とある日のお話「歌声と王冠(2)」
それは、寄せては返す波のような、ゆったりとした旋律だった。
異国の言葉で紡がれる歌詞の意味は分からない。
けれど、その歌声に乗せられた温かさは、痛いほどに伝わってきた。
澄み渡り、それでいて力強い声。
閉め切った音楽室に、潮風が吹き抜けていくような感覚。
オーウェンは静かに目を閉じた。
宮廷音楽家たちの技巧を凝らした歌声とも、華やかなオペラとも違う。
そこには「心」があった。
母親への思慕、故郷への愛、家族の温もり。
彼女の魂そのものが震えているような歌声。
オーウェンの胸の奥が、じんわりと熱くなる。
好きだ、と思った。この歌声が。そして――。
歌が終わると、しばらく心地よい静寂が部屋を満たした。
オーウェンはゆっくりと目を開け、拍手を送る。
「......素晴らしかった。本当に、心が温かくなる歌だ」
「えへへ、ありがとう」
カリナが照れ笑いをする。
「この歌はね、『どこにいても家族は一つ』っていう意味なの。島を離れる人に歌う歌なのよ」
「そうか......カリナも今、故郷から離れているんだな」
「うん。でも、寂しくはないわ。だってここには新しい家族......じゃなかった、友達がいるもの」
カリナの笑顔が、オーウェンの胸のつかえを溶かしていく。
「......そう言ってもらえると嬉しい」
「オーウェンは? 故郷が恋しいってなったこと、ある?」
無邪気な問いかけに、オーウェンは言葉に詰まった。
どう答えるのが正解だろう。王族として模範的な回答をすべきか。
けれど、カリナの真っ直ぐな瞳を見ていると、嘘を吐くことがためらわれた。
「......城を離れたのは、この学園に来てからだ。今も公務で戻ることはあるが......正直、あまり恋しいとは思わないな。城にいた時の方が、ある意味では孤独だったから」
言ってしまってから、ハッとした。
こんな本音を漏らしたのは、生まれて初めてだったかもしれない。
「えっ? どういうこと?」
「......王族だから、いつも周りには人がいた」
オーウェンは窓の外を眺めた。
「みんな僕に優しくしてくれるし、敬ってくれる。でも、それが『僕個人』に対してなのか、『王族』という冠に対してなのか、いつも分からなかった」
一度開いた口は、もう止まらなかった。
「小さい頃から『王族らしく』と言われ続けた。感情を表に出すな、常に完璧であれ、公平であれ......。そう言われる度、誰かに心を許すのは良くないことだと思った。公平さを欠いてしまうから」
それが、王族であるリンドール家の役割だと。
「でも、ここに来て変わったんだ。キオやルイ、セドリック......そして君」
オーウェンはカリナの方を振り返る。
カリナは、普段の明るい表情を消し、真剣な眼差しで聞いてくれている。
オーウェンは、彼女の瞳を真っ直ぐに見つめ返した。
「みんな、僕を一人の友達として見てくれる。君たちとの日々が、僕には輝いて見えるんだ。王族としては失格かもしれないが......君が立場に関係なく、自然に接してくれることが、何より嬉しい」
言い終えると、少し怖くなった。幻滅されただろうか。
オーウェンはふと視線を下げかけたが
カリナはきょとんとした顔で、あっけらかんと言った。
「当たり前じゃない」
「え......?」
「オーウェンはオーウェンだもの。金髪だろうと王族だろうと、それはオーウェンの一部ってだけで、全部じゃないわ。あなたは普通の学生よ」
彼女は、こともなげに笑い飛ばした。
「それに大丈夫。オーウェンはちゃんと公平だわ。ダメなことはダメって言うし、ちゃんとみんなを見てくれてる。友達がいたって、あなたは立派よ」
胸が熱い。
喉の奥が詰まったように熱くなる。
「だから私も、キオもセドリックもルイも、オーウェンのことが大好きだし、大切な友達だと思ってるわ」
その笑顔が眩しくて、オーウェンは思わず目を逸らしそうになった。
けれど、逸らしてはいけない気がして、震える声で告げた。
「ありがとう、カリナ。......君のそういうところが、本当に好きだ」
言ってから、顔に血が上るのを感じた。
少し大胆すぎただろうか。
「えへへ、褒められちゃった」
カリナは嬉しそうにくるくると回る。どうやら、深い意味までは伝わっていないらしい。
それでもいい、とオーウェンは思った。この無邪気な笑顔が見られるなら。
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