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夜空色の青春  作者: 上永しめじ
第二章「絆と葛藤の深化」
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第21話「精霊たちの顕現」


 最初の生徒の召喚が成功し、広間には割れんばかりの拍手が響き渡った。高い天井に反響するその音は、これから始まる儀式の成功を予祝しているかのようだ。



 風の精霊を連れた生徒が、紅潮した顔で召喚陣から戻ってくる。その誇らしげな笑顔を見て、張り詰めていた周囲の空気がふっと緩むのを肌で感じた。


「やった......成功したんだ」


 すぐ隣で、セドリックが安堵の息を漏らす。肩の力が抜け、強張っていた表情が和らいでいる。


「うん。みんな、ちゃんと精霊が応えてくれている」


 ルイも目を細めて優しく微笑んだ。



 キオはまだ少し震える指先を握りしめながら、周囲を見回した。


 広間には全校生徒が円を描くように整列し、自分たちの番を待っている。ステンドグラスから差し込む七色の光が、空気中に舞う塵をキラキラと照らしていた。少し離れた見学席にはカリナの姿も見え、彼女は身を乗り出して儀式の様子を見守っている。



 その時、ふと足元の感覚が軽いことに気づいた。極度の緊張と立ちっぱなしの時間で疲弊していてもおかしくないはずなのに、足の裏や腰に重さを感じない。


 それどころか、足元からポカポカとした温かいものが伝わってくる。


『シュバルツ、これって......』


『疲労軽減の魔法だ。広間全体に展開されている』


 問いかけると、シュバルツの声が脳内で静かに響いた。先ほどパニックになったキオを気遣うように、その声色は穏やかだ。


『さすがだな。長時間の儀式でも、生徒たちの集中力が切れないよう配慮されている』


『すごいな......。こんな大規模な術式、初めて見たよ』


 前世で魔法研究者をしていた頃、疲労軽減の魔法自体は知っていたし、理論も理解している。だが、それはあくまで個人を対象とした限定的なものであり、これほど広範囲に、しかも大勢に対して同時に展開するような技術は、前の世界には存在しなかった。



 足裏からじんわりと伝わってくるこの優しい温かさは、まるで――そう、前々世の現代日本で過ごした冬、冷えた体を芯から温めてくれた『床暖房』のようだ。



 魔法技術の圧倒的な高さと、生徒たちへの細やかな配慮。それを統括しているのがあのベゼッセンなのだと思うと、キオの胸に複雑な感情が去来する。




「――続いて、二番目の生徒、前へ」


 ベゼッセンの厳かな、しかしよく通る声が響く。


 指名された生徒が、緊張した面持ちで列から離れ、召喚陣へと進み出る。キオはその背中を静かに見つめた。すぐ周りには、セドリックやルイ、オーウェンといった友人たちの温かな気配がある。先ほど発作のようになりかけた呼吸は、彼らのおかげですっかり落ち着いていた。


 二番目の生徒が魔法陣の中央で立ち止まり、大きく深呼吸をした。震える両手を前に掲げる。



 瞬間、赤い魔力の光が陽炎のように足元から立ち上った。


 光の渦の中から現れたのは、小さな火の玉。それは揺らめきながら形を変え、やがて狐の姿をした炎の精霊となった。赤い毛並みは本物の炎のように美しく、ゆらゆらと宙を舞いながら生徒の周りを回る。


「わあ......」


 生徒たちの間から、ため息のような感嘆が漏れる。



 生徒と精霊が見つめ合い、魂を通わせる。契約成立だ。

 再び、祝福の拍手が波のように湧き上がった。生徒は精霊を連れ、安堵した表情で元の列へと戻っていく。



 儀式は順調に進んでいく。


 三番目の生徒の前に現れたのは、水の精霊だった。透き通った青い体を持つ人型の精霊で、水流のような長い髪が幻想的に波打っている。光を反射して煌めくその姿は、芸術品のようでもあった。


「綺麗......」



 ルイがぽつりと呟いた。その瞳には、美しい精霊の姿が映り込んでいる。


「本当だね。色んな姿の精霊がいるんだ」


 キオも頷き、その多様な美しさに目を奪われる。


 四番目は岩のような体躯を持つ、力強い大地の精霊。足を踏み鳴らすたびに、重厚な音が響くようだ。

 五番目はふわふわと浮遊する、柔らかな光の精霊。

 六番目は小さな花の妖精のような、愛らしい植物の精霊。甘い香りが微かに漂ってくる。



「みんな違うんだね」


 セドリックが身を乗り出して見つめる。


「それぞれの生徒の資質や魔力の性質に合った精霊が来てくれているんだろうな」


 オーウェンが腕を組み、穏やかな口調で分析した。

 一人、また一人。キオはその光景を真剣な眼差しで追い続けた。


 緊張した面持ちで陣に立ち、魔力を解放し、精霊を呼び出す。そして、生涯の友となる契約を結ぶ。


 その一連の流れは神聖で、どうしようもなく美しかった。




 だが――そう簡単にいかない場面も訪れる。


 十五番目の生徒が召喚陣に立った時だった。

 召喚されたのは、背中に鋭い棘を持つ、ハリネズミのような土の精霊だった。


 しかし、その精霊は生徒の方を見ようとせず、体を丸めて警戒心を露わにしている。


「な、なんで......契約してくれよ!」


 焦った生徒が、苛立ちを隠せずに声を荒らげた。周囲の視線が痛いほど刺さる中で、思うようにいかない状況にパニックになっているのだ。


「早く! みんな待ってるんだ!」


 彼は無理やり魔力を送り込み、精霊を従わせようと手を伸ばす。


 だが、精霊は「シャアッ!」と鋭い鳴き声を上げ、さらに後ずさりしてしまった。拒絶の色が明確に浮かんでいる。

 広間に不穏な空気が流れた。失敗か――そう思った時だ。




「待ちなさい」


 静止の声がかかった。ベゼッセンだ。

 彼は静かに、しかし威厳を持って生徒のそばへと歩み寄った。


「焦ってはいけません。精霊は、あなたの心の鏡です」


「で、でも......!」


「あなたが苛立てば、精霊も警戒します。あなたが支配しようとすれば、精霊は反発します」



 ベゼッセンは諭すように、生徒の肩にそっと手を置いた。その手つきは優しく、慈愛に満ちた教師そのものだった。


「深呼吸をして。まずはあなたが心を開きなさい。支配ではなく、友として迎え入れるのです」



 生徒はハッとした表情を浮かべた。


 ベゼッセンの言葉には、不思議と従いたくなる説得力と安心感があった。彼は大きく深呼吸を繰り返し、強張っていた肩の力を抜く。そして、申し訳なさそうに精霊を見つめた。


「ごめん......怖がらせて」


 彼が膝をつき、優しく手を差し出す。


 すると、丸まっていた精霊がゆっくりと顔を上げた。つぶらな瞳が少年を見つめ返す。


 精霊はおずおずと近づき、少年の指先に鼻先をつけた。


 契約成立。


 安堵の拍手が、先ほどよりも温かく響いた。



「よかった......」


 それを見ていたルイが、ほっと息を吐く。


「精霊との契約は、やっぱり心を通わせることが大事なんだね」


 キオが言うと、オーウェンも深く頷いた。


「ああ。そして、ヴァーグナー先生の指導も的確だった。......彼が第一人者と呼ばれる所以か」


 キオは複雑な思いで、壇上に戻るベゼッセンを見つめた。

 今の彼が見せた優しさは、演技ではないだろう。彼は本来、ああやって人を導くことができる人だ。


 なのになぜ。


 七年前、あの人はあんなことをしたのだろうか。

 目の前の完璧な姿を見ていると、七年前の記憶が、すべて悪い夢だったのではないかとさえ思えてくる。



 だが――止まらない指先の微かな震えが、あれは紛れもない現実だったのだと、残酷に証明していた。


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