第20話「精霊召喚儀式の始まり(2)」
息を呑む召喚大広間の光景
重厚な扉をくぐり、キオたちが足を踏み入れたのは、息を呑むような荘厳な空間だった。
円形の広間は、見上げるほど天井が高く、壁面全体には精緻で歴史を感じさせるレリーフや彫刻がびっしりと施されている。
正面の巨大な窓に使われたステンドグラスからは、夜明け後の朝日が強く差し込み、七色の光の帯となって、広間の磨き上げられた石床を虹色に照らしていた。
そして何より目を引くのは、広間の中央、その光の焦点に描かれた巨大な七色の召喚陣だった。
「すごい......」
その神聖な光景に、生徒たちの間から、自然と感嘆のため息が漏れ聞こえる。皆、その規模と美しさに圧倒されていた。
「こんなに大きな召喚陣、見たことない」
セドリックが、興奮を抑えきれない様子で、静かに呟いた。
「故郷のとは全然違う! もっときらきらしてるし、力が満ちている感じがする!」
カリナは、瞳をいっぱいに輝かせながら、その場を楽しみ尽くしている。
キオは、光り輝く召喚陣をただただ見つめながら、胸の奥で激しく打ち鳴らされる鼓動を強く感じていた。
『ここで......。シュバルツが、皆の前で姿を現すんだ』
『ああ。楽しみにしていろ。お前の不安を吹き飛ばす、最高の姿を見せてやる』
シュバルツの声は、いつも以上に自信に満ちていた。
生徒たちは、広間に入るとすぐに、壇上に立つ教師からの指示に従い、召喚陣を囲むようにして円形に並んでいく。キオたちも、友人同士、体を寄せ合うようにして適切な位置へと移動した。
中央の壇上には、すでに数名の教師が立ち、静かに生徒たちを見守っている。
―――
やがて、シュトゥルム先生が一歩前に出て、集まった一年生たちを、静かに見回した。
「皆さん、おはようございます。本日はいよいよ、学院生活における最も重要な儀式の一つ、精霊召喚儀式です」
厳かで、それでいてよく通る声が、高い天井を持つ広間に深く響き渡る。
「今日、皆さんの儀式を滞りなく、そして安全に進めるため、特別に指導してくださるのは、精霊界との繋がりが深いシュバルツ一族の専門家の方々です」
その言葉を聞いた瞬間、キオの体は、次の瞬間起こる出来事を予期し、まるで石のように緊張で強張った。
『来る......。もうすぐ、来るんだ』
「まず、副指導者の、アーデルハイト・シュバルツ・フリードリヒ先生です」
壇上に現れたのは、30代ほどの優雅な女性だった。紫に近い黒髪を丁寧にまとめ上げ、生徒たちに向かって、穏やかな微笑みを浮かべている。その立ち姿は、静謐な美しさを放っていた。
「次に、技術指導のカスパー・シュバルツ・ヴォルフガング先生です」
続いて現れたのは、40代ほどの厳格そうな男性だ。同じく紫がかった黒髪だが、こちらは短く刈り揃えられ、鋭い眼光が、まるで生徒一人ひとりの心を見透かすかのように印象的だった。
シュトゥルム先生は、ここで一度、重々しい沈黙の間を取った。広間全体の緊張感が、一段と高まる。
「そして、この儀式の主任指導者であり、精霊召喚における第一人者。学院が誇る優秀な卒業生でもあります。......ベゼッセン・シュバルツ・ヴァーグナー先生です」
キオの世界が、突然、音を失い、停止した。
ゆっくりと壇上に姿を現したその人物。
7年ぶりの、あの人。
引き締まった体躯、30代後半と思しき年齢、以前と変わらぬ黒髪。そして、一目で目を奪われるほど整った顔立ちは、キオの記憶の中にある姿よりも、さらに大人びて、威厳を増していた。
ベゼッセンの目が、壇上から広間を見回す。その視線は、無数の生徒たち一人ひとりの顔の上を滑っていく。
そして――その視線が、キオの位置でピタリと止まった。
ベゼッセンの瞳が、大きく見開かれる。それは一瞬のことで、すぐに元の表情に戻ったが、キオはその衝撃を全身で受け止めた。
キオは、反射的に視線を床へと下ろす。その場に立っているのが限界だった。
『だめだ......見ちゃだめだ』
体が、意志とは関係なく小刻みに震え始める。呼吸は乱れ、酸素を求めて浅くなる。
『キオ!意識を集中しろ。落ち着け。俺がいる。どこにも行かない』
シュバルツの、力強くも優しい声が、キオの内に響き渡る。
『大丈夫だ。深呼吸。俺の声だけを聞け』
「キオ君?」
隣にいたルイが、すぐにキオの異変に気づいた。声が揺れている。
「顔色が、急に......」
オーウェンが、迷わずそっとキオの冷たくなった手を握った。力強く、安心感を与える握り方だ。
ルイは反対側から、キオのブレザーの裾を、そっと、しかししっかりと掴んだ。
カリナとセドリックも、状況を理解し、何も言わずに自然とキオの傍に、体を寄せた。
「大丈夫だよ......。私たち、ずっとここにいるからね」
カリナが、まるで呪文のように、静かながら確かな声で言った。
友人たちの手の温もり、服の裾を掴む指の感触、すぐ傍にいるという確かな気配。その一つ一つが、キオを非現実的なパニックから、今いるこの温かい現実へと引き戻した。
『そうだ......僕は、一人じゃないんだ』
キオは、大きく、ゆっくりと息を吸い込み、そして、静かに吐き出した。
友人たちの途切れない温かさに包まれながら、キオは、自分を取り戻し、少しずつ落ち着きを取り戻していくのを感じた。
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