第6話「オーウェンという少年(2)」
教室が、水を打ったように静まり返る。
そして――
「何をやってるんだ!」
「殿下とネビウス様に!」
「無礼にもほどがある!」
貴族の生徒たちから、鋭い怒りの声が飛んだ。
エドガーは顔を真っ青にし、震える声で叫んだ。
「も、申し訳ございません!!殿下、ネビウス様!!」
頭を深々と下げて、今にも泣きそうな表情だ。
教室中の視線が、エドガーと、ずぶ濡れになった二人に集まる。
周りの生徒たちも口々にエドガーに言葉をなげつけた。エドガーは真っ青を通り越して真っ白な顔をしており、今にも倒れてしまいそうであった。
その時――
「大丈夫だよ、わざとじゃないんだから」
キオが、髪から滴る水を払いながら、穏やかに笑った。
「ああ、ただの事故だ。気にするな」
オーウェンも優しく微笑む。
二人とも、まったく怒っている様子はない。むしろ、この状況を楽しんでいるようですらある。
その瞬間、教室の張り詰めた空気が一気に変わった。
水に濡れた金色の髪が、窓から差し込む朝日を受けてダイヤモンドダストのようにキラキラと輝いている。オーウェンが、鬱陶しそうに濡れた前髪をかき上げる。その仕草があまりに絵になりすぎていて
「「はぁ......」」
令嬢たちから、熱に浮かされたような、小さなため息が漏れた。
「オーウェン様、素敵......」
「濡れててもかっこいい......」
「むしろ、麗しいわぁ......」
そして、キオもまた、夜空色の黒髪が水を吸って艶やかに光っていた。透けるような白い肌を、水滴が一筋、首筋へと伝う。その姿はどこか中性的で、目を奪うような色っぽさがあった。
「きゃっ」
「キオ様も…」
「なんて美しいの…」
令嬢たちが頬を染め、キャッキャとささやき合っている。
キオは濡れているオーウェンを見て、思わずクスリと笑った。
「オーウェン、なんだかキラキラしてるよ」
「君もね」
二人の自然なやり取りに、教室中が和やかな空気に包まれる。
その時、顔を真っ赤にしたルイが、先生から受け取ったタオルを持って駆け寄ってきた。
「キ、キオ様…これ、どうぞ…」
恥ずかしそうに目を逸らしながら、真っ白なタオルを差し出す。
「ありがとう、ルイ」
キオが優しく微笑むと、ルイの顔がさらに赤くなった。
同じように、カリナも笑いをこらえきれない様子で、先生から受け取ったタオルをオーウェンに渡す。
「オーウェン! はい、タオル!」
「ありがとう、カリナ」
「それにしても、二人とも濡れちゃったね!」
カリナはニコニコしながら言った。
「オーウェン、すっごいキラキラしてて、王子様みたい!」
その言葉に、オーウェンはさわやかな笑顔を見せた。
「王子だからね」
完璧な王子様スマイルで、片目をつぶって見せる。
それに――
「「きゃあああああ!!」「」
今度はもう、ため息ではなかった。令嬢たちから歓喜の悲鳴が上がった。
「王子様......!」
「素敵......!」
教室が一気に華やいだ雰囲気に包まれる。
一方、貴族の男子生徒たちは、ほっと安心の息を吐いていた。
「殿下とネビウス様が怒っていないなら......」
「さすがお二人とも、器が大きい」
平民の生徒たちも安心した様子で、ぼそぼそと話している。
「オーウェン様、優しい......」
「キオ様も本当に穏やかな方だ」
「あんなにかっこよくて優しいなんて......」
そんな中、シュトゥルム先生がわざとらしく大きく咳払いをした。
「コホン! では、授業を再開します」
先生は杖を軽く振り、教室にふわりと温かい風を吹き抜けた。まるで春の日だまりのような心地よい風が、オーウェンとキオの濡れた制服を包み込み、みるみるうちに乾かしていく。
「おお!」
「すごい!」
「魔法って便利だなあ」
生徒たちから感嘆の声が上がる。
服が乾いた後、エドガーが改めて二人の元へ駆け寄り、深く頭を下げた。
「本当に申し訳ございませんでした」
「本当に大丈夫だよ。むしろ、楽しかったくらいだ」
キオが笑顔で答えると、オーウェンも頷いた。
「ああ、いい思い出になった」
その言葉に、エドガーもようやく笑顔を取り戻した。
「ありがとうございます......」
授業は何事もなかったかのように続き、教室には再び穏やかな空気が流れ始めた。
授業が終わり、休み時間になると、いつものようにルイたちのグループが集まってきた。
「さっきは面白かったわね!」
カリナがまだ思い出し笑いをしながら、けらけらと笑う。
「本当に大丈夫でしたか…?」
ルイがまだ心配そうに尋ねる。
「お二人とも、本当に優しいです」
セドリックも感心したように言った。
「こういう事故は誰にでもあるからな」
オーウェンが穏やかに答える。
「それに、エドガーは真面目に頑張っていたんだ。応援したいよ」
キオの言葉に、みんなが頷いた。
「そういえば」
カリナがパンッと手を叩いて話題を変えるように言った。
「ルイの実家の『リンネル洋食屋』って知ってる?」
「ああ、前にキオから聞いたよ」
オーウェンが答える。
「私、入学前に行ったんだけど、すっごく美味しかったのよ!」
カリナが目を輝かせて言うと、オーウェンが「ほう」と興味を示した。
「へえ、それは素晴らしい。ぜひ訪問してみたいな」
その言葉に、ルイは戸惑いながらも、嬉しそうな表情を浮かべた。
「え、でも…オーウェン様が私のような者の小さなお店に…」
ルイが信じられないといった様子で恐縮する。
「キオの大切な思い出の場所で、君の家族が営んでいるお店なんだろう?僕も見てみたい。できるなら…君たちと一緒にね」
オーウェンのその言葉に、その場にいた全員が驚いて彼を見た。
「君たちと一緒なら、きっとすごく楽しい時間になる」
「もちろん楽しいに決まってるじゃない!」
カリナが元気よく言うと、オーウェンも嬉しそうに笑った。
「でも急に決めるのは難しいよね」
キオがすかさずルイを気遣う。
「王族が訪問するとなれば、ご両親にとっても一大事だろうし、お店の準備とか、色々と大変だと思うから」
「そうですね…父や母とも相談しなければ……」
ルイが恐縮しながら答える。
「もちろんだ。ご家族で相談してもらって、もしご迷惑でなければ、という話だから」
オーウェンも穏やかに頷いた。
「君たちに無理をさせたいわけじゃない。ただ、友達として一緒に過ごせたら嬉しい。そう思っただけなんだ」
その言葉に、セドリックがハッとしたように呟いた。
「友達…として…」
「ああ。もちろん立場上の配慮は必要になるだろうが、僕は君たちを友達だと思っているよ」
オーウェンの率直な言葉に、ルイもセドリックも、胸を打たれたような温かい表情をしていた。
「私からも、両親にお願いしてみます」
ルイが決意を込めて言った。
「お返事が来ましたら、改めてご連絡します」
「ありがとう。楽しみにしているよ」
授業開始のチャイムが鳴るまで、彼らの周りには和やかな空気が流れ続けていた。
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