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夜空色の青春  作者: 上永しめじ
第二章「絆と葛藤の深化」
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とある日のお話「歌声と王冠(3)」



 それからしばらく音楽の話をしていたが、限界は唐突に訪れた。


 ふらり、と視界が揺れる。


「オーウェン、大丈夫? 顔色が悪いわよ」


 カリナの心配そうな声。

 オーウェンは反射的に笑顔を作った。


「ああ......少し疲れただけだ。心配いらない」


 弱いところを見せたくなかった。

 せっかくの時間を台無しにしたくなかったし、王族として気丈に振る舞わなければという癖が抜けていない。



「心配いらないって......そんなの心配するに決まってるじゃない! ちょっと待ってて!」


 制止する間もなく、カリナは部屋を飛び出していった。


 バタン、と扉が閉まる音。


 残されたオーウェンは、呆然と椅子に座り込んでいた。


『心配してくれる......のか』


 城では、体調を崩せば医師が呼ばれ、最高級の薬が出される。


 けれど、そこに「心」はあっただろうか。

 自分が「王位継承者」だから治すのであって、「オーウェン」を心配していたわけではないのではないか。そう疑ってしまう自分がいた。


 でも、彼女は違う。

 ただの友達として、オーウェンのために走ってくれた。





―――



 数分後、息を切らせてカリナが戻ってきた。手にはコップと、緑色の葉。


「はい、これ飲んで!」


「これは?」


「故郷のハーブよ。疲れた時に効くの。メラメラちゃんに温めてもらったから、飲みやすいはず」


 差し出されたコップを受け取る時、彼女の指先が触れた。

 温かかった。


「......ありがとう」


 一口飲むと、爽やかな香りと共に温かい液体が染み渡り、冷えた身体を芯から解きほぐしていくようだった。



「......美味しいな」


「でしょ? お母さんが持たせてくれたの。大切な時に使おうと思ってたんだけど、友達のためなら惜しくないわ」


 友達のためなら、惜しくない。

 その純粋な言葉に、オーウェンの胸が熱くなる。



「ありがとう、カリナ。君は本当に......優しいな」


 今度は、王族の仮面など欠片もない、一人の少年としての言葉だった。



「えー、優しいんじゃなくて、友達だからよ。困ってたら助けるのは当たり前じゃない」


 そう言って笑う彼女の顔を見ながら、オーウェンの心に一つの誓いが生まれた。



『この子の笑顔を、守りたい』



 それは、王としての義務でも責任でもなく、ただ一人の少年としての、初めての願いだった。





 ハーブティーのおかげで顔色の戻ったオーウェンに、カリナが提案した。


「ねえ、今度キオたちも誘って、みんなで得意なことを教え合わない?」


「それは良いアイデアだ。勉強会でそういう時間を作れるかもしれない」


「やった! 楽しみ!」


 はしゃぐ彼女を見守りながら、窓の外を見れば、空は美しい茜色に染まっていた。


 楽しい時間はあっという間だ。


「そろそろ戻らないとな」


「今日は楽しかったわ。オーウェンと二人で話せて」


「僕もだ。君といると、とても自然でいられる」


 音楽室を出て、夕日に染まる廊下を並んで歩く。


「ねえ、オーウェン」


「ん?」


「私、この学校に来て本当に良かった。最初は不安だったけど、今はすごく幸せ」


「僕も同じだ。君たちと出会えて、本当に良かった」


「これからもずっと友達でいようね。約束!」



 カリナが力強く右手を差し出す。オーウェンはその手をしっかりと握り返した。



「ああ、約束する」


 繋いだ手の温もりが、いつまでも残っている気がした。






 その夜、オーウェンはベッドの中で、今日一日を反芻していた。


『友達だから当たり前』


 その言葉を思い出すだけで、胸の奥が温かくなる。

 誰かの純粋な心配を、疑わずに受け入れられたのは初めてだった。


 窓の外には、満天の星。


『カリナ、ありがとう』


 心の中でそっと呟く。


 明日もまた、彼女やみんなと会える。


 ただそれだけのことが、今のオーウェンには何よりも代えがたい幸福だった。



 彼は深く息を吐き、穏やかな微睡みへと落ちていった。

 夢の中でも、あのキャラメル色の笑顔に会えることを願いながら。


最後までお読みいただきありがとうございます。

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