第19話「儀式前の交流と出会い」
精霊召喚の儀式を翌日に控えた朝。
キオは窓辺に立ち、静まり返った外の景色を眺めていた。
窓ガラス越しに、冬特有の張り詰めた冷気が伝わってくる。中庭の木々はすっかり葉を落とし、寒々しい姿を晒していたが、枝には薄っすらと白い霜が降りていた。それが朝日の角度に合わせて、宝石のようにキラキラと輝いている。
『明日だな』
ふいに、シュバルツの声が心に響いた。
『うん......』
キオは小さく頷く。
胸の内で、期待と不安がマーブル模様のように混ざり合っていた。
ずっと心の中だけで会話をしていたシュバルツと、ようやく直接会える。その喜びは確かに、ここにある。
けれど同時に、ベゼッセンとの再会という現実が、重い澱のように心の底に沈んでいた。
『大丈夫だ、キオ。俺がいる』
『......うん』
相棒の心強い言葉に、キオは深く息を吸い込んだ。
肺を満たす冷たい空気が、少しだけ迷いを晴らしてくれる気がした。
今日という日を、大切に過ごそう。
友達がいる。シュバルツがいる。僕は、一人じゃない。
キオは迷いを断ち切るように、制服に袖を通した。
―――
教室に入ると、そこはすでに熱気に包まれていた。
クラスメイトたちは皆、明日の儀式の話題で持ちきりだ。
「明日だよ、明日!」
「うわぁ、緊張してきたなあ」
「私、どんな精霊が来るんだろ」
期待と興奮を含んだ声が、教室のあちこちからさざ波のように聞こえてくる。
「キオ! おっはよー!」
元気よく手を振ってきたのはカリナだ。太陽のような明るい笑顔に、キオの口元も自然と緩む。
「おはよう、カリナ」
「ついに明日だね! もう、すっごくわくわくする!」
カリナが両手を広げて全身で喜びを表現すると、ルイが優しく微笑んだ。
「ふふ、カリナは元気だね。私は緊張しちゃうけど......でも、楽しみ」
「僕も緊張するなぁ......」
セドリックが肩をすくめて不安そうに言うと、オーウェンが落ち着いた声色で諭すように言った。
「大丈夫だ。先生も言っていたように、自分らしくいればいいんだよ」
「そうよ! きっとみんな、素敵な精霊さんと出会えるわ!」
カリナが力強く請け合うと、その場がぱっと明るくなる。
「キオ君は......楽しみ?」
ルイがそっと覗き込むように尋ねてきた。その穏やかな眼差しに、キオは小さく、けれどしっかりと頷いた。
「うん......とても」
シュバルツに会える喜びと、ベゼッセンへの不安。
相反する感情が、キオの胸の中で静かに渦巻いていた。
その時、予鈴が鳴り響いた。
生徒たちは慌てて話をやめ、それぞれの席へと戻っていく。
シュトゥルム先生が教室に入ってくると、ざわついていた空気が水を打ったように静まり返った。
「おはようございます、皆さん」
先生の穏やかで低い声が響く。
「今日は、明日の精霊召喚儀式に向けた最終確認を行います」
その一言で、教室全体の空気がさらに一段、引き締まる。
シュトゥルム先生は教壇に立ち、ゆっくりと生徒一人一人の顔を見回した。
「明日、皆さんは生涯の伴侶となる精霊と出会います。大切なのは、自分の心に正直であること」
先生の言葉は、一つ一つ丁寧に紡がれていく。
「精霊は、皆さんの魂を見ます。取り繕う必要はありません。ありのままの自分でいてください」
キオはその言葉を、心に刻み込むように聞いていた。
「魔力の流れ方について、おさらいをしておきましょう」
シュトゥルム先生が黒板にチョークを走らせ、召喚陣の図を描き始める。
「召喚陣の中心に立ったら、まず深呼吸。そして、自分の内側にある魔力を感じ取ってください」
生徒たちの背筋が伸びる。誰もが真剣な眼差しで耳を傾けていた。
「焦る必要はありません。ゆっくりと、自分のペースで魔力を解放していけばいいのです」
「先生、質問があります」
一人の生徒が手を挙げた。
「はい、何でしょう」
「もし、緊張して魔力がうまく流せなかったら......どうすればいいですか?」
「その時は、一度大きく深呼吸をして、もう一度自分の心に意識を向けてください。専門家の先生方もサポートしてくださいますから、安心してくださいね」
シュトゥルム先生の慈愛に満ちた言葉に、強張っていた生徒たちの表情が少し和らいだ。
「他に質問は?」
しばらくの静寂の後、先生は満足そうに頷いた。
「それでは、明日は自分を信じて、儀式に臨んでください。皆さんなら大丈夫です」
―――
授業が終わり、昼休み。
五人は中庭にあるいつものベンチに集まっていた。
冬の陽射しは柔らかく降り注いでいるが、空気はひんやりと冷たい。
「私、今日のお弁当、気合い入れて作ってきたんだ。明日に備えて、少しでも力をつけたくて」
ルイがお弁当の包みを開ける。彩り豊かな中身に、歓声が上がった。
「わあ、美味しそう! いいなー!」
「ふふ、一つ食べる?」
「えっ、いいの? やったー!」
カリナが目を輝かせておすそ分けを頬張る。
五人でお弁当を囲んでいると、話題は自然と明日の方へ向いていった。
「みんなはさ、どんな精霊が来てほしい?」
カリナが問いかけると、セドリックが少し照れくさそうに口を開いた。
「僕は......優しい精霊だといいな。一緒にいて安心できるような」
「あはは、セドリックらしいね」
オーウェンが微笑む。
「僕は......やはり、土か光の精霊かな。王族として、人々を導く力を持つ精霊と契約できたらと思っている」
「オーウェンも王子様らしいわねぇ」
カリナが茶化すように、けれど楽しげに言う。
「ルイは?」
「私は......その時にならないとわからないけど、きっと素敵な精霊さんが来てくれると信じてる」
ルイの曇りのない笑顔に、皆が頷いた。
ふと、ルイが視線を向けてくる。
「キオ君は?」
キオは箸を止め、少し考えてから静かに答えた。
「僕は......ずっと、一緒に頑張れる精霊と出会いたいなって。それに......」
一拍置いて、言葉を継ぐ。
「きっと、どんな精霊でも。この出会いは運命的なものだろうから......大切な日にしたいなって」
その言葉に、四人が優しい眼差しを向けた。
「素敵ね。きっと、その出会いは特別なものになるわ」
カリナが温かく言った。
冬の透き通るような陽射しの中、五人の笑い声が中庭に溶けていった。
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