第15話「防衛魔法と白銀の来訪(2)」
授業が終わり、生徒たちが実技場を出ていく中、キオたち6人は一緒に廊下を歩いていた。
「カリナの精霊との魔法、すごかったね」
キオが感心したように言う。
「えへへ、ありがと! 精霊さんたちが頑張ってくれたの! 」
カリナが嬉しそうに笑う。
「僕も......いつかあんな風にできるようになりたいな......」
セドリックが小さく呟く。
茶色の魔力は、すぐに消えてしまった。他の皆と比べ、やはり自分は劣っているのではないかという焦りが、胸の奥で燻っている。
「大丈夫だよ、セドリック君。先生も言ってたけど、諦めなければきっとできるようになるから」
ルイが優しく励ます。
「そうだな。僕も最初は苦戦したけど、何とかできるようになったし」
エルヴィンも頷く。
その時、廊下の向こうから、見慣れない少年が近づいてくるのが見えた。
白銀の髪を持つ、整った顔立ちの少年だ。教会関係者のような落ち着いた雰囲気を纏っている。
その少年は、キオたちの前で立ち止まった。
―――
「失礼いたします」
少年は丁寧に頭を下げた。
「キオ・シュバルツ・ネビウス様でいらっしゃいますでしょうか? 」
キオは少し驚きながらも、頷いた。
「はい、そうですが」
「初めまして。私、ルドルフ・ジルヴァ・ハイリヒと申します。1年B組におります」
ジルヴァ一族。宗教という立場から国を支えている教会に所属する一族だ。
「ルドルフ・ジルヴァ・ハイリヒ君ですね。初めまして」
キオは丁寧に挨拶を返す。
ルドルフは、キオの周りにいる友人たちを見回した。その視線には、明らかな違和感が含まれている。
「もしよろしければ...少しお話ししたいことがございます」
「お話し、ですか? 」
「はい。キオ様に、ぜひお伝えしたいことがございまして」
その言い方に、オーウェンが微かに眉をひそめた。自分たちには聞かせたくないような響きがあったからだ。
「みんなの前でも大丈夫ですよ」
キオが自然に答えると、ルドルフは少し困ったような表情を見せた。
「恐れ入りますが......」
ルドルフは、カリナの褐色の肌と異国風の顔立ちに気づくと、眉をひそめた。
「キオ様は......このような方々とお親しくされているのですね」
その言葉の「このような」という部分に、明らかな軽蔑の響きがあった。
「このような、とは? 」
オーウェンが静かに、しかし王族としての威厳を込めて尋ねる。
ルドルフはオーウェンをまっすぐ見返し、微かに口角を上げ、困ったような顔をする。
「ああ、オーウェン様。失礼いたしました。私が申し上げたのは、貴方様のことではございません」
ルドルフは言葉を選ぶように一呼吸置いてから、静かに、しかし断定的な口調で続けた。
「ただ、キオ様が......平民や異国の方々と親しくされていることに、少し......心配になりまして」
「心配? 」
キオが眉をひそめる。
「なぜ僕の友人関係を心配する必要があるんですか? 」
「友人関係と申されますが......」
ルドルフは少し言葉を選びながら続けた。
「やはり、お立場というものがございますでしょう。シュバルツ一族ともあろう方が、平民や異国の者と友と呼ぶなど......」
セドリックが顔を赤くした。今まで身分の差について軽く指摘されることはあったが、ここまであからさまに見下されたことはなかった。
「僕たちと友達でいることが、そんなにおかしいですか? 」
セドリックの震え声に、ルドルフは冷たく答えた。
「おかしいかどうかではなく、適切かどうかです」
「適切って......」
ルイも小さく呟いた。
「我が国には、神竜が定めた美しい秩序があります。それぞれが自分の立場を理解し、それに相応しく振る舞うことで、社会全体の調和が保たれるのです」
ルドルフの言葉にエルヴィンが苦虫を噛み潰したような顔をする
そんなエルヴィンの表情を見たルドルフは
まるで軽蔑するような眼差しをエルヴィンに向けた
「あなたもあなたです。フォルケ様。誇り高きゲルプ一族の1人として恥ずかしくないのですか?」
「ハイリヒ様! 恥ずかしいことなど......!」
「黙りなさい」
エルヴィンはカッとなってルドルフに反論しようとするが
ルドルフは冷たい声でエルヴィンを黙らせた
「貴族としての行動がとれていないあなたに反論する権利などありません。今のあなたを見たら、あなたのお父様はなんと言われることか......」
ルドルフの言葉にエルヴィンは顔を真っ青にする
「でも、友人関係に立場なんて関係ないでしょ? 」
エルヴィンの苦しそうな表情を見たカリナがムッとした様子でルドルフに反論する。
ルドルフはさらに厳しい表情になった。
「関係ないはずがありません。特に異国の方には、我が国の神聖な秩序は理解しにくいかもしれませんが」
中庭の空気が張り詰めた。
「異国から来た、貴方......」
ルドルフがカリナを指差そうとした、その時。
「おい」
廊下の向こうから、力強い足音と共に声が響いてきた。
現れたのは、ヘルムート・アイゼン先生だった。
―――
「何だ騒がしいな。授業が終わったばかりだというのに」
アイゼン先生が腕を組んで、一同を見回す。
「お前は......確か1年B組の生徒だったな」
「はい。ルドルフ・ジルヴァ・ハイリヒです」
ルドルフが丁寧に挨拶すると、アイゼン先生は鋭い視線を向けた。
「それで、他のクラスの生徒が何の用だ? 」
「いえ、少しキオ様とお話を......」
「キオ様、か」
アイゼン先生が一歩近づく。その迫力に、ルドルフは思わず後ずさった。
「大きな声でしゃべってるもんだから、聞こえていたが。平民だの異国だの、随分と偉そうなことを言っているな」
そのアイゼンの迫力にルドルフは汗を流す
「しかし......」
「しかし、じゃない」
アイゼン先生の声が一段と低くなる。
「いいか、よく聞け。この学校では、身分も血筋も関係ない。生徒は皆、平等だ」
「ですが、秩序というものが......」
「秩序? 」
アイゼン先生が冷たく笑った。
「秩序を守ることと、他人を見下すことは違う。お前がやっているのは、ただの差別だ」
ルドルフの顔が青ざめる。
「私は......そんなつもりでは......」
「つもりがなくても、お前の言葉は彼らを傷つけている」
アイゼン先生は、キオたちの方を見た。
「それに、ネビウスの友人たちを見下すということは、ネビウスの判断を疑っているということだ。それでもネビウスのためを思っていると言えるのか? 」
ルドルフは言葉に詰まった。
「大切なのは肩書きじゃない。その人間の心だ。それを理解できないようなら、お前はまだまだ子供だ」
アイゼン先生の言葉に、ルドルフは拳を強く握った。しかし、反論することはできなかった。
「ネビウスたち、お前たちは何も悪くない。堂々としていろ」
アイゼン先生が優しく声をかける。
「はい、ありがとうございます」
キオが頭を下げると、他の友人たちも続いた。
「さあ、ルドルフだったか。お前も自分のクラスに戻れ」
「......はい」
ルドルフは不満そうな表情を隠しながら、その場を後にした。
その後ろ姿を見送りながら、アイゼン先生は小さく息をついた。
「まったく......教会の連中は、いつもああだ」
独り言のように呟いてから、キオたちに向き直る。
「お前たち、気にするな。友人を選ぶのは、お前たち自身だ。誰にも口出しさせるな」
「はい」
キオたちが頷くと、アイゼン先生は満足げに笑った。
「よし。それじゃあ、俺も戻るぞ。また授業でな」
そう言って、アイゼン先生は廊下の向こうへと歩いていった。
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