第18話「朝の笑顔と芸術談義(3)」
エルヴィンたちと別れた後、キオは図書館の窓際の席に腰を下ろした。
ガラスの向こうには、どこまでも高く澄んだ冬の青空が広がっている。葉を落とした校庭の木々、その枝で羽を休める小鳥たち。
図書館の静謐な空気の中、まるで世界に自分一人しかいないような、穏やかな時間が流れていた。
キオは目を閉じ、心の内側へと呼びかける。
『シュバルツ』
『ああ、キオ』
すぐに返ってくる、温かく力強い声。物心ついた時からずっと、僕を支えてくれた声。
『今日は……すごく楽しかった』
『そうか。良かったな』
シュバルツの声色が、柔らかく響く。
『みんなに話してよかった。一人で抱え込まなくてよかった』
『お前には、素晴らしい仲間がいる』
『うん……』
朝の食堂での笑顔、エルヴィンとベアトリスとの会話。温かい人たちに囲まれている幸福を、キオは改めて噛み締めた。
『それでね、シュバルツ』
『なんだ?』
『精霊召喚儀式……やっぱり、すごく楽しみ』
弾むようなキオの感情に呼応するように、シュバルツの声も明るさを帯びる。
『……そうか』
『生まれた時からずっと、君の声だけを聞いてきた』
『ああ……』
『私が泣いている時も、笑っている時も、ずっとそばにいてくれたよね』
『ああ。俺は、片時もお前から目を離したことはない』
その言葉の強さに、胸が熱くなる。
両親が亡くなった時のどうしようもない悲しみも、ベゼッセンの恐怖も。どんな時だって、この声が僕を繋ぎ止めてくれた。姿は見えなくても、確かにそこにいてくれた。
『でも、やっと……姿を見られるんだ』
感慨深さに、キオの声が震えた。
『俺も……この時を待ち望んでいた』
『どんな姿なの?』
好奇心を抑えきれずに尋ねると、シュバルツは悪戯っぽく答えた。
『それは……会ってからのお楽しみだ』
『えー、教えてよ』
『ふふ、ダメだ』
『もう、意地悪』
『お前がどんな顔をするか、想像するのが今の俺の楽しみなんだ』
キオは思わず笑みをこぼした。
『シュバルツも、案外お茶目だよね』
『……そうか?』
『うん。いつも真面目だけど、時々そういうところがある』
『それは……お前といるから、自然とそうなってしまうのかもしれないな』
シュバルツの声には、深い慈しみが滲んでいた。
『精霊召喚儀式では……たくさんの人が見てるんだよね』
ふと、キオの心に不安がよぎる。
『ああ。大広間で、多くの生徒や教師が見守る中で行われる』
『緊張するな……』
『大丈夫だ。俺がそばにいる』
シュバルツの断言が、キオの背中を支える。
『それに、お前の仲間たちもいるだろう。ルイも、オーウェンも、カリナも、セドリックも』
『うん……そうだね』
みんなの顔を思い浮かべると、強張っていた肩の力が抜けていく。
『叔父さんも……来るけど』
その言葉だけは、まだ少し震えてしまう。
『ああ。だが、今度は俺が実際に現世に顕現する。直接、お前を守ることができる』
『……そうだね』
キオは深く息を吸い込んだ。肺いっぱいに冷たく清潔な空気が満ちる。不安よりも、期待の方がずっと大きい。
『シュバルツに会えるって思うと……ワクワクするんだ』
『俺もだ、キオ』
二人の心が、温かな光で繋がっているのを感じる。
窓の外では、小鳥が枝を蹴って、吸い込まれるような青空へと羽ばたいていった。
『あと、数日だね』
『ああ。その日が楽しみだ』
『私も……すごく楽しみ』
キオは空を見上げた。冬の澄んだ青の向こうに、輝かしい未来が待っているような気がした。
『シュバルツ』
『なんだ?』
『ありがとう。いつも、そばにいてくれて』
『…………』
『シュバルツ?』
『ずっとそばに居る……。これからもずっとだ』
『ふふ』
きっと、明日も大丈夫だ。
そう心から思えた。
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