第6話「オーウェンという少年(3)」
昼食時、生徒たちの楽しげな話し声と食器の触れ合う音が満ちる食堂の片隅で、オーウェンとキオはテーブルを囲んでいた。二人の周りだけ、少し空気が違うように静かだ。
「さっきのルイの家の話だが......」
オーウェンがふと、真面目な顔で切り出した。
「もちろん、お店の料理も気になるが、それ以上に、君たちと一緒に過ごしたいという気持ちが強いんだ」
その言葉に、キオは少し目を丸くする。
「そうなの?」
「ああ。実は......王族という立場は、人が思う以上に孤独でね」
オーウェンは、スープのスプーンを止め、少し遠くを見るようにして寂しげに笑った。
「常に大勢の人に囲まれてはいるが、本当に心を許せる相手は......なかなかいない。どうしても、僕の立場を意識して接してくる人が多いから」
その言葉は、キオ自身の境遇と重なるものがあった。
「僕も......似たようなことを感じることがある」
キオも、自分の胸の内を明かすように静かに答えた。
「そうだろうな。シュバルツ一族、しかもネビウス家という立場は、僕が背負うものと同じような重さがあるはずだ」
オーウェンは深く頷く。
「だから、君となら自然に友達になれると思ったんだ。お互いの立場を理解し合える相手として」
その言葉に、キオの胸がじわりと温かくなった。
「僕も、オーウェンと話しているとすごく楽だよ。気を遣いすぎることなく、自然体でいられる」
「それは嬉しい。僕も同じ気持ちだ」
オーウェンは、心からの笑みを浮かべた。
「今の生活は、本当に充実しているよ」
その言葉に、キオも静かに頷いた。
「僕も......。一緒に勉強したり、こうして他愛ない話をしたり......前世で......いや、昔からずっと憧れていた生活が、今ここにある気がするよ」
呟くようなその声に、オーウェンが聞き返す。
「ん?何か言ったか?」
首を傾げるオーウェンに、キオは「しまった」と内心焦りながら、慌てて笑顔を作った。
「あ、えっと......昔読んだ小説の主人公たちみたいな、理想の学生生活を送れて嬉しいなって、つい」
「へぇ。それは魅力的な小説なんだな。今度、ぜひ教えてくれ」
オーウェンが納得したように頷くと、「とはいえ......」と話を戻した。
「お店の件は、本当に無理強いするつもりはない。ルイに気まずい思いはさせたくないからね」
「ありがとう。そういうオーウェンの気遣いができるところ、僕は好きだよ」
「そうだろ?」
オーウェンがフフンと得意げに、胸を張ってみせた。
そのおどけた表情に、キオは思わず吹き出してしまった。
二人の自然な笑い声が、食堂の片隅で響いていた。
午後の授業が終わり、傾きかけた太陽が廊下に長い影を落としている。キオが一人で寮へ戻ろうと歩いていると、前からエルヴィンが近づいてきた。他の貴族生徒たちも一緒だ。
「ネビウス様、ごきげんよう」
エルヴィンが恭しく頭を下げる。
「やぁ、フォルケ君。どうしたんだい?」
キオが穏やかに応じると、エルヴィンは丁寧な口調で言った。
「今日の授業での虹の魔法、素晴らしかったです」
「ありがとう。でも、あれは昔読んだ本の知識を試しただけで......」
「いえいえ、素晴らしいですよ。それに、午前中のハプニングでの対応も見事でした」
エルヴィンは続ける。
「殿下と共に、本当に優しい方なのですね」
その言葉は丁寧だが、その瞳は笑っておらず、じっとキオの真意を探るような視線を向けている。
「僕はただ、できることをしただけです。それに、エドガーは真面目に頑張っていたんだから」
キオが答えると、エルヴィンは一瞬、何かを考えるように目を伏せた。
「......そうですか」
そして、少しだけ間を置いて言った。
「殿下も、ネビウス様も......全ての生徒に対して、分け隔てなく接していらっしゃる」
その言葉に、何か引っかかるものを感じるキオ。
「それが普通だと思うけど」
「普通......ですか」
エルヴィンは、まるで珍しい生き物でも見るかのように、小さく笑った。
「ネビウス様は本当に......特別な方ですね」
その言葉が褒め言葉なのか、それとも別の意味を含んでいるのか、キオにはわからなかった。
「それでは、また」
エルヴィンたちが去った後、キオは足を止め、小さくため息をついた。西日が、彼の足元に濃い影を作っていた。
『貴族社会は、やはり複雑だ......』
その夜、キオは寮の自室の窓辺に立ち、冷たい夜気に触れながら星空を眺めていた。
星が、夜空に美しく輝いている。
『キオ』
シュバルツの落ち着いた声が、心に響く。
『今日はどうだった?』
『今日も充実した一日だったよ』
キオは窓の外の星空を見上げながら答えた。
『水をかぶったことも、オーウェンを見た令嬢たちの反応も、オーウェンとの会話も......全部、楽しかった』
『ふふふ、お前らしいな』
シュバルツの楽しげな声に、キオも笑みをこぼす。
『オーウェンも、本当は寂しかったんだな』
『ああ。だからこそ、お前という友人ができて、彼も喜んでいると思うぞ』
シュバルツの温かい声に、キオは小さく頷いた。
『カリナは本当に明るいし、ルイは優しい。セドリックも真面目でいい子だ』
『ああ。良い友人たちだ。大切にしろ』
『うん。大切にするよ』
キオは心からそう思った。
『でも、エルヴィンのあの言葉......少し気になるな』
『気にするな。お前は、お前らしくあればいい』
『そうだね』
窓の外の星が、まるで励ますように瞬いた。
「明日も、みんなと一緒に過ごせる」
その事実が、キオを幸せな気持ちにさせる。
「おやすみ、シュバルツ」
『おやすみ、キオ』
夜空色の髪を持つ少年は、穏やかな気持ちで眠りについた。友人たちとの楽しい日々、そして少しずつ深まっていく友情。
キオの青春は、確かに前に進んでいた。
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