第16話「精霊召喚と迫り来る影」
冬の足音が確かに近づいてきた、ある朝。窓から差し込む陽光は夏の頃よりもずっと淡く、教室の空気にはどこかひんやりとした清涼感が漂っていた。
キオは最前列の自分の席に座り、いつものようにノートを開いていた。隣ではオーウェンが優雅な仕草で教科書をめくっている。後方の席からは、カリナの明るい笑い声や、ルイとセドリックの穏やかな話し声が聞こえてくる。
その時、担任のシュトゥルム先生が教室に入ってきた。
「皆さん、おはようございます」
先生の穏やかな声が教室に響くと、賑やかだった空気がすっと静まる。シュトゥルム先生は青い髪を落ち着いた雰囲気でまとめ、いつもの芯のある佇まいで教壇に立った。
「今日のホームルームでは、皆さんにとって大変重要なお知らせがあります」
その言葉に、教室全体がぴりっとした緊張感に包まれた。キオも思わず背筋を伸ばす。
「来月、十二月の中旬に、一年生全員を対象とした精霊召喚儀式を執り行います」
一瞬の沈黙。そして、教室のあちこちから小さなどよめきが湧き上がった。
「精霊召喚!」
「ついに来たか」
「楽しみだなあ」
生徒たちの興奮が波のように広がっていく。キオの胸も、期待と緊張が入り混じった複雑な感情で高鳴り始めていた。
「静粛に」
シュトゥルム先生が穏やかに、しかし確かな威厳を込めて手を挙げると、教室は再び静まった。
「精霊召喚儀式は、皆さんが魔法士として一人前になるための、最も重要な通過儀礼です。この儀式を通じて、皆さんは生涯の伴侶となる精霊パートナーと出会うことになります」
先生の言葉に、キオの心の奥でシュバルツの気配がそっと揺れた。
『キオ』
温かく、落ち着いた声が心に響く。
『いよいよだな』
『うん......』
キオは静かに返事をした。他の生徒たちにとっては、まだ見ぬ精霊との出会いの日。けれど自分にとっては、ずっと心の中にいてくれたシュバルツと、ようやく直接会える日でもある。
「儀式の詳細について説明します」
シュトゥルム先生が黒板に向かい、カリカリという音を立てながら、要点を書き記していく。
「まず、儀式は召喚大広間で行われます。この広間には古来より伝わる巨大な召喚陣が刻まれており、皆さんはその中央に立って、自らの魔力を解放することになります」
「解放された魔力に呼応して、精霊界から相性の良い精霊が応えてくれます。大切なのは、自分らしくあること。精霊は皆さんの心の在り方、魂の本質に惹かれてやってきます」
キオはノートにペンを走らせながら、先生の言葉に耳を傾けた。
「儀式の前には魔力測定と適性診断が行われ、当日は専門の指導者の方々が皆さんをサポートしてくださいます。空間魔法を得意とするシュバルツ一族の方々です。安心して儀式に参加してください。」
その言葉に、キオの手がほんの一瞬止まった。
『指導者......』
漠然とした不安が胸をよぎる。けれど、それが何を意味するのか、この時のキオにはまだわかっていなかった。
「なお」
シュトゥルム先生が教室全体を見回した。
「すでに精霊と契約を結んでいる生徒については、特別措置となります。マージェンさん」
名前を呼ばれたカリナが、はいっ、と元気よく返事をした。
「あなたのように故郷から精霊パートナーを連れてきている場合、今回の儀式は見学となります。現在の契約がそのまま正式なものとして認められますので、安心してください」
「はい! ありがとうございます!」
カリナが嬉しそうに胸を撫で下ろす。その様子を見て、周囲の生徒たちも微笑んだ。
「それでは、質問がある方はいますか?」
数人の生徒が手を挙げ、先生は一つ一つ丁寧に質問に答えていく。どんな精霊が来るのか、儀式で失敗したらどうなるのか、精霊が来なかったらどうするのか。不安と期待が入り混じった質問の数々に、シュトゥルム先生は穏やかに、そして誠実に応じた。
「精霊が来なかったらどうしよう、と心配している人もいるかもしれません。ですが、安心してください。儀式に臨む者には必ず、その人に相応しい精霊が応えてくれます」
先生の言葉に、教室の空気が少し和らいだ。
「大切なのは、自分の心に正直であること。精霊は、あなた方の本当の姿を見てくれます」
ホームルームが終わると、教室は一気に賑やかになった。
「わあ、精霊召喚! ついに来たね!」
カリナが席を立ち、キオたちの方へと駆け寄ってくる。
「キオ君、楽しみだね!」
ルイも目を輝かせている。
「どんな精霊が来るのかな。僕、ちょっと緊張してきた」
セドリックが少し落ち着かない様子で言うと、オーウェンが笑みを浮かべた。
「大丈夫だ。先生も言っていたように、自分らしくいればいい」
「そうだよ! きっとみんな素敵な精霊さんに出会えるわ!」
カリナが両手を広げて力強く言い切る。
「キオ君は? 楽しみ?」
ルイがそっと尋ねてきた。その優しい眼差しに、キオは小さく頷いた。
「うん......とても」
その言葉に嘘はなかった。シュバルツに会える。
ずっと心の中で支えてくれていた存在と、ようやく直接会える。その喜びは確かにある。
けれど同時に、胸の奥に小さな影がよぎったのも事実だった。
『指導者として来るシュバルツ一族の人たち......』
誰が来るのだろう。その疑問が、ぼんやりと心に引っかかっていた。
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