とある日のお話「歌声と王冠(3)」
それからしばらく音楽の話をしていたが、限界は唐突に訪れた。
ふらり、と視界が揺れる。
「オーウェン、大丈夫? 顔色が悪いわよ」
カリナの心配そうな声。
オーウェンは反射的に笑顔を作った。
「ああ......少し疲れただけだ。心配いらない」
弱いところを見せたくなかった。
せっかくの時間を台無しにしたくなかったし、王族として気丈に振る舞わなければという癖が抜けていない。
「心配いらないって......そんなの心配するに決まってるじゃない! ちょっと待ってて!」
制止する間もなく、カリナは部屋を飛び出していった。
バタン、と扉が閉まる音。
残されたオーウェンは、呆然と椅子に座り込んでいた。
『心配してくれる......のか』
城では、体調を崩せば医師が呼ばれ、最高級の薬が出される。
けれど、そこに「心」はあっただろうか。
自分が「王位継承者」だから治すのであって、「オーウェン」を心配していたわけではないのではないか。そう疑ってしまう自分がいた。
でも、彼女は違う。
ただの友達として、オーウェンのために走ってくれた。
―――
数分後、息を切らせてカリナが戻ってきた。手にはコップと、緑色の葉。
「はい、これ飲んで!」
「これは?」
「故郷のハーブよ。疲れた時に効くの。メラメラちゃんに温めてもらったから、飲みやすいはず」
差し出されたコップを受け取る時、彼女の指先が触れた。
温かかった。
「......ありがとう」
一口飲むと、爽やかな香りと共に温かい液体が染み渡り、冷えた身体を芯から解きほぐしていくようだった。
「......美味しいな」
「でしょ? お母さんが持たせてくれたの。大切な時に使おうと思ってたんだけど、友達のためなら惜しくないわ」
友達のためなら、惜しくない。
その純粋な言葉に、オーウェンの胸が熱くなる。
「ありがとう、カリナ。君は本当に......優しいな」
今度は、王族の仮面など欠片もない、一人の少年としての言葉だった。
「えー、優しいんじゃなくて、友達だからよ。困ってたら助けるのは当たり前じゃない」
そう言って笑う彼女の顔を見ながら、オーウェンの心に一つの誓いが生まれた。
『この子の笑顔を、守りたい』
それは、王としての義務でも責任でもなく、ただ一人の少年としての、初めての願いだった。
ハーブティーのおかげで顔色の戻ったオーウェンに、カリナが提案した。
「ねえ、今度キオたちも誘って、みんなで得意なことを教え合わない?」
「それは良いアイデアだ。勉強会でそういう時間を作れるかもしれない」
「やった! 楽しみ!」
はしゃぐ彼女を見守りながら、窓の外を見れば、空は美しい茜色に染まっていた。
楽しい時間はあっという間だ。
「そろそろ戻らないとな」
「今日は楽しかったわ。オーウェンと二人で話せて」
「僕もだ。君といると、とても自然でいられる」
音楽室を出て、夕日に染まる廊下を並んで歩く。
「ねえ、オーウェン」
「ん?」
「私、この学校に来て本当に良かった。最初は不安だったけど、今はすごく幸せ」
「僕も同じだ。君たちと出会えて、本当に良かった」
「これからもずっと友達でいようね。約束!」
カリナが力強く右手を差し出す。オーウェンはその手をしっかりと握り返した。
「ああ、約束する」
繋いだ手の温もりが、いつまでも残っている気がした。
その夜、オーウェンはベッドの中で、今日一日を反芻していた。
『友達だから当たり前』
その言葉を思い出すだけで、胸の奥が温かくなる。
誰かの純粋な心配を、疑わずに受け入れられたのは初めてだった。
窓の外には、満天の星。
『カリナ、ありがとう』
心の中でそっと呟く。
明日もまた、彼女やみんなと会える。
ただそれだけのことが、今のオーウェンには何よりも代えがたい幸福だった。
彼は深く息を吐き、穏やかな微睡みへと落ちていった。
夢の中でも、あのキャラメル色の笑顔に会えることを願いながら。
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