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夜空色の青春  作者: 上永しめじ
第二章「絆と葛藤の深化」
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第20話「精霊召喚儀式の始まり」

 


 ほとんど眠れなかった。


 窓の外に目をやると、まだ深い藍色の空に星々が瞬いている、真夜中と早朝の境のような時間だった。空の東側だけが、ごくわずかに薄い白さを帯び始めているが、完全に夜が明けるにはまだ時間がある。


『今日だ......』


 心臓がドクドクと激しく鼓動する。その振動は、緊張と、抑えきれない期待と、そして漠然とした恐怖がごちゃ混ぜになった複雑な感情が、まるで胸を強い手で鷲掴みにしているかのようだった。


『キオ』


 そのとき、内側からシュバルツの声が響いた。いつもより少しだけ低く、落ち着いた、それでいて芯のある声だ。


『今日、だ。俺にまかせろ、......召喚もベゼッセンも、すべてをな』

 

『本音を言うと怖い......。でも、頑張るよ』


 キオが震えそうになる声をなんとか押し込めると、シュバルツは静かに応えた。



『そうだ。お前は一人じゃない。そのことを忘れるな』


 その力強い言葉に、キオは張り詰めていた気持ちがほんの少しだけ緩み、落ち着きを取り戻すことができた。


 簡単な準備を整え、部屋を出る。シュバルツの気配は、いつも通り、すぐ傍で脈打つように存在している。その確かな存在感だけで、キオにとっては大きな安心感と心強さになった。





 ―――



 食堂へと向かう廊下は、いつもよりずっと静かだった。人気がなく、足音が妙に響く。今日の精霊召喚儀式のために、皆が遅くまで準備や心の整理をしていたのだろう。


 食堂に着くと、奥の席に、すでにルイたちが座っていた。


「おはよう、キオ君」


 ルイがいつものように穏やかな笑顔で手を振ってくれる。しかし、その瞳の奥には、キオを気遣うような、微かな心配の色が滲んでいるのが見て取れた。


「おはよう」


 キオが席につくと、オーウェンがまっすぐな眼差しで、力強く言い切った。



「今日だな。僕たちがそばにいる。何も心配することはない」


「でも、わくわくする!どんな精霊さんたちが来てくれるんだろうね!」


 カリナは、そんな緊張感を吹き飛ばすように、いつもの明るい声で場を和ませた。


「緊張するけど......。うん、みんなで頑張ろう」


 セドリックが、控えめながらも決意を込めた静かな声で言った。


 キオは、自分を見つめる友人たちの顔を一人ひとり見回し、小さく、しかし力強く頷いた。


「うん......大丈夫。ありがとう」


 五人で、普段よりも静かながら、簡単な朝食を済ませた。それから、いよいよ儀式が行われる召喚大広間へと向かう。




 廊下には、同じく儀式へと向かう一年生たちの姿が増えていた。彼らもまた、皆、胸に期待と不安を抱え、緊張した面持ちで粛々と歩いている。キオたちの周りだけが、友人同士の会話で少しだけ和やかな空気が流れていた。



 

 重厚な扉をくぐり、いよいよ広間へと足を踏み入れようとした、その時だった。


「おはようございます。キオ様」


 背後からかけられた声に、キオは思わずびくりと体を震わせ、反射的に振り返った。


 そこにいたのは、ルドルフとセレネだった。


 ルドルフは、穏やかな微笑みを浮かべている。しかし、キオの体は、彼の姿を見た途端、無意識のうちに反射的に強ばった。



『この人は......』


 以前、ルイやカリナ、セドリックに向けられた、友人たちを値踏みするかのような冷たい視線と、傲慢な態度が、キオの記憶に鮮明に残っている。


「......おはようございます」


 キオは、内心の緊張を悟られないよう、体は強ばらせつつも、かろうじて挨拶を返した。


「おはよう。ルドルフ君、セレネ嬢」


 オーウェンが、キオとは対照的に、いつもの威厳ある態度で挨拶を交わす。


 ルドルフとセレネは、丁寧に頭を下げた。


「おはようございます。オーウェン様」


「おはようございます。ご機嫌麗しゅう」



 ルドルフは顔を上げると、まずキオに、そしてオーウェンに、優しげな表情を向けた。



「今日は精霊召喚儀式ですね。キオ様も......そしてオーウェン様も、さぞかし緊張されていることかと拝察いたします」


 ルドルフが、心から気遣うような優しい声で言う。


 キオは、努めて平静を装い、短い言葉で答える。



「......そうですね」


「まぁ、初めてのことだからな。当然だろう」


 オーウェンもまた、変わらぬ威厳をもって返事をした。



 「しかしながら、貴方様方であれば、きっとご安心いただけるかと存じます。必ずや、素晴らしい精霊様が、キオ様のもとへ......そして、オーウェン様のもとへ、おいでくださることと拝察いたします。その瞬間を、我々ジルヴァ一族も心より楽しみにしております」



 その言葉自体は、温かく、期待に満ちている。だが、キオはどうしても、ルドルフという人間の根底にある傲慢さを感じ取ってしまい、警戒心を解くことができない。



 そして、「素晴らしい精霊」への期待を込めたその言葉が、無言の重圧となってキオにのしかかった。



『シュバルツ......』


『落ち着け、キオ。深呼吸だ』



 シュバルツの静かな声に導かれ、キオは小さく、長く息を吸い込んだ。


「ありがとうございます」


 キオが短く答えると、ルドルフは満足したように微笑んだ。


「お互いに、よき儀式となりますよう、心よりお祈り申し上げます」


「ええ」


「そうだな」


 キオとオーウェンは短く挨拶を交わした。そのとき、キオがふと横に立つセレネを見ると、一瞬だけ、パチリと視線が合った。セレネは、すぐに顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに俯いてしまう。


「それでは、また広間の中で」


 ルドルフとセレネは、キオたちに背を向け、先に広間の重厚な扉を開けて入っていった。





 彼らの姿が見えなくなると、オーウェンがキオに顔を近づけ、小声で問いかけた。


「キオ、大丈夫か? 少し顔が強ばっていたぞ」


「......うん。大丈夫」


 キオは、胸の奥にまだ残る緊張を押し込めるように頷いた。


「行こう」


 ルイが優しく声をかけ、キオの手を軽く引いた。その温もりが、キオの緊張を再び少し和らげる。


 五人は顔を見合わせ、そして意を決したように、きしむような音を立てる重厚な扉をくぐり、いよいよ精霊召喚大広間へと足を踏み入れた。


最後までお読みいただきありがとうございます。

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