第12話「立ちはだかる壁と道標(3)」
キオとルイが教室に戻ると、カリナ、セドリック、そしてオーウェンが机を集めて待っていた。
「キオ! ルイ!おかえり!」
カリナが一番に、元気よく迎えてくれる。
「今日はありがとね! いろいろと守ってくれて、すっごく嬉しかった!」
「おかえり、キオ君。今日は......その、本当にありがとうち」
セドリックも、心からの感謝の言葉を伝えてくれた。
「みんな、今朝は本当に申し訳なかった」
キオは四人に向かって、深く頭を下げた。
「本当はずっと一緒にいたかったんだ。なのに、僕のせいで......でも、カリナを軽んじるような言葉は、どうしても許せなかった」
「ちょっと、キオが謝ることじゃないわよ!」
カリナが慌てたように言う。
「キオったら、すっごくかっこよかったんだから! あの、にこーって笑ってるのに目が笑ってないやつ!」
カリナが一生懸命、キオの真似をしようとするが
いつものカリナがそこにいる
「令嬢たち、みんなびっくりしてたもんね!」
そう言って笑った後、カリナは少し怒ったように頬を膨らませた。
「でもさー、あの令嬢たち、やっぱり感じ悪かったわ。『異国の方には作法が』って、何それ! 失礼しちゃう!」
「カリナ、気持ちはわかるけど、あまり大声で言うことじゃないよ」
オーウェンが苦笑しながら窘める。
「僕たちも......少し、遠慮しすぎちゃったなかなって。キオ君ばかりに頼ってしまって」
セドリックが申し訳なさそうに言った。
ルイも小さく頷いている。
「キオ、君のやり方は正しかったと思う」
オーウェンが穏やかに、しかし断言するように言った。
「友人を守りながらも、相手の面子を潰して遺恨を残さない。立派だった。君は君のままで、無理をする必要はないんだよ」
そしてカリナに向き直り、「カリナも、気持ちはわかるけど、もう少し穏やかにね」と優しく諭し、「でも、君のその真っ直ぐさは素晴らしい長所だと思うよ」と付け加えた。
「えへへ、オーウェンに褒められちゃった」
カリナが素直に照れる。
その時、教室の扉がノックされ、レナとアイリスたちが再び姿を現した。
「キオ様......」
レナが、朝や休み時間とは違い、少し遠慮がちに声をかけてきた。
「午前中は失礼いたしました。......それで、改めて、『ローズ・ド・エクシェル』での勉強会のお誘いなのですが......」
キオはゆっくりと立ち上がり、彼女たちに向き直った。そして、丁寧に、しかし明確に答えた。
「皆さんのお申し出、本当にありがたく思います。光栄です。ただ、今は、こちらの友人たちともっと一緒に過ごしたいんです」
キオは言葉を選んでいく
「僕はまだこの学校に来たばかりで、知らないことや、やりたいことがたくさんあって」
キオは、今度は心の底からの、年相応の優しい微笑みを浮かべた。
「僕はまだ13歳なので、同級生たちとこうして、わいわいと楽しく過ごしたい年頃なんです。だから、どうか焦らずに。少しずつ、僕という人間を知っていってもらえたら嬉しいです」
キオの誠実な、何の裏もない言葉に、令嬢たちは少し困惑しながらも、やがて頷いた。
「......そうですね。確かに、私たちは少し急ぎすぎたかもしれませんわ」
レナが素直に非を認める。
「私たちも、キオ様ご自身のことを、少しずつ理解していきたいと思います」
アイリスも静かに同意した。
「ありがとうございます」
キオが丁寧にお辞儀をすると、令嬢たちは少し名残惜しそうに、しかし納得した様子で教室を出ていった。
「やったー! キオ、これでこれからは、みんなで一緒にいられるね!」
カリナが両手を上げて喜ぶ。
「うん。これからは、もっともっと一緒に過ごそう」
キオが満面の笑みで答えた。
教室の隅。
エルヴィン・ゲルプ・フォルケは、一日を通じて、その光景のすべてを観察していた。
朝、令嬢たちに囲まれ、平民の友人たちから引き離されるキオ。
キャラメル色の髪の少女と、高位貴族の令嬢たちとの衝突。
それを諌めたキオの、貴族らしい完璧な微笑みと、その裏に隠された鋼のような意志。
休み時間、再び友人を守るために、令嬢たちの誘いを事実上、退けるキオ。
そして放課後、将来の有力な繋がりとなり得る『ローズ・ド・エクシェル』の誘いを、「友人と過ごしたいから」という理由で、丁寧に、しかし明確に断る姿。
『ネビウス様は......本当に、あの平民の友人たちと一緒にいたかったんだ』
『あのキャラメル色の髪の子は......身分の差なんて一切気にせず、堂々とネビウス様に話しかけていた』
『そしてネビウス様は、その友人を守るために、ご自身の『貴族』としての立場と力を、ためらいなく使った』
『でも、令嬢方を無様に貶めることはせず、穏やかに、しかし二度と逆らえない形で諌めた』
『あの微笑み......表面的には優雅で完璧だった。だが、その奥には明確な意志があった。』
エルヴィンは、静かに息を吐いた。
『令嬢方の行動も、シュバルツ一族との繋がりを求める、貴族として当然の行動だ。でも......』
『ネビウス様が、心からの、あの年相応の顔で笑うのは、あの友人たちといる時だけだ』
そして、エルヴィンは自分自身を見つめ直す。
『僕は、家から「何としてもシュバルツ一族と親しくなれ」ときつく言われている』
『でも、そういう打算的な付き合いは、ネビウス様が最も求めていないものだ。それに......』
エルヴィンは拳を握る
『僕も、ネビウス様ともっと話がしたい』
エルヴィンの胸に、打算とは違う、新しい決意の光が微かに芽生え始めていた。
『じゃあ......僕はどうすれば......』
『......僕も、もっと自然に......ただの同級生として、人として接すればいいのかな......』
エルヴィンは静かに茜色に染まり始めた空を見上げるのだった。
夕方、寮の自室。
窓の外には、秋の空を茜色に染め上げる美しい夕焼けが広がっている。
キオはベッドに腰を下ろし、今日の出来事を反芻するように、深く息を吐いた。
『シュバルツ』
心の中で呼びかける。
『キオ。どうした?』
シュバルツの声が、いつものように穏やかに、頭の中に直接響いた。
「今日は......すごく疲れたけど、良かったと思う」
キオが、燃えるような窓の外を見ながら言った。
「ちゃんと言うべきことを言えた。カリナを守れたし、ルイとも話せた」
『ああ。頑張ったな。見事だったぞ』
シュバルツが応える。
『友を守りながら、相手の面子も保たせる。立派だった』
「カリナ、すごかったね。あんなに令嬢たちに囲まれても、全く怯まなかった」
『ああ。あの子は芯が強い。得難い友人だ。それにオーウェンもうまく場を収めていたな。彼も良い友人だ』
「オーウェンには、本当に助けられてる。彼がいなかったら、もっとこじれていたかも」
キオは感謝を込めて言う。
「でも、ルイやセドリックにも、もっと遠慮しないで欲しいなって思うな......」
『それは違うぞ、キオ。それぞれに、それぞれの性格と役割がある』
シュバルツが優しく諭す。
『カリナはカリナ、ルイはルイだ。セドリックもそうだ。お前は、お前がそのままであることを望むように、彼らにもそのままであることを望むべきだ』
シュバルツは少し間を置いて、続けた。
『......それにしても、ルイは......少し様子が違ったな』
「うん......僕もちょっと気になった」
キオは窓の外の夕焼けに視線を向けたまま、静かに頷いた。
「図書館でも、放課後の教室でも、笑顔が少し......ぎこちない気がして。ルイがどこか無理をしているような......そんな感じがしたんだ」
何かを我慢している様なルイが心配だった。
「でも、無理に理由を聞くことも出来ないし......。もっと仲良くなって、いつかルイの方から自然に話してくれる日がきてくれたらいいなって思うんだ」
『そうか。お前はちゃんと気づいていたのだな』
シュバルツの声が、少しだけ優しさを増した気がした。
『それがいい。焦る必要はない。本当の信頼とは、そうして時間をかけて築いていくものだ』
「うん......」
キオは窓の外の夕焼けを見つめた。空は、深い藍色に変わり始めている。
「令嬢たちとの関係も、無理に避ける必要はないと思う。彼女たちも真剣なんだ。ただ、僕が本当に大切にしたいものを、見失わないようにしたい」
キオは胸に手を当てる
「明日からも、もっと自然に。今日みたいに、我慢しないで、ルイたちとの時間を、一番に大切にする」
キオは決意を新たにして立ち上がり、窓を開けた。
冷たい秋の空気が、火照った頬を撫でて部屋に流れ込んできた。
「きっと......明日は晴れるね、シュバルツ」
『ああ。きっと、良い天気だろう』
シュバルツの声が、優しく響いた。
窓の外には、美しい夜空が広がり始めている。
一番星が、力強く輝き始めた。
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