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夜空色の青春  作者: 上永しめじ
第二章「絆と葛藤の深化」
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第18話「朝の笑顔と芸術談義(2)」

 


 朝食を終えた後、キオは一人、図書館へと足を運んだ。


 精霊召喚儀式まであと数日。それまでに少しでも、精霊に関する知識を深めておきたかったのだ。


  重厚な樫の扉を開けると、そこには静寂に包まれた知の森が広がっていた。高い天井まで続く本棚、古い紙とインクの混ざり合った独特の香り。この落ち着いた空気が、キオは好きだった。



  ――ところが。



 「だからベアトリス! この筆使いを見ろよ! 明らかに古典様式を尊重しているだろう!」


「いいえ、エルヴィン! あなたは構図の革新性を見落としてるわ! これは明らかに新しい試みなのよ!」


  図書館の奥から、聞き覚えのある二つの声が響いてきた。



 キオが声のする方へ歩いていくと、芸術書のコーナーでエルヴィンとベアトリスが向かい合って立っていた。二つのふわりとした黄色い髪が、感情に合わせて揺れている。それぞれが手にした画集を指差し、一歩も譲らない様子だ。



 「この光の表現を見てみろ! 伝統的な技法そのものじゃないか!」


「でも、この角度から光を当てるのは当時としては異例よ!」


  議論に熱中するあまり、二人の声はどんどん大きくなっていく。キオは苦笑しながら、そっと二人に近づいた。


 「二人とも」


 優しく、けれど少しだけたしなめるような声で呼びかける。


「ここは図書館だから、もう少し静かにね」


 「「あっ!」」


 二人は同時に振り返り、自分たちの声の大きさに気づいて慌てて口元を押さえた。



「ご、ごめんなさい、キオ様……」


 ベアトリスが顔を真っ赤にして縮こまる。


「す、すみません……つい、熱くなってしまって……」


 エルヴィンもバツが悪そうに頭を下げた。



 その慌てぶりがなんとも微笑ましくて、キオは思わず笑みをこぼした。


「ふふ、大丈夫。でも、次は気をつけてね」


「「は、はい……」」


 叱られた子供のように小さく頷く二人が可愛らしい。



 「ところで、何の話をしてたの?」


 キオが尋ねると、二人の瞳に再び熱が戻った。


「あ、実は……」


 ベアトリスが画集を開いて見せる。


「この古代の画家の作品について、議論していたんです」


「へえ」



 覗き込むと、そこには美しい風景画が描かれていた。森に差し込む柔らかな光が、幻想的な世界を作り出している。



 「この画家は、光の表現において革新的だったんです」


 エルヴィンが嬉々として説明を始めた。


「従来の技法を基礎としながらも、独自の視点を加えることで、全く新しい表現を生み出した」


「でも、エルヴィンったら伝統的な側面ばかり強調するんです」


 ベアトリスが唇を尖らせる。


「私は、この画家の革新性こそが重要だと思うの」


「いや、伝統があってこその革新だろう」


「革新があってこそ、芸術は進化するのよ」



  またヒートアップしそうになる二人の間に、キオは慌てて割って入った。



「待って待って。それ、二人とも正しいんじゃないかな」


「「え?」」


 二人がきょとんとしてキオを見る。


「伝統的な技法を完璧に習得していたからこそ、新しい表現に挑戦できた。そして、新しい視点があったからこそ、伝統を超えることができた。……どちらも欠かせない要素だったんだと思うよ」



  キオの言葉に、二人は顔を見合わせ、しばらく考え込んだ。


「……確かに」


 エルヴィンがぽつりと呟く。


「伝統だけでは、芸術は停滞してしまうかもしれない」


「そうね……革新だけを追い求めても、基礎がなければ薄っぺらになってしまうわ」


 ベアトリスも納得したように頷いた。



「だから、二人とも合ってるんだよ。ただ、見ている角度が少し違っただけで」


 キオが微笑むと、二人は照れくさそうに笑い合った。


「そうか……僕たちは、同じ絵を違う側面から見ていただけなんだな」


「ええ……気づかなかったわ」



  そこからは、三人での穏やかで楽しい芸術談義が始まった。


「この時代の建築様式も面白いんですよ」


 ベアトリスが別の本を広げる。


「大聖堂の設計には黄金比が使われているんです。美しさだけでなく、数学的な調和も追求されていたんですね」


「へえ、すごいな」


 前世の知識にあった黄金比が、この世界でも同じように美の基準となっていることに、キオは密かな感動を覚えた。


 「そうそう! それに、この時代の絵画には歴史的な出来事が隠されていることが多いんです」


 今度はエルヴィンが別のページを指差す。


「例えばこの絵。一見ただの宴会の絵に見えるけど、実は三大竜の伝説を描いているんだよ」


「本当だ……よく見ると、背景に竜の姿が……」


 絵の中に潜む荘厳な影を、キオはじっと見つめる。


「当時は、竜神への信仰が今よりもずっと強かったからね。だから、多くの芸術作品に竜の姿が描かれているんだ」


「竜神……」


 この世界を創造したと言われる存在。


 キオの思考は、ふと自分の中にいる存在――シュバルツへと繋がった。彼もまた、人知を超えた存在なのだろうか。


 何となく、そんな気がした。



 「キオ様?」


 不意に黙り込んだキオを、ベアトリスが心配そうに覗き込んだ。


「あ、ごめん。ちょっと考え事を……」


 我に返ると、二人が優しい眼差しを向けていた。



「精霊召喚儀式のこと、考えてたんじゃないですか?」


 エルヴィンの言葉は、図星だった。


「もうすぐですわね」


「うん……楽しみなんだ」



 キオが素直な気持ちを口にすると、二人は嬉しそうに破顔した。


「きっと、素敵な精霊様と出会えますわよ」


「ああ、キオ様なら大丈夫ですよ」


 二人の励ましが、じんわりと心に沁みた。




 それからしばらく、三人は歴史や芸術について語り合った。エルヴィンとベアトリスは時折ぶつかることもあったけれど、その度にお互いの視点を認め合い、より深い理解へと繋げていく。



「君たち、本当に仲がいいよね」


 ふと、キオが口にすると



「「え?」」


 二人は同時に声を上げ、慌てて否定にかかった。



「そ、そんなことないですわ! ただ、学問的な議論をしているだけで……」


「そ、そうですよ! 別に仲がいいとかじゃなくて……」


 必死なその様子がおかしくて、キオはくすくすと笑った。


「ふふ、そう? でも、僕にはそう見えるよ」



 お互いを認め合い、時に議論し、高め合う。それは確かに、一つの友情の形だ。



「ま、まあ……エルヴィンの知識は認めてますけど……」


「ベアトリスの洞察力も……悪くはない、と思ってますが……」


 そっぽを向きながらも認め合う二人を見て、キオの胸の奥が温かくなった。



最後までお読みいただきありがとうございます。

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