第7話「それぞれの魅力(3)」
席に戻ってきた二人を、キオは笑顔で迎える。
「カリナ、セドリック、お疲れ様」
「楽しかったわね!」
カリナは弾んだ声で答えた。
「き、緊張したけど、噛まずに喋れました......!」
セドリックは額の汗を手の甲で拭いながらも、その顔は達成感で輝いていた。
授業終わりのチャイムが鳴り、生徒たちが次々と教室を出ていく。雑然とした喧騒が戻ってきた。
エルヴィンは、まだ席に座ったままだった。
机の上には、開かれたままのノート。膨大な量の、歴史の記録。誰にも読まれることのなかった、知識。
「......っ」
小さく、息を吐く。
ふと窓の外を見る。中庭では、六人が楽しそうに歩いている姿が見えた。カリナが何か話している。みんなが笑っている。その光景が、やけに遠くに感じる。
エルヴィンは、ノートをゆっくりと閉じた。
立ち上がろうとして——また、座り直す。
しばらく、そのまま動かなかった。
「フォルケ君、次の授業に遅れるよ?」
残っていた友人の声に、はっと顔を上げる。
「......ああ、今行く」
ノートを乱暴に鞄にしまう。その手つきは、いつもより少しだけ、荒々しかった。
昼休みになると、六人はごく自然に連れ立って食堂へ向かった。これまでキオとオーウェンは貴族の生徒たちと食事をすることが多かったが、今日は違った。それぞれサンドイッチを買い求めると、日差しの心地よい中庭へと足を運ぶ。
「今日の授業、カリナの歌声は本当にすごかったね」
ベンチに腰掛けてサンドイッチを頬張りながらキオが言うと、カリナが照れくさそうに笑った。
「ありがとう! でも私の故郷では、みんな当たり前に歌えるのよ。そんな大したことじゃないわ」
「謙遜する必要はない。様々な音楽を聴いてきたが、あれほど自然で美しい声は滅多にない」
オーウェンが素直な感想を述べると、カリナは照れ隠しなのか、その場でくるくると踊り始めた。
「カリナの故郷の歌、私にも教えてくれる?」
ルイが興味深そうに尋ねると、カリナはぱっと彼女の手を取り、踊りに誘った。
「もちろん! 歌だけじゃなくて、踊りも一緒に教えてあげる!」
楽しげにステップを踏むカリナに、ルイは最初は戸惑いながらも、やがて弾けるような笑顔を見せる。中庭の柔らかな芝生の上で、二人の楽しそうな声が響く。その微笑ましい光景を、キオたちは穏やかな気持ちで見守っていた。
その日の放課後、キオは一人で図書館に向かった。宿題を片付けつつ、静かな場所で少し考え事をしたい気分だった。
埃っぽい古い本の匂いが満ちる静寂の中、席を探していると、同じようにやってきたセドリックとばったり会った。
「あ、キオ様」
「セドリック。君も勉強?」
「はい。数学がちょっと......。ルーベン先生、少し怖いですし......」
二人は顔を見合わせて、思わず苦笑いする。
「よかったら、一緒にやろうか」
「ありがとうございます!」
窓際の同じ机に向かい、それぞれ課題を広げる。羽ペンが羊皮紙をこする音だけが静かに響く。
しばらくして、セドリックが遠慮がちに口を開いた。
「あの......キオ様は色々なことをご存知ですが、いつもどうやって勉強されているんですか?」
「うーん、本を読んだり、実際に試してみたり、かな。セドリックはどうしてる?」
「僕は......毎晩机には向かってるんですけど......なかなか頭に入らなくって......」
しゅん、と肩を落とすセドリックに、キオは優しく微笑んだ。
「今度、おすすめのハーブティーを持ってくるよ。リラックスできるし、頭がすっきりするから、僕もよく飲んでるんだ」
「えっ、いいんですか? 嬉しいです!」
そんな風に言葉を交わしながら、二人は宿題の合間に様々な魔法について語り合った。
友人たちと共に学び、共に成長していく。これこそが、キオがずっと求めていた学校生活そのものだった。
窓から差し込む西日が、図書館の棚に並ぶ古い本の背表紙を金色に照らしている。その光景を眺めながら、キオは満ち足りた気持ちで静かに微笑んだ。
夕暮れ時、図書館を出ると、セドリックが少し恥ずかしそうに言った。
「今日は一緒に勉強してくださって、ありがとうございました」
「こちらこそ。また一緒にやろう」
キオが微笑むと、セドリックも嬉しそうに力強く頷いた。
寮へと続く石畳の道を歩きながら、キオは今日一日の出来事を一つひとつ思い返していた。
カリナの歌声、セドリックの成長、みんなとの楽しい時間......
『みんなと一緒にいる時間は、すごく心地いいな......』
思わず笑みがこぼれる。カラスが鳴く声が遠くに聞こえる。夕暮れの涼しい風が、心地よく頬を撫でていった。
『キオ』
『シュバルツ......みんな、すごく素敵だよね』
『そうだな。みんな違ってみんないい、というやつか?』
『詩の一節だっけ? でも、そうだね。その言葉通り、みんな違ってみんないい』
『明日も楽しみだな』
『うん、明日も楽しみだね』
明日は何を知れるのだろうか、そんなドキドキを胸に、キオの足取りは自然と軽やかになっていた。
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