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夜空色の青春  作者: 上永しめじ
第二章「絆と葛藤の深化」
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第22話「黒竜の眷属(3)」

 


 中庭には、冬の澄んだ陽射しが穏やかに降り注いでいた。



 儀式の重圧から解放された生徒たちの声が、あちこちで明るく響いている。


 キオたち五人も、中庭の隅にある大きな(けやき)の下、円を描くようにベンチに腰を下ろしていた。肌を刺す風は冷たいが、今のキオにはそれすら心地よく感じられた。


「本当に……夢みたいだね」


 ルイが、自身の肩の周りを飛び回る2体の花の妖精を目で追いながら、ほうっと幸せそうな溜息を漏らす。


 小さな妖精たちはキラキラと鱗粉を撒きながら、今度はスバルの周りへと恐る恐る近づいていった。



「あ、こら。スバルさんに失礼だよ」


 ルイが慌てて制止しようとするが、スバルは「構わん」と短く応じた。


 シュバルツは微動だにせず、鼻先で小さく踊る妖精たちを、その紫の瞳で静かに見つめている。


「小さき者たちだ。だが、その魂の色は悪くない」


 スバルが低い声で呟くと、今度はセドリックの膝の上で丸くなっていたフェネックの精霊が、興味深そうに鼻をひくつかせ、スバルの長い尾にそっと前足を乗せた。



「きゅう?」


「ふん……好きにするがいい」


 スバルはあえて尾を動かさず、小さなもふもふとした訪問者を受け入れている。その光景があまりに微笑ましくて、キオの胸の奥がじんわりと温かくなった。



「優しいのね、スバルは」


 カリナがいたずらっぽく笑いかけると、スバルはふいと顔を背けた。



「勘違いするな。キオが心を許している者たちだからこそ、寛容に見逃しているに過ぎん」


 あえて尊大な物言いをしているシュバルツにキオは吹き出しそうになった。それに、その尾の先が、じゃれつくフェネックをあやすようにゆっくりと揺れているのを、キオは見逃さなかった。

 

 ああ、幸せだ。


 シュバルツや友達がいる世界が、こんなにも優しくて、温かい色に満ちているなんて。



 そう心から思った、その時だった。



「ネビウス君」


 不意に背後からかけられた声に、中庭の空気が一瞬で凍りついたようだった。


 温かな陽だまりが、急速に冷え込んでいく錯覚。


 キオの肩が大きく跳ねる。


 その声の主を、間違えるはずがなかった。

 恐る恐る振り返ると、そこには――ベゼッセンが立っていた。



 いつもの、あの完璧で優しい微笑みを浮かべて。

 瞬間、キオの思考が白く染まり、心臓が嫌な音を立てて脈打ち始めた。


 呼吸が浅くなる。喉が引きつる。


 ベゼッセンが一歩、こちらへ足を踏み出した。



「素晴らしい召喚だったよ。まさか、伝説の黒竜の眷属と契約するとは」



 動けない。言葉が出ない。


 だが、その視線がキオに届くことはなかった。


 バサッ!!


 風を切る音と共に、漆黒の翼がキオの視界を覆い隠したのだ。



 スバルだ。


 彼が音もなくキオの前へと躍り出て、ベゼッセンとの間に立ちはだかっていた。


 広げられた翼は鉄壁の盾となり、その向こう側から、スバルの冷徹な声が響く。



「......どういった要件かな?」


 低く、地を這うような声。そこには純粋な敵意が含まれていた。



 ベゼッセンは一瞬だけ驚いたように目を見開いたが、すぐに表情を修正し、穏やかな仮面を被り直した。


「いえ、ただ体調を気遣おうと思いまして。大きな魔法を使った後ですから」


「心配には及ばない。キオには俺がいる」



 スバルの言葉には、一切の妥協がなかった。


「先生」


 スバルの横から、凛とした声が割り込んだ。


 オーウェンだった。


 彼はスバルの隣に並び立つと、ベゼッセンを真っ直ぐに見据えて言った。



「申し訳ありませんが、今は僕たちだけの時間にしていただけませんか。キオは召喚で疲れています。休ませてあげたいので」



 「そ、そうです! 僕たち、お互いを労っているところなので!」


 セドリックも立ち上がり、スバルの反対側に立つ。

 ルイもカリナも。

 全員が、キオを守るようにしてベゼッセンと対峙した。


 みんながいる。そして、スバルが守ってくれている。



 キオは震える手で拳を握り、深く息を吸い込んだ。

 大丈夫だ。僕は、もう一人じゃない。


「......ヴァーグナー先生」


 スバルの背中から顔を出し、キオは震える声で告げた。


「ご心配ありがとうございます。でも、僕は......大丈夫です」


その光景に、ベゼッセンは少しだけ驚いたように目を見開いた後、ふっと肩をすくめた。


「……なるほど。良い友人を持ったようですね」


 ベゼッセンは深々と頷いた。


「分かりました。邪魔をして悪かったね。ゆっくり休んでください」


 キオの目を見ながら優しく微笑む。


「私は、しばらく特別講師としてこの学園に通います。また......会いましょう」



 そう言うと、ベゼッセンは踵を返し、ゆっくりと立ち去っていった。



 その背中が見えなくなるまで、誰も動けなかった。





 姿が消えた瞬間、キオは糸が切れたようにスバルの背中に額を押し当てた。


「ありがとう、スバル......」


「気にするな。俺の役目だ」


 スバルの尾が、優しくキオの腰を包み込み、安心させるようにポンポンと叩く。


「キオ君、大丈夫?」


 ルイが心配そうに覗き込んでくる。


「うん......大丈夫。みんなもありがとう」


 キオは顔を上げ、友人たちに向かって精一杯の笑顔を見せた。


 まだ少し足は震えているけれど、心は折れていない。



「さあ、帰ろうか」


 オーウェンが優しく促す。


「うん」


 キオは、シュバルツや友人たち、精霊たちと共に、寮へと歩き出した。



 冬の柔らかな陽射しが、彼らの背中を温かく照らしている。


 長年待ち望んでいたシュバルツとの再会。そして、これからも続いていく大切な友人たちとの日々。


 確かな温もりが、キオの心を少しずつ満たしていった。


最後までお読みいただきありがとうございます。

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