第8話「ベアトリスの提案」
秋も深まり、木々の葉が赤や黄色に美しく色づき始めた頃。キオは、穏やかな朝の光が差し込む廊下を教室に向かって歩いていた。
窓から差し込む柔らかな陽光が、磨かれた石造りの床に淡い影を落とす。窓の外に見える中庭の木々も、鮮やかに染まっている。
教室のドアを開けると、すでにクラスメイトが何人か集まり、朝の静かなざわめきが満ちていた。キオは日当たりの良い窓際の空席を見つけ、そっと腰を下ろした。
カバンを足元に置こうとした、その時――。
開いていた窓から、一羽の小さな赤い小鳥が、まるで一筋の炎のように室内へ飛び込んできた。
クラスメイトたちの小さな驚きの声が上がる中、その小鳥はキオの席までまっすぐ飛んでくると、彼の目の前で優雅にホバリングした。
「え......?」
キオが戸惑いながら見つめると、小鳥はくわえていた一通の手紙を、そっとキオの前の机の上に置いた。
そして次の瞬間、赤い小鳥はぱっと明るい焔となり、燃え尽きるように跡形もなく消えてしまった。
「......今の、魔法伝書?」
周囲の生徒が小さくささやき合う中、キオは机の上に残された一つの綺麗な封筒に目を落とした。
上質な紙で作られた、淡いピンク色の封筒。そこには薔薇の刻印が施された封蝋が、朝日を受けてきらりと光っている。
『何だろう......』
そっと手に取り、封を開ける。中には、流れるような丁寧な筆跡で書かれた招待状が入っていた。
【週末のお茶会へのご招待】
拝啓
秋晴れの候、皆様におかれましてはますますご清祥のこととお慶び申し上げます。
この度、週末に貴族御用達サロン「ローズガーデン」にて、ささやかなお茶会を開催する運びとなりました。ぜひ、ご参加くださいますようお願い申し上げます。
日時:今週末 午後2時より
場所:ローズガーデン(貴族街)
敬具
レナ・ロート・カルメン
キオは招待状を読み終えると、複雑な思いで小さく息を吐いた。
『貴族だけのお茶会......か』
そっと周りを見渡せば、他の貴族の生徒たちも同じような招待状を手にしている。エルヴィンが嬉しそうに封筒を開けている姿も見えた。
でも、ルイやセドリックには、その封筒はない。
『......』
キオの胸が小さく痛んだ。学校では身分関係なく、みんな友達として過ごしている。でも、一歩学校の外に出れば違うのだ。貴族御用達のサロンには、平民は入れない。それが、この世界の厳然たるルールだった。
『わかってた......はずなのに......』
大人だった記憶を持つ自分は、頭ではこの世界の身分制度を理解している。けれど、理解することと、心が納得することは別問題だった。
「おはよう、キオ」
不意にオーウェンの声が聞こえ、振り返ると彼も同じ封筒を手にしていた。
「おはよう、オーウェン。君も招待されたんだね」
「ああ。レナが主催のお茶会か」
オーウェンは招待状を一瞥し、キオの沈んだ表情に気づき、少し眉を寄せた。
「どうした? 何か気になることでも?」
「うん......これ、どうしようか迷ってて」
キオは正直に答えた。オーウェンは少し考え、自分の席の椅子を引きながら続けた。
「僕は、一度は行った方がいいと思う」
「え?」
「貴族のお茶会がどういうものか、知っておくべきだ。君も、確かお兄さんに連れられて社交界のパーティーには行ったことがあるんだろう?」
「うん。でも、あれは大人たちの集まりで......」
キオは頷いた。ネビウス家の長男であるセクに連れられて行った社交界のパーティーは、緊張の連続だった。大人の貴族たちが集まる場で、セクから「自慢の弟だ」と紹介され、ひたすら礼儀作法を守り、当たり障りのない会話を続ける。
それは勉強にはなったが、正直ひどく疲れる経験だった。
「同級生だけのお茶会は、初めてなんだ。正直、どう振る舞えばいいのか......」
「だからこそ、経験しておいた方がいい」
オーウェンは真剣な表情で言った。
「君は将来、否が応でも貴族社会と関わっていく。知らないより、知っている方がいい。それに、レナは悪い子じゃない。きっと、楽しい会になると思うよ」
「確かに......オーウェンの言う通りだ」
キオは小さく頷いた。オーウェンの助言は正しい。貴族社会を知ることは、将来のためにも必要だ。
でも......。
『僕だけ貴族の集まりに行くのは......』
どうしてもルイたちのことを考えてしまう。彼らは招待されていない。それは貴族である自分と平民であるルイたちとの違いなのだから、当然のことではある。でも、どこか後ろめたさを感じてしまうのだ。
「キオ」
オーウェンが、キオの葛藤を察したように優しい声で続けた。
「君の気持ちはわかる。でも、これは経験だ。君が貴族の集まりを知ることで、将来的には身分を超えた関係を築く手助けになるかもしれない」
「身分を超えた関係を築く手助け......?」
「君は無意識に『貴族』に対して、壁を作ってしまっている。確かに貴族社会は色々あるが、そこだけを見て全てを判断するのは、よくないんじゃないか? それは偏見で平民を見てる貴族と同じことなんじゃないか?」
「!」
キオは目を丸くして驚いた。
自分は無意識に、貴族と言うだけで言葉の裏には何かあると疑って、聞く耳を持っていなかったのだと気付かされたからだ。
「......そうだね」
キオはゆっくりと息を吐いた。オーウェンの言葉は、いつも的確で、迷いを払ってくれる。
その時、教室の入り口が静かに開いた。
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