第24話「買い出しと小さな贈り物」
精霊の授業の後、ルイの両親が営むリンネル洋食屋に、週末みんなで遊びに行く約束をした。
その翌日――次の日の放課後。
キオたちはいつもの教室に残っていた。授業を終えた生徒たちが帰り支度を済ませ、廊下からは賑やかな話し声が遠ざかっていく。
窓の外には冬の柔らかな日差しが差し込み、舞い遊ぶ塵がキラキラと光っていた。穏やかな放課後の時間が流れている。
「ふう、今日の授業も終わったわね」
カリナが椅子の背もたれに体重を預け、大きく伸びをする。関節が小さく鳴る音が、静かになった教室に響いた。
「お疲れ様」
ルイがふわりと微笑みながら、教科書を丁寧に鞄へしまい、自分の荷物をまとめ始めた。
その時、ふと手を止めたルイが、何かを思い出したように顔を上げる。
「あのね......みんなに相談したいことがあるんだけど」
「なに?」
キオが不思議そうに首を傾げると、ルイは少し言い淀んでから口を開いた。
「週末、お店に行くでしょう?」
「うん」
みんなが頷くのを見て、ルイは居住まいを正した。
「その時に......私の作った料理を、お父さんとお母さんに食べてもらいたいの」
ルイの表情が、真剣なものに変わる。その瞳には、揺るぎない強い決意が宿っていた。
「成長を見せたいんだ。だから、その前に練習したいの」
その言葉を聞いて、友人たちの顔がほころぶ。
「それはいいことだね」
セドリックが優しく微笑み、同意を示す。
「ああ、素敵な考えだと思う」
オーウェンも深く頷いた。
「いつもみたいに、寮の調理場で練習するの?」
カリナが何気なく尋ねると、ルイは困ったように眉を寄せ、視線を落とした。
「それが......」
「どうしたの?」
「今日、寮の調理場が使えないの」
「え? どうして?」
「さっき寮母さんに聞いたら、急遽清掃作業が入ったんだって」
「清掃作業?」
「うん。昨日、火の魔法を間違えて暴発させた生徒がいたらしくて......調理場が結構煤で汚れちゃったみたい」
ルイが申し訳なさそうに説明する。自分のせいではないと分かっていても、予定が狂ってしまったことが残念なのだろう。
「それは大変だな」
オーウェンが同情するように声を落とす。
「だから、今日はどこか別の場所で練習しないといけないんだけど......」
困り果てた様子のルイを見て、キオは一つの案を思いついた。
「食堂の先生に相談してみたら?」
「そっか......聞いてみようかな」
キオの提案に、ルイが希望を見出したように頷く。
「僕たちも何か手伝えることがあったら言ってくれ」
オーウェンが優しく言うと、ルイはハッとした顔をした。
「ありがとう。でも、オーウェン君は今日、お城に呼ばれてるんじゃなかった?」
「あ......そうだった」
オーウェンが残念そうに眉を寄せ、肩をすくめる。
「すまない、ルイ。手伝えなくて」
「ううん、大丈夫。お仕事、頑張ってね」
「私たちも......ごめん、ルイ」
カリナが両手を合わせて、申し訳なさそうに言った。
「シュトゥルム先生の宿題、まだ終わってなくて。これから図書室に行かなきゃいけないの」
「どうしても分からないところがあって......」
セドリックもがっくりと肩を落とす。どうやら分からないところかわ多かったようだ。
「大丈夫だよ、みんな。気にしないで」
気を使わせまいと、ルイが努めて明るく微笑む。
そんな彼女を見て、キオは自然と言葉を紡いだ。
「僕は大丈夫。一緒に行くよ」
「キオ君......ありがとう」
ルイの笑顔が、ぱあっと花が咲いたように一層明るくなった。
―――
キオとルイは、食堂を管理している先生のもとへ向かった。
校舎の一角にある食堂の管理室の扉をノックすると、中から優しい声が聞こえてきた。
「はい、どうぞ」
重厚な扉を開けると、ふわりとスープのような温かい香りが漂ってきた。
書類の積まれたデスクの向こうには、50代ほどの、ふくよかで温かそうな女性が座っていた。グレイス・ホッパー先生だ。
「あら、ルイさんとキオ君。どうしたの?」
眼鏡の位置を直しながらホッパー先生が尋ねる。
「あの、先生。お願いがあって来ました」
ルイが礼儀正しく頭を下げる。
「どんなお願いかしら?」
「調理場を、少しの間、使わせていただけないでしょうか?」
真っ直ぐなルイの視線を受け、ホッパー先生は優しく微笑んだ。
「料理の練習? いつもは寮の調理場を使ってるわよね?」
「はい。でも今日は、急遽清掃作業が入ってしまって......」
「あらあら、そうだったわね。火の魔法の暴発で大変だったみたいね」
ホッパー先生が苦笑する。
「それで、週末に実家であるお店に行く予定なんです。その時に、自分の作った料理を食べてもらって、成長を見せたいんです」
熱のこもったその言葉に、ホッパー先生の表情が一層柔らかくなった。
「まあ、素敵な心がけね」
「ありがとうございます」
「ただね」
ホッパー先生が少し困ったように眉を寄せ、手元のペンを置いた。
「食堂の調理場は、安全管理が厳しいの。寮の調理場とは違って、生徒だけで使うことは、原則として許可できないのよ」
「そう、ですよね......」
期待していた分、ルイの落胆は大きかった。がっくりと目に見えて肩を落とす。
そんなルイを見て、ホッパー先生が悪戯っぽく微笑んだ。
「でも」
「え?」
ルイが顔を上げる。
「私の精霊たちと一緒なら、許可できるわ」
「精霊たち......ですか?」
「ちょっと待ってて」
ホッパー先生がパン、と軽く手を叩く。
すると、どこからともなく小さな二つの影が現れ、デスクの上に飛び乗った。
それは、ブラウニーだった。
体長30センチほどの小さな精霊で、茶色の肌に大きな瞳、そして特徴的な尖った耳を持っている。二体とも、その小さな体にぴったりの可愛らしいエプロンを身につけていた。
「この子たちは、トムとティナ。双子のブラウニーなの」
ホッパー先生が紹介する。
二体のブラウニーは、キオとルイに向かって、ちょこんと丁寧にお辞儀をした。
「可愛い......」
「わぁ、こんにちは」
ルイもキオも目を輝かせて身を乗り出す。
ブラウニーたちは言葉を喋ることはできないが、身振り手振りで一生懸命コミュニケーションを取ろうとしていた。トムと思しき一方が右手を挙げて挨拶し、もう一方のティナがくるりとその場で一回転して見せる。
「この子たちは、調理場の安全と清掃を担当しているの。火の管理も完璧だし、掃除も得意よ」
「すごい......」
キオは感心して声を漏らす。小さくても頼もしそうな精霊たちだ。
「調理場の管理人のような存在なのよ」
ホッパー先生が愛おしそうに彼らを見つめながら説明する。
「だから、トムとティナと一緒なら、調理場を使っていいわ」
「本当ですか! ありがとうございます!」
ルイが弾かれたように顔を上げ、嬉しそうに深々と頭を下げる。
それを見て、トムとティナも嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねた。
「何を作るつもり?」
「ポトフを作りたいんです」
「いいわね。材料はどうするの?」
「これから、商業通りで買ってこようと思います」
「そう。じゃあ、気をつけて行ってらっしゃい」
「はい!」
先ほどの落胆が嘘のように、ルイの顔は明るく輝いていた。
―――
管理室を出て廊下を歩き出すと、ルイは嬉しそうにキオを振り返った。
「キオ君、ありがとう。一緒に来てくれて」
「うん。よかったね、許可が出て」
「これから買い出しに行くんだけど......荷物持ち、お願いしていい?」
恐る恐る尋ねるルイに、キオは自然に頷く。
「もちろん」
「ありがとう!」
ルイが安堵の笑みを浮かべた、その時だった。
「俺も行く」
キオの背後から、低い声が響いた。スバルだ。
「え?」
「お前一人で街に行かせるわけにはいかない」
守護者としての義務感からか、真面目な顔で言うスバルに、キオはその真面目な顔に少し笑ってしまう。
「スバルも一緒に来るって」
「ありがとう、スバルさん」
ルイが微笑むと、スバルは「ふん」と短く返した。照れ隠しのような響きだ。
「あ、トロプとフレアも来る?」
ルイが自分の肩のあたりに話しかける。
すると、ふわりと現れた水の妖精トロプと火の妖精フレアが、嬉しそうに揺れて肯定の意を示した。
「じゃあ、五人で行こう」
キオが笑う。
「五人......?」
「僕とルイとスバルと、トロプとフレア」
「ふふ、そうだね」
ルイがくすっと笑った。
二人は笑いいながら正門へと向かうのだった。
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