第6話「オーウェンという少年」
朝の教室は、生徒たちの和やかな話し声に満ちている。窓から差し込む柔らかな朝日が、教室の床に光の筋を描き、空気中の細かな埃をきらきらと輝かせていた。
キオは昨日の勉強会のことを思い出し、胸に広がる満ち足りた気持ちで自分の席についた。みんなで知恵を出し合い、教え合った時間は、想像していた以上に楽しく、有意義なものだった。
「おはよう、キオ」
隣の席のオーウェンが、鞄を置きながら柔らかな声で話しかけてきた。
「おはよう、オーウェン」
「昨日の勉強会、本当に充実していたな。あんなに夢中になって誰かと話したのは久しぶりだ」
オーウェンの言葉には気負いがなく、その飾らない態度にキオは心地よさを感じていた。
「僕もだよ。君の実践的なアドバイスはすごく勉強になった。特に、魔法を『育てる』っていう考え方には感心したよ」
「そう言ってもらえると嬉しいな」
オーウェンは少年らしく、からからと明るく笑った。
「勉強があんなに楽しいなんて、初めてだった」
その屈託のない笑顔の奥に、キオは一瞬、ほんのわずかな寂しさの影を見た気がした。
「昨日のような時間は僕にとって本当に貴重だった。君やルイ、セドリック、カリナと一緒に過ごせて、心から楽しかったんだ」
オーウェンの真っ直ぐな気持ちに、キオの胸も温かくなった。
「僕も同じだよ。こんなふうに自然に話せる友達ができて、本当に嬉しい」
二人が顔を見合わせて微笑んだ、その時だった。
授業開始のチャイムが、澄んだ音色で校内に鳴り響いた。
教室のざわめきがすっと静まり、シュトゥルム先生の魔法理論の授業が始まる。
落ち着いた雰囲気の先生は、今日も穏やかながらも芯のある声で語り始めた。
「今日は、水の魔法と光の魔法の基礎について学びます」
先生が杖を軽く振ると、空中に透明な水の球が浮かび上がった。よく見ると、その球の中では水が静かに流れている。まるで小さな湖が空中に浮かんでいるかのようだ。
「水の魔法は、最も基礎的でありながら、最も応用範囲の広い魔法の一つです」
そして、もう一度杖を振ると、水の球に光の魔法を纏わせた。すると、流れる水の表面が湖面のようにきらきらと光り始める。陽の光を受けて、まるで無数の宝石が散りばめられたような美しさだった。教室の床や壁には、水面の反射光がゆらゆらと揺らめいている。
「「「おお......」」」
生徒たちから、思わず感嘆の声が上がる。
「水と光を組み合わせると、このように美しい現象が起きます。これは、光が水の中を通る際に屈折し、分散するためです」
シュトゥルム先生の静かな説明に、生徒たちは真剣な眼差しで聞き入っている。
「では、皆さんも実際に水の球を浮かべてみましょう。まずは小さな球で構いません」
教室のあちこちで、生徒たちが水の魔法に挑戦し始める。
カリナは真剣な顔で水の球を浮かべようとするが、どうにも集中が続かないようだ。
「うー、火の方が得意なのに......」
小さく呟きながらも、諦めずに挑戦を続けている。
セドリックは真面目に取り組んでいるが、魔力が安定しないのか、水の球が少し歪んでいる。
「もう少し......こう、丸く......」
ルイは静かに集中し、小さいながらも綺麗な球を作り出していた。その真剣な横顔に、キオは微笑ましさを感じる。
オーウェンは持ち前のセンスか、すぐに安定した水の球を浮かべることに成功していた。
そして、キオの番。
キオは杖を構え、魔力を集中させる。小さな水の球が、空中にふわりと浮かび上がった。
その時、ふと、前前世の記憶が鮮やかに蘇った。
『そういえば、光の屈折と反射で虹ができるって......小学校の理科で習ったな』
プリズムの実験。水に光を当てると、七色に分かれる。あの不思議な現象。
『もしかして、この世界でも同じ原理が......』
好奇心に動かされ、キオは試しに、水の球に光の魔法を当ててみることにした。
まず、光の魔法を発動させる。柔らかな光が、水の球に向かって放たれる。
そして、杖先を微かに動かし、角度を少しずつ調整する。光の強さも、微妙に変えていく。
すると――
水の球がプリズムのように光を捉え、その内部に鮮やかな七色の光の帯が浮かび上がった。
それだけではない。光は球を透過し、キオの足元の床に、くっきりと美しい虹色の弧を描き出したのだ。
「おお!」
教室中が息を呑むのが、音で聞こえるようだった。
生徒たちの視線が一斉にキオに集まった。
「これは......」
シュトゥルム先生が、その虹を冷静に観察しながら、感心したように言った。
「水の屈折を利用したものですね。素晴らしい。ネビウス君、どうやってこれを?」
「あ、いえ、昔読んだ本で光の性質について学んだことを思い出して......その通りにやってみただけです」
キオは謙遜しながらも、内心では驚いていた。
『前前世の理科の知識が、こんな形で役立つとは』
「見事です。皆さん、よく見てください。これが、魔法と自然の法則が調和した姿です」
先生の言葉に、生徒たちは改めてキオの作り出した虹を見つめる。
教室の床に映る七色の光が、まるで生きているかのように揺れていた。
その美しさに、誰もが言葉を失っていた。
そんな中、一人の貴族の少年が、キオの成功に強く刺激されていた。
エドガー・グリューン・ショーマン。緑髪の、真面目そうな少年だ。
「僕だって......キオ様のように綺麗な魔法を......!」
エドガーは杖を強く握りしめ、魔力を集中させた。
水の球が空中に浮かび上がる。しかし、緊張と焦りのせいか、その球は不安定に揺れ始めた。
「ん......?」
エドガーの顔に焦りの色が浮かぶ。
魔力のコントロールがうまくいかない。水の球が、どんどん歪んでいく。
「あっ......やばい!」
エドガーの悲鳴のような声が響く。その瞬間――
バシャッ!
エドガーの水の球が大きく弾け、水しぶきが、まるでスローモーションのように宙を舞った。
そして、その冷たい水が、ちょうど近くにいたオーウェンとキオの頭から降り注いだ。
「わっ!」
「うわっ!」
制服が肌に張り付く冷たさに、二人は思わず声を上げる。あっという間に、ずぶ濡れになってしまった。
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