第24話「買い出しと小さな贈り物(2)」
学園の正門前。
キオとルイ、そしてシュバルツが立っていた。
「スバルさん、たぶんその姿だと街で目立っちゃうと思う。というか結構騒ぎになっちゃうかも」
ルイが心配そうに、竜人の姿のシュバルツを見上げる。竜の眷属ともなれば、確かに街中では注目の的だろう。
「そうだな。では、人型になろうか」
シュバルツが短く答えると、その体が淡い光の粒子に包まれた。
光は輪郭を溶かし、新たな形を紡いでいく。やがて光が収まると、そこには――黒いロングコートを着た青年が立っていた。
艶やかな黒髪に、紫水晶のような瞳。整った顔立ちは、街ゆく人々が思わず振り返りそうなほど美しい。
「わあ......」
その変貌ぶりに、ルイが小さく息を呑む。
キオはルイの耳元で、小さく囁いた。
「なんか......この姿でも目立ちそうだね」
ルイは頬を少し染めながら頷いた。
「そうだね」
『それで言ったら、キオ君も目立つと思うんだけどな同......』
ルイは心の中でそっと呟き、隣に立つキオの横顔を盗み見た。
「では、行くか」
人型になっても変わらないシュバルツの低い声が、出発を促す。
「うん」
キオとルイが頷く。
トロプとフレアも、嬉しそうにルイの周りをくるくると飛び回った。
5人は冬の風を感じながら、賑やかな商業通りへと足を踏み入れた。
―――
商業通りは、夕方の買い物客で賑わっていた。
色とりどりの商品が並ぶ露店、呼び込みの声、美味しそうな匂い――活気に満ちた雰囲気が、通り全体を包んでいる。
「わあ、賑やか」
ルイが嬉しそうに目を輝かせる。
「まず、野菜から見ようか」
キオが提案する。
「うん」
三人は、野菜を売る露店へと向かった。
色鮮やかな野菜が、丁寧に並べられている。
「ポトフに必要なのは......じゃがいも、人参、玉ねぎ、キャベツ」
ルイがメモを確認しながら、一つ一つ野菜を見ていく。
「このじゃがいも、どうかな......」
ルイが一つ手に取る。
「それは選ばない方がいい」
シュバルツが低い声で告げた。
「え?」
「そのじゃがいもは、芽が出かけている。煮込んでも食感が悪くなるだろう」
「あ、本当だ......」
ルイが驚いた様子で見直す。
「スバル、料理に詳しいんだね」
キオが感心したように言うと、シュバルツは短く答えた。
「長い時を生きていれば、自然と身につくものだ」
「じゃあ、こっちのじゃがいもの方がいいかな」
ルイが別のものを手に取る。
「ああ、それなら問題ない」
シュバルツが頷く。
「次は人参......これはどう?」
ルイが別の野菜を手に取る。
「それは良い。色が濃く、身が締まっている」
シュバルツが肯定する。
「よかった。じゃあ、玉ねぎは......」
ルイが玉ねぎを選ぼうとする。
「大きめのものを選べ。煮込むと小さくなるからな」
「なるほど......」
ルイは大きめの玉ねぎを選んだ。
「勉強になるね、スバルさん」
ルイが嬉しそうに微笑む。
「まぁな」
シュバルツはぶっきらぼうに言葉を放つが、その顔は満更でもなさそうだった。
その時、トロプとフレアがキオにちょっかいをかけ始めた。
水の妖精トロプが、キオの髪の周りをふわふわと漂い、時々冷たい水滴を落とす。火の妖精フレアは、キオの頬の近くで小さく揺れて、ほんのり温かい。
「こら、二人とも」
ルイが慌てて止めようとするが、キオは笑っている。
「大丈夫だよ、ルイ。ふふ、2人とも可愛いね」
キオがトロプとフレアに優しく微笑むと、二体の妖精は嬉しそうに揺れた。
「ふふ......二人とも、キオ君が好きなのね」
ルイが微笑む。
「次はお肉だね」
キオが言う。
「うん」
ルイが肉屋の前に立つ。
「ポトフ用の牛肉を......あ、この部位はどうかしら」
ルイが一つを指差す。
「脂身が多いんじゃないか?」
シュバルツが低い声で止めた。
「多いかなー?」
「ポトフには、もう少し赤身が多い部位の方が向いていると思うぞ」
「そうなんだ?」
「ああ。脂が多いと、スープが濁る。澄んだスープを作りたいのであれば、赤身を選ぶのが賢明だ」
「すごい......」
ルイとキオは、シュバルツの知識の深さに驚いていた。
「スバル、どこでそんなに詳しくなったの?」
キオが尋ねると、シュバルツは少し間を置いてから答えた。
「......昔、料理好きな知り合いから教わった」
その言葉に、ルイは感心したように頷き、微笑んだ。
「ありがとう、スバルさん。おかげで、美味しいポトフが作れそう」
肉屋の店主が、シュバルツのアドバイス通りの部位を切り分けてくれる。
「ありがとうございます」
ルイが丁寧に礼を言って、肉を受け取った。
「次は......香草だね」
ルイがメモを確認する。
「ローリエとタイムがあれば十分だ」
シュバルツが頷く。
香辛料を売る露店で、ルイは丁寧に香草を選んだ。
「これで、材料は揃ったね」
キオが荷物を確認する。
「うん。あとは......」
ルイがふと、雑貨屋の方を見た。
「少しだけ、見ていってもいい?」
「もちろん」
キオが微笑む。
5人は、色とりどりの雑貨が並ぶ店へと足を踏み入れた。
可愛らしい食器、美しい布、手作りの装飾品――様々なものが、所狭しと並んでいる。
「わあ......」
ルイが嬉しそうに、一つ一つを眺めていく。
キオも、店内を見回していた。
その時――キオの目が、一つのリボンに留まった。
雑貨屋の店先で、赤と青、二色の糸で丁寧に編まれたリボンが、光を受けてきらきらと輝いている。
「あの...」
キオは店主に声をかけ、そのリボンを手に取った。
ふと、隣を歩くルイに目を向ける。
ルイの髪は、今日もシンプルな紐で結ばれていた。
『このリボン、ルイの髪の色に合いそう』
それに、赤と青なトロプとフレアの色でもある。
自然と笑みがこぼれた。
「ルイ」
キオは明るく笑いながら、リボンを差し出した。
「これ、ルイに似合うと思って」
「え...?」
ルイの瞳が大きく見開かれる。
「トロプとフレアの色だし、ルイの髪の色にも合うと思うんだ」
ルイの顔が、見る見るうちに真っ赤に染まっていく。
「あ、ありがとう...」
小さな声で、でも心からの感謝を込めて、ルイはそっとリボンを受け取った。
トロプとフレアも、嬉しそうにルイの周りを揺れる。
二体の精霊も、このリボンを気に入ったようだ。
その様子を見ていたシュバルツが、何も言わずにキオの頭にそっと手を置いた。
優しく、愛おしそうに撫でる。
「?」
キオは不思議そうな顔でシュバルツを見上げた。
シュバルツは小さく微笑んで、何も答えなかった。
ただその紫色の瞳には、深い温かさが宿っていた。
「調理場のブラウニーたちを待たせてしまうし、戻ろっか」
キオがそう言って、前を歩き出す。
シュバルツもその後に続いた。
ルイは、その場に少しだけ立ち止まっていた。
受け取ったばかりのリボンを、ギュッと胸に抱きしめる。
そして――
顔を上げたルイの表情は、とても嬉しそうで、幸せそうな微笑みに満ちていた。
「ルイ?」
前を歩くキオが振り返る。
「あ、うん! 今行く!」
ルイは慌てて駆け出した。
リボンを大切に握りしめたまま。
三人は、学園への道を戻り始めた。
夕陽が、三人の背中を優しく照らしている。
トロプとフレアも、嬉しそうにルイの周りを揺れていた。
「ポトフ楽しみだね」
キオが言う。
「うん」
ルイが頷く。
その手には、赤と青のリボンが、大切に握られていた。
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