第10話「再訪の約束」
週末の朝、キオは寮の部屋で机に向かっていた。窓から差し込む柔らかな秋の陽射しが、机に広げた上質な便箋を温かく照らしている。
これは、先日ベアトリスから受け取ったお茶の誘いに対する返事だった。
『ベアトリス様
お誘いいただき、ありがとうございます。
今度の休日、ぜひお茶をご一緒させていただければと思います。
楽しみにしております。
キオ・シュバルツ・ネビウス』
ペンを置き、キオはふぅ、と小さく息をついた。
『ベアトリスさんと、もっと仲良くなれたらいいな』
友達として、お互いを理解し合える関係を築いていきたい。そんな思いを込めて、キオは手紙を丁寧に三つ折りにし、封筒に入れて封をした。
その時、廊下から聞き慣れた足音が近づいてくる。軽やかだが、どこか品のある歩き方——オーウェンだ。
「キオ、いるか?」
コツコツ、と控えめなノックが響く。
「どうぞ、入って」
ドアを開けて入ってきたオーウェンは、いつもより心なしか明るい表情をしていた。キオの手にある封筒に気づく。
「ベアトリスへの返事か?」
「うん。お茶の誘い、楽しみにしてるよ」
「そうか。良かった。ベアトリスも喜ぶだろう」
オーウェンはそう言うと、窓際の椅子に腰掛けた。窓の外に広がる校庭の景色を見ながら、少し考え込むような表情を見せる。
「君は本当に、誰とでも真剣に向き合うな」
「え?」
「ベアトリスとも、きちんと友達になろうとしている。そういう姿勢が、君の良いところだと思うよ」
オーウェンの言葉に、キオは少し照れくさそうに笑った。
「そんな大げさな......」
「いや、本当だ。だから君といると、いつも新しい視点を教えられる気がするよ」
そして、オーウェンの表情がぱっとさらに明るくなった。
「実は、嬉しい知らせがあるんだ!」
目を輝かせるオーウェンに、キオも「何?」と先を促す。オーウェンは少しドヤ顔で、得意げに話し出した。
「ルイから連絡があった。ご両親と相談した結果、僕たちをお店に招待してくれることになったそうだ!」
今度はキオの目が輝く番だった。7年前の、あの温かい記憶が鮮やかに蘇ってくる。
「本当!?」
「ああ。来週の休日、みんなでルイの実家に行こう!」
キオの胸が、じんわりと温かくなった。あの優しいアンナさんとトーマスさんに、また会えるのだ。
『友達の家に遊びに行くなんて、いつぶりだろう......。それに、またルイの家族に会えるなんて、本当に嬉しいな』
翌週の休日の朝。
学校の正門前には、約束通り5人の姿があった。爽やかな秋風が頬を撫でていく。校庭の木々は美しく紅葉し、赤や黄色の落ち葉が風に誘われてひらひらと舞い踊っていた。
「みんな、おはよう!」
カリナが元気よく手を振る。今日は休日らしく、明るい黄色のブラウスにブラウンのフレアスカートという組み合わせだ。その健康的な褐色の肌によく映えて、とても美しい。
「おはようございます」
ルイも微笑みながら挨拶した。いつもの学生服とは違い、淡いブルーのワンピース姿だ。落ち着いたグレーの髪とのコントラストが美しく、キオは微笑ましく思った。
『ルイって、本当に可愛いな......』
まるで大切な妹を見ているような、そんな優しい気持ちが湧いてくる。
「おはようございます、キオ様、オーウェン様」
セドリックも丁寧に頭を下げる。彼もいつものようなガチガチの緊張はなく、どこか楽しみにしているような柔らかい表情だった。
「そうだ! 今日は『様』なしでいこう」
突然のオーウェンの提案に、セドリックは「えっ!?」と困ったような顔をした。
「で、でも、それは......」
顔を赤くして、慌てて両手をぶんぶんと振る。平民として生まれ育った彼にとって、高貴な身分の二人を敬称なしで呼ぶなど、考えられないことだった。
「いいね。僕も同じ意見だ。せっかくだから、友達として過ごしたいからね」
キオもにこやかに同調したが、ルイとセドリックは依然として遠慮がちだ。
「そんな......お二人の身分を考えると、そう簡単には......」
ルイが戸惑いながら言う。両手を胸の前で組み、困ったように眉をひそめている。
「別にいいんじゃない? 呼び捨てにしろって言ってる訳じゃないし、キオ君とかオーウェン君とか呼べばいいじゃん」
あっけらかんとした様子のカリナに、オーウェンも「そうだ、カリナの言う通りだ!」と乗っかる。
「僕......友達にそう呼ばれるの、憧れてたんだよね......」
キオがわざとらしく目をうるっと潤ませ、子犬のように二人を見つめると、ルイとセドリックもついに折れた。
「それなら......キオ君、オーウェン君」
ルイが、まだ少し控えめに呼んでみる。その声は小さいが、確かに親しみが込められていた。
「うん、それがいいね」
さっきまでの涙は何処へやら、キオはケロッと嬉しそうに笑う。その変わり身の早さに、ルイもセドリックも苦笑しつつ、照れくさそうに笑った。
「じゃあ僕も、キオ君、オーウェン君って呼ばせてもらうね」
セドリックも、ようやく肩の力が抜けた様子で同意した。
その時、彼らの後ろから凛とした低い声がかかった。
「オーウェン様、準備ができました」
振り返ると、そこには見慣れない30代ほどの男性が一人、音もなく立っていた。短く整えられた紅い髪に、鋭い目つき。軍人らしい隙のない立ち姿と、常に周囲を警戒する視線から、只者ではないことが一目で分かる。
「ああ、ありがとう。みんな、紹介するよ」
オーウェンが友人たちに向き直る。
「こちらはマーカス・ロート・ブレイズ。普段は騎士として王国を守っているんだが、今日は護衛として同行してもらうことになった」
「初めまして。マーカス・ロート・ブレイズと申します」
近衛騎士であるマーカスが、丁寧にお辞儀をする。その紅い髪がロート一族の出身であることを物語っていた。声は低く落ち着いているが、どこか威圧感も漂う。
「よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします!」
キオたちも慌てて挨拶を返した。特にセドリックなどは、本物の近衛騎士の存在に圧倒されて、声が少し震えている。
「王族が学校外に出る時の規則なんだ。特に遠出をする時は必須でね。すまないな、堅苦しくなって」
オーウェンが申し訳なさそうに説明する。
「皆様の楽しい一日にご迷惑をおかけして申し訳ありません」
マーカスも深く頭を下げた。
「できる限り目立たないよう配慮いたします」
その職業的でありながら誠実な態度に、ルイたちも少し安心したようだ。
「いえいえ、全然大丈夫です!」
ルイが慌てて手を振る。
「そうですよ。むしろ、護衛の方がいらっしゃると安心できます」
キオのその言葉に、マーカスもほんの少しだけ口元を緩め、優しげに微笑んだように見えた。
隣町への道のりは、馬車でおよそ1時間ほどの距離だった。馬車の中は、和やかな雰囲気に包まれていた。
窓から流れていく景色は、のどかな秋の田園風景だ。収穫を終えた広大な麦畑、鮮やかな赤や黄色に色づいた木々。遠くに見える山並みも、美しい紅葉で染まっている。穏やかで、どこまでも美しい光景だった。
「ルイ、ご両親はどう言ってた?」
キオが尋ねる。
「伝言鳥で連絡したんですけど、とても喜んでくれました」
(伝言鳥は遠隔地の相手と即時音声通信を行うための魔法の鳥。現代における「電話」の役割を担う)
ルイが柔らかく微笑む。その表情には、家族への深い愛情が滲み出ている。
「特にお母さんは、キオ君がまた来てくれるって聞いて、すごく嬉しそうだった」
ルイはオーウェンにも笑顔を向ける
「それに、オーウェン君のことも『ルイの大切なお友達なら、大歓迎よ!』って」
「素晴らしいご両親だな。本当に感謝しかない」
オーウェンが素直に感心する。王族として育った彼にとって、そのような垣根のない率直さは新鮮だった。
「でも、本当に大丈夫だったの? 王族が来るって伝えたら、お父さんとお母さん、すごく緊張しそうだけど」
カリナの素朴な疑問に、ルイは頷きながら苦笑した。その時の両親の慌てぶりを思い出しているようだ。
「最初はそれはもう、びっくりしてたよ。お父さんなんて、『王族の方がうちみたいな小さな店に......』って、何度も同じことを繰り返してて」
その様子を想像して、みんながくすくすと笑う。
「でも、キオ君のお話をしたら、『あの優しい坊やの友達なら、きっと良い方に違いない』って、笑って言ってたよ」
「トーマスさん......」
キオが嬉しそうに呟く。改めて、胸の奥が温かくなる。
「あの時のことは、両親もよく話題に出すことがあったんだ。『困っている子を助けるのは当然だけど、あの子は本当に礼儀正しくて、優しい子だった』って。それで、『きっと立派な青年に成長しているに違いない』って、二人とも凄く楽しみにしてたよ」
その言葉に、キオは満面の笑みを浮かべた。
『ああ、お二人に会うのが本当に楽しみだ』
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