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夜空色の青春  作者: 上永しめじ
第二章「絆と葛藤の深化」
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第19話「儀式前の交流と出会い(2)」




 放課後、キオは寮の自室へと戻ってきた。


 なんとなく部屋の空気が、いつもと違う気がする。シュバルツの気配が、強く感じられた気がした。



『シュバルツ』


 キオは心の中でそっと呼びかけた。


『ああ、キオ』


 返ってきたのは、温かく、落ち着いた声。

 けれどその響きには、明日という日を待ちわびていた長年の想いが滲んでいるようだった。


『明日、ようやくお前の前に姿を現せる』


『......うん。ずっと待ってた』


 そう答えるキオの心の端に、ふいに冷たい影が差す。


『でも......ベゼッセンが』


『大丈夫だ』


 不安に揺れるキオの言葉を遮るように、シュバルツが力強く告げる。


『俺が守る。それに、お前には友人もいるだろう?』


『うん......そうだね。僕は、一人じゃない』


 キオは深く頷いた。友人たちの顔を思い浮かべると、胸のつかえが少し取れた気がした。



『明日、俺はお前のために全力で顕現する。あのベゼッセンが何も言えないくらい、圧倒的な力を見せつけてやるさ』


 シュバルツの自信満々な口調に、キオは思わず吹き出しそうになった。


『全力でって......どんな風に?』


『それは見てのお楽しみだ。きっとキオも腰を抜かすぞ。とびきり格好良く、威厳たっぷりに登場するからな』


『ふふ、それは楽しみだね。ありがとう、シュバルツ』



 頼もしい相棒の言葉に、キオの胸の奥がじんわりと温かくなった。





―――


 少しだけ暗くなってきた夕方。

 明日への緊張をほぐすため、キオは少しだけ寮の外を歩くことにした。


 夕闇が迫る回廊を抜け、中庭へと続く通路を歩いていると、足元に白いものが落ちているのに気がついた。



 ハンカチだ。


 拾い上げてみると、白銀の糸で繊細な刺繍が施されている。手触りも滑らかで、一目で上質なものだとわかった。



「これ、誰のだろう?」


 ふと視線を上げると、少し離れた植え込みのそばに人影があった。


 長い白銀の髪を揺らした女生徒が、何やら慌てた様子で地面を探し回っている。


『あの子は、確か......』


 記憶の糸を手繰り寄せる。


 入学式の時、隣の席に座っていた少女だ。


『そういえば......みんなから「聖女」と呼ばれていたような』


 少し躊躇したが、困っているのを見過ごすわけにはいかない。キオは意を決して声をかけた。


「あの......これ、落とし物ではありませんか?」


 女生徒がびくりと肩を震わせ、勢いよく振り向いた。


 キオの姿を認めた瞬間、彼女の白磁のような肌が、見る見るうちに林檎のように真っ赤に染まる。



「あ......あ......!」


 彼女は声にならない声を上げ、その場で固まってしまった。

 翡翠色の瞳は大きく見開かれ、綺麗な白銀の髪が微かに揺れている。


「......大丈夫ですか?」


 キオが心配になって尋ねると、彼女はハッとして我に返り、壊れた人形のように何度も頭を下げた。


「あ、ありがとう、ございます......!」


 差し出されたハンカチを受け取る指先が、小刻みに震えている。


 受け取った後も、彼女はハンカチを胸に抱いたまま、立ち尽くしていた。視線は地面に縫い付けられ、キオの方を見ようとしない。


 気まずい沈黙が流れる。


 どうやら、ひどく緊張しているらしい。



『すごい人見知り......なのかな』


 怯えさせてしまったのかもしれない。キオは努めて優しく微笑み、柔らかい声で話しかけた。



「えっと......。僕と同じ一年生ですよね?」


「はっ、はい!」


 ぶんぶんと首を縦に振る彼女。小動物のようなその仕草に、キオは少しだけ親近感を覚えた。


「明日は精霊召喚ですね。お互い、頑張りましょう」


 その言葉に、彼女はさらに顔を赤くし、湯気が出そうなほどに狼狽えた。


「は、はい......! あ、あなたも......!」


 ようやく絞り出した声は、裏返りそうだった。


 彼女はもう一度深々と礼をすると、そのまま逃げるように走り去っていった。



 パタパタと遠ざかる背中を見送りながら、キオはぽつりと呟いた。



『......すごく緊張してたな。やっぱり、人見知りなのかな』


『自分でも言っていただろう? 昔は言葉に詰まったり視線を合わせられなかったり、重度の人見知りだったと』


 シュバルツの声が、少し笑いを含んで響いた。


『う......そうだったかも』


 キオは苦笑いを浮かべた。


 確かに、前前世の記憶にある自分はそうだったと、シュバルツに話したことがある。


 人と話すのが怖くて、いつもうつむいていた過去の自分。だからこそ、今の彼女の姿にかつての自分を重ねてしまったのかもしれない。



『あの子も、きっと大丈夫だよ。明日はいい日になるといいな』


『そうだな』


 キオは彼女の抱える「事情」など知る由もなく、どこか温かい気持ちを抱きながら寮へと足を向けた。





―――



 夜が更け、静寂が寮を包み込む。

 ベッドに横たわったキオは、窓の向こうに広がる星空を見上げていた。


 冬の澄み切った大気の中、星々は凍てつくように鋭く、けれど美しく瞬いている。


『明日......ようやくシュバルツに会える』


 期待が胸を満たし、鼓動が早くなる。


 けれどそのすぐ裏側には、ベゼッセンと対峙することへの恐怖が張り付いていた。


『でも、大丈夫。みんながいる』



 キオは静かに目を閉じた。


 瞼の裏に、大切な人たちの顔が浮かんでくる。


 ルイの慈愛に満ちた笑顔。

 オーウェンの揺るぎない力強い言葉。

 カリナの太陽のような明るい笑い声。

 セドリックの寄り添うような温かい眼差し。



 そして――心の中にいつもいてくれる、最高の相棒、シュバルツ。



『明日、私は新しい一歩を踏み出す』


 キオは深く、ゆっくりと息を吐き出した。


『頑張ろう』


 窓の外では、無数の星たちが静かに輝き続け、若者たちの夜を見守っている。


 運命の日が、もうすぐそこまで来ていた。

 キオは祈るように、深い眠りへと落ちていった。


最後までお読みいただきありがとうございます。

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