第18話「朝の笑顔と芸術談義」
冬の澄んだ朝の光が、食堂の大きな窓からたっぷりと降り注いでいた。外の空気は肌を刺すように冷たいけれど、室内は暖炉の火がぱちぱちと爆ぜ、心地よい温もりに包まれている。
まだ生徒の姿もまばらな早朝の静寂。その中に、五人の笑い声が柔らかく溶け込んでいた。
「キオ! 今日はすっごくいい顔してるじゃない!」
カリナが満面の笑みで、キオの顔をまじまじと覗き込む。その抹茶色の瞳は、友達の元気な様子が嬉しくてたまらないといった風に輝いていた。
「え? そう?」
キオが少し照れくさそうに首を傾げると、ルイもふわりと微笑んだ。
「本当。昨日とは顔色が全然違うよ」
「みんなのおかげだよ」
キオは自然と頬を緩めた。昨日、屋上でみんなに心を開いたこと。一人で抱え込んでいた鉛のような重さが、今は嘘のように軽くなっている。
「これが本来のキオ、なんだろうな」
オーウェンが満足げに頷き、紅茶のカップを口元へ運ぶ。朝の光を受けてきらめく金色の髪と、優雅な仕草は相変わらず絵になる。
「朝から元気な姿を見ると、こっちも嬉しくなるね」
セドリックも、安心したように目を細めた。
「それにしても、ルイのパン、本当に美味しいね」
キオが手にした焼き立てのパンをちぎると、香ばしい小麦の香りが湯気と共に広がった。外はカリッと、中は驚くほどしっとりとしている。
「ふふ、ありがとう。昨日の夜に生地を仕込んで、今朝早くに寮母さんが焼いてくれたの」
「ルイの仕込みと寮母さんの焼き加減、見事な合わせ技だね。これを食べれば、一日頑張れそうだ」
オーウェンが感心した声を上げると、ルイの頬がほんのりと朱に染まる。
「寮母さんも、『ルイちゃんの生地はいつも完璧ね』って褒めてくれたの」
「そりゃそうだよ! ルイの作るものは何でも美味しいもん!」
カリナがうんうんと大きく頷いたかと思うと、急に身を乗り出した。
「あ、そうだ! 私の故郷の朝ご飯もすっごく美味しいんだよ!」
「へえ、どんなの?」
「えっとね、ココナッツミルクで炊いた甘いお粥に、フルーツとナッツをたっぷり乗せるの! 温かくて、お腹も心も満たされる感じなんだ」
「わあ、美味しそう……」
ルイがうっとりとその味を想像する。
「今度作り方教えてよ、カリナ」
「もちろん! ルイと一緒に作ったら、絶対美味しくできるよ!」
二人の弾むような会話を聞いて、セドリックがふと思い出したように口を開いた。
「そういえば、ココナッツって昔は『神の果実』って呼ばれてたんだよね」
「へえ、そうなの?」
キオが興味を示すと、セドリックは少し得意げに、でも控えめに語り始めた。
「うん。水も実も栄養になるし、殻は燃料にもなる。捨てるところがないから、神様からの贈り物だと考えられてたらしいよ」
「セドリックは本当に物知りだなあ」
オーウェンが素直に称賛すると、セドリックは照れ隠しに頭を掻いた。
「い、いや、本で読んだだけだから……」
「でも、すごいよ! 私なんて、食べる専門で全然知らないもん」
「そうだよ、セドリック。君の知識のおかげで、いつもの会話がもっと楽しくなる」
キオが優しく笑いかけると、セドリックの顔が嬉しそうに輝いた。
「ところで、オーウェン」
キオは、手際よく紅茶のお代わりを淹れるオーウェンの手元に目を留めた。
「その所作、本当に綺麗だよね。どうやったらそんなに優雅にできるの?」
「ん? これか? まあ、小さい頃から執事に仕込まれたからな」
オーウェンは少し懐かしそうに目を細める。
「執事が淹れる紅茶がすごく美味しくてさ。自分でも淹れられるようになりたいって頼み込んだんだ」
「へえ、素敵な話だね」
「ああ。一から丁寧に教えてくれたよ。おかげで今こうして美味しい紅茶を淹れられる。あいつには感謝してるんだ」
そう言いながら、オーウェンはキオのカップにも琥珀色の液体を注いだ。立ち上る優雅な香りに、心がほぐれていく。
「わあ……ありがとう」
「ねえねえ、キオは何か特技とかあるの?」
カリナが好奇心いっぱいの瞳でキオを見つめた。
「特技? うーん……」
キオは少し考え込む。前世の知識はあるけれど、それを「特技」と呼ぶのは少し違う気がする。
「魔法の理論を理解するのが得意、とか?」
セドリックが助け舟を出した。
「ああ、確かに。キオ君の説明、いつもすごく分かりやすいよね」
ルイも同意して頷く。
「そう? でも、それは……」
「いや、本当だぞ。キオの説明を聞くと、複雑な魔法理論もすっと頭に入ってくる」
オーウェンが真剣な顔つきで言った。
「そうそう! 先生よりも分かりやすい時あるもん!」
「そ、そんな……」
みんなに真っ直ぐな瞳で見つめられ、キオの頬が熱くなる。
「ふふ、照れてる照れてる」
「か、カリナ……」
キオが恥ずかしそうに俯くと、冬の朝の食堂に、みんなの温かな笑い声が響き渡った。
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