増した。
温まった鍋に油を引き、肉を投入する。
ジュウッ――という小気味よい音と共に、肉の焼ける香ばしい匂いが一気に立ち込めた。
「いい音だね」
鼻をくすぐる香りに、キオが自然と微笑む。
「うん」
ルイも嬉しそうに声を弾ませた。
肉の表面の色が変わり、焼き目がついたら野菜を加える。
「全体に油が回るまで炒めて......」
木べらを使って、ルイが丁寧に野菜と肉を混ぜ合わせていく。鍋の中で鮮やかな色が踊る。
「よし。じゃあ、水を注いで......」
ジャーッという音と共に、ルイがたっぷりの水を加える。
「ローリエとタイムを入れて......」
仕上げに香草を加えると、湯気と共にふわりと爽やかで上品な香りが立ち上った。肉の脂とハーブの香りが混ざり合い、食欲をそそる。
「あとは、じっくり煮込むだけ」
ルイが期待を込めた瞳でそう言った。
―――
コトコトと鍋が煮込まれている間、ブラウニーたちが甲斐甲斐しく調理場を綺麗にしてくれる。
使った道具を手際よく洗い、床に落ちた野菜くずをささっと片付けてくれるのだ。
「トムとティナ、本当にありがとう」
キオが深々と頭を下げると、ブラウニーたちは褒められ慣れていないのか、照れたように身を縮めてモジモジとした。
「いい香りだね」
漂ってくる湯気の香りに、キオが鼻を鳴らす。
「うん。順調に煮えてる」
ルイが鍋の蓋を少しずらして覗き込む。グツグツと沸き立つスープの中で、野菜たちが踊っている。
しばらくして、味見をしたルイが小さく首を傾げた。
「あれ......少し、味が薄いかな......」
「塩を足せばいい。野菜の甘みが出ている分、引き締めが必要だ」
シュバルツが的確かつ短く助言する。
「そうね。ありがとう、スバルさん」
ルイが塩をひとつまみ、パラパラと鍋に落とす。
やがて、野菜の角が取れて柔らかくなり、スープ全体に素材の旨味が溶け出し、黄金色に輝き始めた頃。
「そろそろかな......」
ルイがお玉ですくい、慎重に味見をする。
ふうふう、と息を吹きかけ、一口、スープを口に含む。
「......うん!」
ルイの顔が、ぱっと花が咲いたように明るくなった。
「完成!」
調理場全体が、温かくて優しい、幸せな香りに満ちていた。
「じゃあ、みんなで食べよう」
キオの提案に皆が頷く。
「うん」
ルイが、熱々のポトフをそれぞれの器に取り分ける。
キオの分、ルイの分、そしてシュバルツの分。
さらに、手のひらサイズの小さな器にも取り分けて、トムとティナに差し出した。
「トムとティナも、どうぞ。手伝ってくれてありがとう」
ブラウニーたちは、わあっと声を上げんばかりに嬉しそうに跳ねて、湯気の立つ小さな器を大切そうに受け取った。
トロプとフレアにも、それぞれ小さなカップでスープを分けてあげる。
「それじゃあ、いただきます」
三人が揃って手を合わせ、感謝を捧げた。
スプーンで一口、スープを飲む。
熱い液体が喉を通ると、野菜と肉の優しい味わいがじわりと口いっぱいに広がった。身体の芯から温まるような味だ。
「美味しい......!」
キオが目を輝かせて声を漏らす。
「本当?」
ルイが不安と期待の入り混じった顔で尋ねる。
「うん。すごく美味しいよ、ルイ。毎日食べたいくらいだ」
「よかった......」
ルイの表情から緊張が解け、安堵と喜びで満ちていく。
「上出来だ」
シュバルツもスープを口にし、短く、しかし満足げに評価した。
「ありがとう、スバルさん」
具材を口に運ぶ。
じゃがいもは、ほくほくと崩れるほど柔らかい。
人参は、土臭さは消え、優しい甘みが際立っている。
玉ねぎは、とろりと舌の上で溶けるほど煮えて、スープに深いコクを加えている。
そして肉は、繊維がほどけるほど柔らかく煮込まれており、噛むほどに旨味が溢れ出した。
「この腕前ならトーマスさんもアンナさんも、きっと喜んでくれるよ」
キオが確信を持って微笑む。
「うん。そうだといいな」
ルイがはにかむように、嬉しそうに答える。
足元を見れば、ブラウニーたちも小さな器から一生懸命スープを飲んでいる。
二体とも、ほっぺたが落ちそうなほど幸せそうな顔だ。
トロプとフレアも、それぞれのカップのスープを味わい、満足げに明滅している。
「みんな、美味しい?」
ルイが尋ねると、ブラウニーたちは口をもぐもぐさせたまま力いっぱい頷き、トロプとフレアは嬉しそうにゆらゆらと揺れた。
―――
「ねえ、キオ君」
食後の余韻の中で、ルイが少し照れたように切り出した。
「なに?」
「今日は、ありがとう。荷物持ちも、手伝いも......ずっと付き合ってくれて」
「ううん、僕も楽しかったよ。こんなに美味しいものが食べられたしね」
キオが冗談めかして微笑む。
「スバルさんも、ありがとう」
「例には及ばん。俺も楽しかった」
シュバルツは笑顔で答える。
窓の外に目をやると、空は茜色に染まり、夕陽が沈みかけていた。
調理場に残るのは、料理の温かい香りと、皆の穏やかな笑い声。
「週末、食べてもらうの、楽しみだね」
キオが言う。
「うん。自信、ついたと思う」
ルイが柔らかく微笑む。
「楽しみだな」
シュバルツが目を細めて静かに言った。
「うん」
キオも深く頷く。
調理場には、どこまでも温かくて、幸せな時間が流れていた。
トムとティナも、トロプとフレアも、種族を超えてみんな一緒に。
そして、ルイの髪には赤と青のリボンが結ばれており、沈みゆく夕陽を受けて、二人の絆のように優しく輝き続けていた。
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