第5話「勉強会と新しい発見(3)」
ひとしきり話が盛り上がった後、少し言いにくそうにセドリックが口を開いた。
「僕は、魔力量があまり多くないから......効率的な魔法の使い方を覚えたいんです」
キオが答えようとするより先に、オーウェンが静かに話し始めた。
「セドリック、その気持ちはよくわかる。実は僕も、生まれつき体が弱くてね。長時間の魔法行使は苦手なんだ。だから、効率的な魔法については随分と研究してきた」
「えっ!? オーウェン様も、ですか?」
セドリックだけでなく、キオたちもわずかに目を見開いた。完璧に見える王子にも、人知れぬ悩みがあるのだ。
「ははは、僕も人の子だよ」
オーウェンは親しみを込めて笑い、続けた。
「王族だからといって、すべてが恵まれているわけじゃない。僕の場合、魔力量は人並み以上にあるが、その魔力の負荷に耐えるだけの体力がない。だから、いかに少ない負担で、短時間で最大効果を発揮するかを考え抜く必要があったんだ」
オーウェンの手のひらに、光の玉が現れる。それはキオのものとはまた違い、まるで磨かれた水晶のように一点の揺らぎもなく、静かで力強い光を放っていた。
「コツは、魔法を『かける』のではなく『育てる』イメージを持つことだ。最初にほんの小さな魔法の種火を作り、それを少しずつ大きく育てていく。急激に魔力を使わないから、身体への負担も格段に少ない」
セドリックは、まるで希望の光を見つけたかのように目を輝かせている。
「それなら......僕にも真似できそうです」
「もちろんだ。これから一緒に練習しよう」
「オーウェン、凄いね。凄く勉強になるよ。それに......」
キオが補足する。
「昔......いや、本で読んだことがあるんだけど、『魔力の分割使用』という概念があるんだ」
キオは前世で学んだ魔法理論を、わかりやすく説明する。
「一度に大きな魔力を使うのではなく、小さく分けて使う。そうすることで、魔力の総量が少なくても、安定した魔法が使えるようになる」
「やってみていいですか?」
セドリックが手のひらに意識を集中させる。最初は不安定だった光の玉が、徐々に安定していく。
「あ......できた......!」
セドリックの目に涙が浮かぶ。
「すごい......! 本当にできた......!」
「ルイさんにも、この方法は役立つと思う」
キオがルイに向き直る。
「料理への使い方を工夫すれば、魔力の少なさは問題にならない」
「本当ですか?」
ルイの目が希望に満ちる。
「ああ。君なら、きっと素晴らしい料理人になれる」
オーウェンも力強く頷いた。
勉強会も終盤に差し掛かった頃、オーウェンが提案した。
「いつか、城の僕の部屋で勉強会をしないか?」
「え......」
みんなが驚いて顔を上げる。
「王家の書庫には、各国の魔法に関する稀有な書物が数多くある。カリナの精霊魔法についても、もっと詳しい資料が見つかるはずだ」
「僕たちが......行っていいのかい?」
キオが遠慮がちに尋ねる。
「いや、でも、キオ様はともかく私たちが行っていいんですか?」
ルイも信じられないという表情だ。
「もちろんだとも」
オーウェンは振り返り、悪戯っぽく笑った。
「キオもルイもカリナもセドリックも友達なんだから」
その言葉に、みんなの顔がぱっと明るくなった。
「わーい! お城!」
カリナが大喜びで飛び跳ねる。
「いいのかな......いや、でももし大丈夫なのであれば、嬉しいです」
セドリックも力強く頷く。
「でも今は、この勉強会を大切にしよう。今後のためにも、続けていこうよ」
キオが提案する。
「そうだな。凄く充実した勉強会だった。それじゃあ、来週の同じ時間にまたここで」
オーウェンが締めくくると、みんなが嬉そうに頷き合った。
図書館からの帰り道、傾きかけた日の光がステンドグラスを通して廊下に長い影を落としていた。
隣を歩くオーウェンが、キオに話しかける。
「キオ、今日は本当に有意義な時間だった。君の知識も素晴らしかったが、みんながそれぞれの経験を共有できたことが、何よりの収穫だ」
「僕もそう思う。オーウェンの実践的な助言があったからこそ、本の知識だけでは得られない、深い学びになったよ」
オーウェンとキオは向かい合い笑いあった。
その夜、キオは寮の自室のベッドに横たわり、今日の出来事を反芻していた。
『シルヴィア先生に怒られたけど......でも、楽しかったな』
ちょっとしたハプニングも、今となってはいい思い出だ。
『キオ』
心の奥で、聞き慣れたシュバルツの声が響く。
『今日の勉強会は、すごく充実してたな。お前が楽しそうにしているのを見ると、俺も嬉しい』
シュバルツの言葉にキオも笑顔になる
『オーウェンの実践的な助言には目から鱗が落ちたし、カリナの精霊魔法は興味深かった。セドリックの地道な努力も、すごく刺激になったんだ』
キオの心が、子供のようにはしゃいでいる。シュバルツも、そんな彼が愛おしいのか、楽しげに声を響かせた。
『お前が成長している証だ。その成長を見守るのは、俺にとっても大きな喜びだよ』
キオはゆっくりと起き上がり、窓の外に広がる満天の星を見上げた。
ベットに寝転がり、再び目を閉じる。仲間たちの顔が次々と浮かび、次の勉強会が待ち遠しくてたまらなかった。
今日一日を通して、彼らとの関係がより対等なものになった気がする。知識をひけらかすのでも、一方的に教わるのでもない。互いの違いを認め、それぞれの輝きを分かち合う。
――なんだか、すごく『青春』をしている気がした。
『明日からの学校生活も、もっと楽しくなりそうだ』
胸に広がる温かい期待感に包まれながら、キオは心地よい眠りへと落ちていった。窓の外では、夜空色の星々が静かに瞬いていた。
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