第22話「黒竜の眷属(2)」
「すごい......」
誰かが漏らした呟きをきっかけに、広間は爆発的な歓声とどよめきに包まれた。
「竜人......! 初めて見たぞ!」
「黒竜の眷属だって......! 伝説級の存在じゃないか!」
壇上では、シュバルツ一族の特別講師たちが驚愕に目を見開き、顔を見合わせている。
「まさか......本当に......」
「伝説が......現実に......」
そして、壇上の中央に立つベゼッセンは――何も言わず、じっとキオとスバルを見つめていた。
その表情は穏やかだが、右手が口元をそっと覆っている。
周囲からは、驚きのあまり口元を隠しているように見えただろう。
しかし――手で隠されたその唇は、三日月のように深く、愉悦に歪んでいた。
抑えきれない歓喜。この光景の素晴らしさに感動し、醜く歪んだ頬を隠すための仕草だった。
だが、その歪んだ笑みに気づく者は、誰もいなかった。
キオは、スバルを連れて元の列へと戻っていく。
降り注ぐ視線が重い。尊敬、畏怖、羨望――様々な感情が入り混じっている。
「キオ君......!」
列に戻ると、ルイが瞳を輝かせて駆け寄ってきた。
「すごかったよ! 星空が......本物みたいだった!」
「ああ、本当に圧巻だったな」
オーウェンも興奮気味に頷く。その隣では、グリフォンのソラリスが翼を軽く広げ、スバルに対して恭しく頭を下げた。
「お見事でございます......スバル殿」
「ふん、当然だ」
スバルが尊大に鼻を鳴らす。だが、その長い尾はキオの腰にそっと巻きつき、確かな温もりを伝えてくれていた。
「わあ......スバルさん、かっこいい......」
セドリックが憧れの眼差しで見上げる。彼の肩に乗ったフェネックの精霊も「きゅう」と小さく鳴いて挨拶をした。
キオは、友人たちがスバルを怖がらず、自然に受け入れてくれたことに心の底から安堵した。
『みんな、怖がらないでくれてる......』
『俺が選んだお前の友人だ。肝が据わっていて当然だろう』
スバルはふんと顔を背けたが、巻きついた尻尾の力が少しだけ強まった気がした。
儀式は続いていく。
広間の興奮が冷めやらぬ中、次の名が呼ばれた。
「セレネ・ジルヴァ・マジェスタ」
白銀の髪を持つ少女が、優雅に立ち上がった。
彼女は凛とした表情で召喚陣の中央に立ち、魔力を解放する。白銀の清らかな光が広がった。
光の中から現れたのは、優美な精霊だった。
透き通るような白銀の髪、新緑のような優しい緑色の瞳。白と緑を基調としたドレスをまとい、その手には小さな杖。周囲には光の粒子が蛍のように舞い踊っている。
「私はテレシア。大地と癒しを司る天使です」
春の日差しのように穏やかな声が響く。
契約が結ばれ、温かな拍手が送られた。
「さすがはジルヴァ一族......」
「上級精霊を召喚するとは......とても美しいな」
そして、次に呼ばれたのは――。
「ルドルフ・ジルヴァ・ハイリヒ」
白銀の髪を持つ少年が立ち上がった。
キオは、その様子に少し首を傾げた。いつもの自信満々な態度はどこへやら、ルドルフの歩き方がどこかぎこちない。
まるで、高熱に浮かされているかのような足取りだ。
ルドルフが魔力を解放すると、白銀の光が神々しく立ち上った。
光の中から現れたのは――天使だった。
短く整えられた純白の髪、理知的な金色の瞳。そして背から広がる八枚の翼。純白の羽根が光を受けて輝いている。
「私はルシエル。光と浄化の天使」
天上の音楽のように美しい声が響く。
契約が結ばれ、ひときわ大きな拍手が巻き起こる。
「八枚の翼......!」
「上級天使型精霊......! とんでもない才能だ」
キオも、その荘厳な姿に目を奪われていた。
だが、ふと違和感を覚える。天使ルシエルが――ほんの一瞬だけ、こちらを見た気がしたのだ。
いや、気のせいだろうか。
キオが首を傾げていると、腰に巻かれたスバルの尾がきゅっと強く締め付けられた。
『どうしたの?』
『......いや、何でもない。気をつけろ、とだけ言っておこう』
その含みのある言葉に、キオは少し不安になったが、今は問い詰める時間もない。
すべての生徒の召喚が終わった。
ベゼッセンが壇上から締めくくりの言葉を述べる。
「皆さん、本当におめでとうございます。これから、精霊たちとの絆を大切に育んでいってください」
その声は、どこまでも穏やかで、慈愛に満ちていた。
だが、キオの肌は粟立っていた。壇上から、確かにこちらを捉えて離さない視線を感じる。
スバルの尾が、再びキオの腰を強く引き寄せた。まるで「大丈夫だ、俺がいる」と守るように。
儀式が終わり、生徒たちはそれぞれの精霊を連れて広間を後にしていく。
キオも友人たちと共に出口へ向かった。その時――目が合った。
セレネと。
彼女は、キオと視線がぶつかった瞬間、みるみるうちに顔を真っ赤に染め上げた。
「あっ......」
小さく声を上げると、彼女はもじもじと視線を彷徨わせ、次の瞬間には脱兎のごとく駆け出し、早足で会場をあとにする。
そして、続くルドルフもまた、キオと目が合った。
「......ッ」
ルドルフは喉の奥で小さく音を鳴らし、顔をカッと赤く染めた。
だが、すぐに自身の反応に狼狽したように口元を覆うと、逃げるようにその場を立ち去っていく。
儀式の前に会った時のような落ち着いた雰囲気はなくなり、余裕のない背中だった。
『二人とも、どうしたんだろう......』
セレネは相変わらず人見知りのようだが、ルドルフはどこか鬼気迫るものがあった気がするが......。
オーウェンが首を横に振りながら、キオの肩を叩いた。
「さあ、行こう。今日はこれで自由時間だ」
「う、うん」
キオ達は広間をあとにした。
最後までお読みいただきありがとうございます。
面白い、続きが気になると思っていただけましたら、
下の☆マークから評価や、ブックマーク(お気に入り登録)をしていただけると、執筆の励みになります!
(お気軽にコメントもいただけたら嬉しいです)
よろしくお願いします。




