第14話「猫たちの祝祭」
雲ひとつない快晴。空は高く澄み渡り、吸い込まれそうなほどの群青色を湛えている。
柔らかな陽光が惜しげもなく降り注ぐ、週末の午後だった。
待ち合わせ場所である街の小さな噴水広場は、休日を楽しむ人々の活気で溢れかえっている。
広場の中央に鎮座する石造りの噴水からは、クリスタルのように透き通った水が絶え間なく吹き上がり、水面に落ちては涼やかな水音を奏でていた。太陽の光を浴びたしぶきが時折、七色の虹を描き出し、道ゆく人々の目を楽しませている。
石畳を叩く靴音、風に乗って漂う焼き菓子の甘い香り、どこかで誰かが奏でるリュートの音色。平和そのものといった穏やかな喧騒が、この街を優しく包み込んでいた。
「ごめん、遅くなったかな?」
「ううん、私達もさっき来たとこよ!」
光を反射して白く輝く石畳の上、一際華やかな空気を纏っている一団がいた。
ルイ、カリナ、ベアトリスの女性陣だ。彼女たちが楽しげに談笑しているところへ、人波を縫うようにしてオーウェンとキオ、そしてセドリックが合流する。
「すまない。みんなを待たせてしまったな」
オーウェンが申し訳なさそうに眉を下げ、穏やかに微笑んだ。その立ち振る舞いには、育ちの良さと誠実さが自然と滲み出ている。
それに対し、ベアトリスはふわりと優雅に首を横に振った。
「いえいえ、楽しくお話しさせていただいておりましたわ」
ベアトリスがにこやかな笑みで返した、まさにその時だ。
「はぁ……はぁ……ま、待たせて、すみません!」
穏やかな空気を切り裂くように、慌ただしい声が響いた。
広場の向こう側、人混みをかき分けるようにして走ってくる人影がある。
鮮やかな黄色の髪が、陽光を受けてキラキラと輝きながら揺れている。エルヴィンだ。
彼は肩で息をし、額にはうっすらと汗を浮かべながら、皆のもとへと滑り込んできた。
「遅いわね、エルヴィン」
ベアトリスはあからさまに「やれやれ」といった様子で、ふう、とため息をつく。その瞳には、呆れと同時に、どこか彼を放っておけないような親愛の色も混じっていた。
「う……! べ、ベアトリス! べつに、まだ約束の時間じゃないだろ!」
呼吸を整えながら抗議するエルヴィンだが、ベアトリスは涼しい顔で切り返す。
「当たり前よ。私は約束より早く着くようにしているの。あなたと違ってね。……あと、後ろ髪が跳ねてるわよ」
彼女の白い指先が、エルヴィンの頭を指し示した。
指摘されたエルヴィンの後頭部では、慌てて支度をして家を飛び出してきた名残なのだろう。つむじのあたりの髪が一房、フワリと元気に跳ねて、風に揺れている。
「えっ!? ……ぐぅ」
エルヴィンは顔を赤らめ、慌てて手櫛で髪を何度も撫でつけた。
それでも頑固な寝癖はなかなか直らず、彼は気まずそうに視線を宙へと逸らす。
「二人って、どういう関係……なのかな?」
その漫才のようなやり取りを見ていたセドリックが、不思議そうに小首を傾げた。彼の純粋な問いかけに、ベアトリスは何でもないことのように、さらりと答える。
「幼馴染というやつですわ」
その一言には、長い時間を共有してきた二人にしか分からない、確かなものが込められていた。
「ふふ……、エルヴィン君も寝坊するんだね」
キオが口元に手を当ててクスクスと笑う。
「! ……実は、いよいよ明日だって思ったら、あまり眠れなくって……すみません」
図星を突かれたエルヴィンは、さらに顔を真っ赤にして、恥ずかしそうにポリポリと頭をかいた。緊張と期待で眠れなかったその様子は、どこか微笑ましく、場の空気を一層和やかなものにした。
「これで全員揃ったな。行こうか」
リーダーのように場をまとめるオーウェンに促され、七人は歩き出す。
賑やかな広場を抜け、目的のカフェへと続く裏通りへ。
大通りの開放的な雰囲気とは打って変わり、裏通りは落ち着いた情緒に満ちていた。
煉瓦造りの建物が並び、石畳の道は長い年月を経て角が取れ、艶やかに光っている。建物の隙間から差し込む斜陽が、路地に美しい陰影を描き出し、隠れ家へと向かう冒険心をくすぐった。
「本当に猫の形のケーキが出るんだよね? すっごく楽しみ!」
カリナが弾むような声でキオに尋ねる。その足取りは軽く、今にもスキップをし出しそうだ。
「うん! マスターが『全力で作る』って約束してくれたんだ」
キオもまた、嬉しそうに頷く。彼の表情には、これから訪れる素敵な時間への期待が満ち溢れていた。
「あそこのマスター、もともとは貴族のお屋敷で料理人をしていたそうですわ」
ベアトリスが補足情報を口にすると、ルイが驚きに目を丸くした。
「えっ……! すごいですね。そんな方がやっている喫茶店なんですね、気になります!」
ルイの瞳が期待にキラキラと輝く。美味しいものへの興味は尽きないようだ。
靴音が心地よく響く中、セドリックが隣を歩くエルヴィンに、少し遠慮がちに話しかけた。
「フォルケさん……と呼べばいいですかね?」
今まで話したことがなかったその距離感が、その言葉選びに表れている。
エルヴィンは少し照れくさそうに、けれどはっきりと首を横に振った。
「ん……いや、エルヴィンで構わない。クラスメイト……だしな。それに、敬語じゃなくて普通に話してくれ」
ぶっきらぼうだが、そこには彼なりの優しさと、仲間として受け入れたいという意志があった。
セドリックの表情がぱあっと明るくなる。
「! ……うん! じゃあ、エルヴィン君って呼ぶね」
少し距離が縮まった二人の会話。それを前で聞いていたオーウェンが、足を止めて振り返った。
彼は悪戯っぽく片目を細め、二人の輪に加わる。
「セドリック、ずるいじゃないか。じゃあ、僕もエルヴィンと呼ばせてもらおう。それに、僕のこともオーウェンと呼んでくれ」
貴族でありながら、垣根を作らないオーウェンの提案。
柔らかい風が通り抜け、三人の髪を揺らした。
「こ……光栄です! オーウェン様!」
セドリックが恐縮しながらも嬉しそうに声を上げる。
七人の間に流れる空気が、より一層温かいものへと変わっていく。
そんな賑やかで和やかなおしゃべりが弾むうちに、一行は目的地の前へと到着した。
路地の奥、控えめながらも温かみのある看板が、彼らを歓迎するように揺れていた。
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