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夜空色の青春  作者: 上永しめじ
第一章「入学と出会い」
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第10話「再訪の約束(3)」



 その後、カリナが元気よく「おかわり!」と言い出した。


「はいはい、どうぞ」


 トーマスが笑顔で料理を追加する。


「これも美味しい! それも!」


 次々とおかわりするカリナに、ルイが心配そうに声をかける。


「カリナ、食べ過ぎじゃ......」


「大丈夫! 故郷でもたくさん食べてたから!」


 カリナは全く気にする様子もなく、勢いよく食べ続ける。


「あの......本当に大丈夫かな?」


 セドリックが小声でキオに尋ねると、キオは苦笑いを浮かべた。


「カリナだから......きっと大丈夫だよ......たぶん」



 しかし——



 15分後。



「う......お腹......パンパン......」


 カリナが椅子に座ったまま、お腹を抱えて苦しそうにしている。


「「......」」


 全員が呆れた顔でカリナを見つめる。


「だから言ったのに......」


 セドリックがため息をつく。


「動けない......」


 カリナが本当に辛そうな顔をしている。


「まあまあ、ゆっくり休んでいって」


 アンナが笑いながら、カリナの背中をさすってくれる。


「裏庭に、ベンチがあるから。そこで少し休みましょう」


 裏庭は、秋の陽射しが降り注ぐ心地よい空間だった。木製のベンチに、カリナがぐったりと横たわっている。


「うぅ......でも美味しかった......」


「君は本当に......」


 オーウェンが苦笑いを浮かべる。


「お水、どうぞ」


 ルイが優しく水を差し出すと、カリナは嬉しそうに受け取った。


「ありがとう......ルイ、天使......」


 その様子を見て、キオは心の中で呟く。


『カリナらしいな』


『ああ。元気があって良いことだ』


 シュバルツの声にも、笑いが混じっている。




 カリナが休んでいる間、セドリックがトーマスに声をかけた。


「あの......トーマスさん、僕にも料理を教えていただけませんか?」


「お、セドリック君も料理に興味があるのかい?」


「はい! こんなに美味しい料理を作れるようになりたいです」


 セドリックの目が、キラキラと輝いている。


「よし、じゃあ一緒にクッキーでも作ってみようか」


「本当ですか!」




 キッチンでは、アンナとトーマスの指導のもと、セドリックがクッキー作りに挑戦していた。そんなセドリックの様子をみんなで見守る。



「セドリック君、生地をこねてみて」


 アンナが優しく声をかける。


「はい!」


 セドリックは張り切って生地をこね始めた。




 しかし——


 力加減が分からず、生地が飛び散る。



「あっ!」


 セドリックの顔に、粉がベタッと付いた。




「ぷっ......」


 見ていたキオ、ルイ、カリナ(復活済み)、オーウェンが、思わず笑いを堪える。


「わ、笑わないでよ!」



 セドリックが真っ赤になって叫ぶと、みんなが一斉に笑い出した。



「あはは! セドリック、顔!」


「セドリック君、落ち着いて」



 オーウェンが笑いながらハンカチを差し出す。


「う......」



 セドリックは恥ずかしそうに顔を拭いた。



「大丈夫、大丈夫。最初はみんなそうだから」



 トーマスが優しく励ます。


「次は型抜きをしてみようか」


 アンナが生地を平らに伸ばし、型を渡す。


「えいっ」



 セドリックが力を込めて型を押し当てると——



 型が生地に深くめり込んでしまった。



「あれ? 取れない......」


 ぐいぐいと引っ張ると、型ごと生地が持ち上がってしまう。


「わっ!」


 バランスを崩したセドリックは、コテンと尻もちをついた。




「あはははは!」


 今度はみんなが遠慮なく大爆笑する。


「もう......」


 セドリックは完全に赤面していたが、その表情はどこか嬉しそうだった。

 みんなが楽しそうに笑ってくれている。それが、何よりも温かかった。



「セドリック君、今度はこうやって......」


 アンナが優しく手を添えて、一緒に型抜きをする。


「あ......できた」


 今度は上手く、星型のクッキーが抜けた。


「やった!」



 セドリックが嬉しそうに声を上げる。

 その後、みんなも参加し協力しながら、何とかクッキーを焼き上げた。形はいびつだが、それがかえって愛嬌があって可愛らしい。



「で、できた......」


 セドリックが達成感に満ちた顔で、焼き上がったクッキーを見つめる。


「初めてなら上出来だよ」


 トーマスが肩を叩く。


「次はもっと上手くできるわ」


 アンナも優しく微笑んだ。


「はい! また教えてください!」


 セドリックの目が、キラキラと輝いている。




 そんな楽しそうな声をBGMに、離れたテーブルでは、マーカスが一人、静かに料理を口に運んでいた。

 トーマスとアンナが心を込めて用意してくれた、温かい家庭料理。


 一口食べた瞬間——


「......」


 マーカスの手が止まる。


「なんと......」


 マーカスも貴族の出の為、様々な料理を食べてきた。


 しかし、この素朴で温かい味は......


 マーカスの頬を、一筋の涙が伝った。


「これが......家庭の味......」


 騎士になってから、こんな温かい料理を食べたことがあっただろうか。


 マーカスは静かに、ゆっくりと、一口一口を味わいながら食事を続けた。





 楽しい時間はあっという間に過ぎていった。

 帰りの時間が近づき、一行は別れの挨拶をする。


「今日は本当に楽しかったです。ありがとうございました」


 キオが深々とお辞儀をすると、トーマスとアンナも笑顔で応えた。


「こちらこそ、楽しい時間をありがとう。みんな良い子たちね」


「また、いつでも遊びにおいで」


「はい。必ず、また来ます」


 キオも嬉しそうに笑う



「本当にありがとうございました。今日のことは、一生忘れません」


 オーウェンも丁寧にお辞儀をする。


 その誠実な態度に、トーマス夫妻も感動したようだった。


「オーウェン君も、いつでも歓迎しますよ」


 そして、アンナが大きな包みを持ってきた。


「これ、さっきみんなで作ったクッキーよ。お土産に持っていって」


「ありがとうございます!」


 全員で包みを受け取り、馬車に乗り込む。


 マーカスも奥の部屋から出てきて、トーマス夫妻に深々とお辞儀をした。


「本日は、温かいおもてなしをいただき、ありがとうございました」


 その表情は、柔らかく見えた。


「マーカス殿も、またいらしてくださいね」


「......はい」


 マーカスが小さく微笑んだのを、キオは見逃さなかった。



「ルイ......身体には気をつけて」


「ちゃんとしっかりご飯を食べるのよ」


「うん......ありがとう。お父さん、お母さん」


 トーマスとアンナはルイを力いっぱい抱きしめると

 寂しげな様子で馬車を見送るのだった。




 帰りの馬車の中は、温かい余韻に包まれていた。


「楽しかったね」


 キオが満足そうに言うと、みんなが頷く。


「本当に、素敵なご家族だった」


 オーウェンが心から感動した様子で言う。


「お腹、まだちょっと苦しい......かも?」


 カリナがお腹をさすりながら呟く。


「自業自得だろう」


 オーウェンが笑う。


「僕、粉まみれになっちゃいましたけど......楽しかったな」


 セドリックが照れくさそうに笑う。髪には、まだ少し粉が残っている。


「セドリック君、まだ粉ついてるよ」


 ルイが笑いながら教えると、セドリックは慌てて髪を払った。


「み、みんなで笑って......こういう時間が、一番幸せだね」


 キオがしみじみと言うと、全員が「「「うん!」」」と頷いた。


『楽しかったな、キオ』


 シュバルツの声が、心の中で優しく響く。


『うん......本当に』


 馬車は、夕陽に照らされた道を、ゆっくりと学校へと向かっていく。


 窓から見える景色は、行きとはまた違って見えた。同じ風景なのに、心が温かいと、全てがより一層美しく見えるから不思議だ。


 キオは、膝の上に置いたクッキーの包みを優しく撫でた。


 今日の思い出が、宝物のように心に刻まれていく。


 友達と過ごす、かけがえのない時間。


 馬車が学校の門をくぐる頃、空は美しい茜色に染まっていた。


最後までお読みいただきありがとうございます。

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