第21話「精霊たちの顕現(3)」
さらに何人かの召喚が続き、ルイの番がやって来た。
「ルイ・リンネル」
「行ってくるね」
ルイが小さく息を吸い込み、自身を奮い立たせるように拳を握る。
「頑張って、ルイ」
キオが声をかけると、ルイは少し強張った笑顔で頷いた。
陣の中央に立つ彼女の小さな背中が、緊張で震えているのが分かる。
ルイが祈るように両手を差し出すと、灰色の光が優しく広がった。他の生徒たちのような激しい光ではなく、穏やかで温かい光だ。
光の中から飛び出したのは、二つの小さな輝き。
それは次第に形を成し、二体の可愛らしい精霊となった。
一体は赤い炎をまとったフェアリー。もう一体は青い水をまとったフェアリーだ。どちらも手のひらサイズで、愛らしい羽を持っている。
――だが、事態は予想外の方向へ動いた。
赤いフェアリーが、青いフェアリーに向かって何かを抗議するように飛び回る。青いフェアリーも負けじと激しく動き回る。
二体はルイの周りをぐるぐるとチェイスしながら、互いに一歩も譲らない様子だ。
「え、えっと......」
ルイが困惑して視線を泳がせる。
「喧嘩してる......?」
セドリックが目を丸くした。広間全体がざわめきに包まれる。精霊同士が召喚直後に喧嘩をするなど、前代未聞だ。
その時、ベゼッセンの穏やかな助言が届いた。
「落ち着いて、リンネルさん。これは稀なケースですが、両方の精霊があなたを強く求めているのです。取り合っているのですよ。あなたの心に従いなさい」
ベゼッセンの言葉に、ルイははっとしたように顔を上げた。
彼女は深く息を吐き、静かに口を開く。
「二人とも、お願い」
優しく、けれど芯の通った声だった。
「喧嘩しないで。私、二人とも大切にしたいの」
その言葉に、二体の精霊がピタリと動きを止めた。
「二人とも、私のパートナーになってくれる?」
ルイが微笑みかけると、火と水のフェアリーは顔を見合わせる。
そして――少し照れくさそうに、こくりと頷いた。
二体が仲良くルイの両肩にちょこんと座る。契約成立だ。
ほっこりとした空気に包まれ、温かな拍手が響いた。
列に戻ってきたルイの顔は、喜びで輝いていた。
「おかえり」
「ありがとう。この子たち、最初は喧嘩してたけど......今は仲良くなってくれたみたい」
ルイが紹介すると、二体のフェアリーがくるくると宙を舞った。言葉こそないが、そのダンスからは喜びが溢れている。
「可愛いね」
「火と水、両方の精霊か。料理が得意なルイにぴったりだ」
「そうだな。素晴らしい組み合わせだ」
キオとオーウェンが称賛すると、ルイは照れくさそうに笑った。その笑顔を見て、キオもまた温かい気持ちになる。
そして――。
「セドリック・モイヤー」
「頑張って!」
「う、うん......」
ルイに背中を押され、セドリックが緊張した面持ちで歩き出す。足取りは少し重いが、その瞳には決意が宿っている。
陣の中央に立つ彼は少し頼りなげだったが、その表情は真剣そのものだった。
彼が両手を差し出すと、茶色い光の中から小さな動物の精霊が現れた。
大きな耳を持つ、フェネックのような愛らしい姿。ふわふわとした黄色い毛並みには、雷の魔力が微かに宿っている。つぶらな瞳が、セドリックを見つめている。
「可愛い......」
ルイが思わず声を漏らす。
セドリックが恐る恐る手を伸ばすと、精霊はすり寄るように応えた。その小さな頭を手のひらに擦り付ける仕草に、会場中が和やかな空気に包まれる。契約完了だ。
戻ってきたセドリックの顔からは、完全に緊張が消えていた。
「この子、雷の精霊なんだ。まだ名前は決めてないけど......」
彼が紹介すると、精霊は「キュウ」と嬉しそうに鳴いた。
「セドリックに似て、優しそうな子だね」
オーウェンが微笑むと、セドリックは少し誇らしげに鼻をこすった。
儀式は進み、名簿が消化されていく。
残る生徒の数が減るにつれ、キオは自分の番が刻一刻と迫ってくるのを感じていた。
胸の奥で、シュバルツの気配が熱を帯びていく。まるで、これから起こることを待ちきれないかのように。
『もうすぐだな』
『うん......』
キオは深く深呼吸をした。ついに、自分の番が来る。
広間の空気が、少しずつ張り詰めていくのを感じた。次の召喚が終われば、自分だ。
キオの心臓が、早鐘を打ち始める。ドクン、ドクン、と音が体内に響く。手汗が滲むのを、拳を握りしめて誤魔化した。
「大丈夫?」
ルイが心配そうに覗き込んでくる。
「うん。大丈夫」
キオは精一杯の笑顔を作った。嘘ではない。友人たちの温もりがすぐ傍にあり、それが何よりも心強かったから。
そして――。
前の生徒の召喚が終わり、拍手が止む。
一瞬の静寂。
広間のざわめきが遠のき、自分の呼吸音だけが大きく聞こえる。
キオは、肺の中の空気をすべて入れ替えるように深く息を吸い込んだ。
「次――」
ベゼッセンの声が響く。
「キオ・シュバルツ・ネビウス」
自分の名前が呼ばれた。
世界が一瞬、スローモーションになった気がした。
キオは一歩、前に踏み出す。
「行ってくる」
「頑張って!」
背中にかかる友人たちの声援を力に変えて、キオは召喚陣へと歩き出した。
一歩、また一歩。床を踏みしめる感触。
友人たちの温もりを背中に背負い、シュバルツの気配を胸に抱いて。
キオは運命の場所へと、静かに歩を進める。
広間中の視線が突き刺さる。期待、好奇心、あるいは値踏みするような視線。
その視線の雨の中を、キオは迷わずに進んでいく。
ふと、壇上に立つ人物と目が合った。
ベゼッセンだ。
彼は――微笑んでいた。
その瞳に宿っているのは、あくまで穏やかで、包み込むような......深い慈愛の色だった。
『頑張りなさい』
声に出さずとも、そう語りかけてくるような優しい眼差し。
それが、キオの背筋を氷のように冷たくさせた。
胃の奥が縮み上がるような恐怖。逃げ出したい衝動。
だが、キオは拳を強く握りしめ、その視線から逃げるように前を向いた。
僕はもう、一人じゃない。
ついに、シュバルツと会える。
長く待ち望んだその瞬間が、今まさに訪れようとしていた。
最後までお読みいただきありがとうございます。
面白い、続きが気になると思っていただけましたら、
下の☆マークから評価や、ブックマーク(お気に入り登録)をしていただけると、執筆の励みになります!
(お気軽にコメントもいただけたら嬉しいです)
よろしくお願いします。




