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夜空色の青春  作者: 上永しめじ
第一章「入学と出会い」
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第5話「勉強会と新しい発見」


 約束の放課後。

 王立魔法学校の図書館は、古い紙とインクの香りが満ちる、荘厳な静寂に包まれていた。高い天井から吊り下げられたシャンデリアの柔らかな光が、整然と並ぶ巨大な本棚を照らし出している。ステンドグラスから差し込む午後の陽光が、磨かれた石畳の床に七色の模様を描き出していた。


 図書館の入り口で待っていたキオに、最初に声をかけたのはオーウェンだった。


「やあ、キオ。楽しみにしていたよ」


 その表情からは、今日の勉強会を心待ちにしていたことが素直に伝わってくる。


「すみません、お待たせしました!」


 続いて、ルイがカリナとセドリックを伴って駆け寄ってきた。ルイの腕には、例の『魔法調理学基礎』の本が大切そうに抱えられている。


「ううん、全然。さあ、奥の席へ行こう」


 キオは五人がゆったりと座れる大きな木製のテーブルを見つけ、皆を案内した。窓から離れた図書館の奥まった一角は、周囲に人もまばらで、勉強に集中するにはうってつけの場所だった。


 席に着くと、オーウェンが口火を切った。


「それじゃあ、まずはルイの本から始めようか」


「は、はい......」


 ルイは少し緊張した面持ちで本を開き、指でとある項目を指し示した。


「えっと......この『魔力を用いた食材保存法』というところが、どうしてもよくわからなくて」


 キオは本を覗き込む。そこに書かれていたのは、基礎とは名ばかりの、一年生にはまだ難解な専門的魔法理論だった。


「なるほど。これは魔力を『循環』させる仕組みを理解していないと難しいだろうね」


「魔力の循環、ですか?」


 セドリックが不思議そうに首をかしげる。


「簡単に言うとね」


 キオがすっと手のひらを差し出すと、そこに淡い光の玉がふわりと浮かんだ。


「魔力というのは、ただ込めるだけじゃないんだ。対象物の中で絶えず巡らせることで、効果を長く持続させられる。食材の保存に応用するなら......」


 キオは前世で培った知識を、この世界の誰もが理解できるよう、丁寧な言葉に置き換えて説明を続ける。


「あ、なるほど! つまり、食材の中で魔力をぐるぐる回し続けることで、腐敗を防ぐということですか?」


 ルイの瞳がきらりと輝き、ぱっと顔が明るくなった。


「その通り。でも、闇雲に魔力を流し込めばいいわけじゃない。食材が持つ性質に合わせて、循環の方向や強さを繊細に調整する必要があるんだ」


「でも、そこが一番難しいんです。どうすれば、食材の性質なんて見分けられるんでしょう......」


 ルイが再びしょんぼりと肩を落とした、その時だった。


「それなら、実物で説明した方がわかりやすい」


 穏やかな声で、オーウェンが会話に加わった。


「ありがたいことに王族として様々な食材を味わう機会に恵まれてね。王家の料理人たちから、食材について教わることも多いんだ」


 オーウェンは優雅な仕草で自身の鞄から、手のひらサイズの果物を取り出した。バナナのように細長く、夕焼けを思わせる赤とオレンジのグラデーションが美しい。


「これはフォルゴという果物だ。この果物に軽く手をかざしてみて。そして目を閉じて、魔力を感じるように集中するんだ」


 ルイは言われた通り、恐る恐る果物に手をかざし、そっと目を閉じた。しばらくして目を開けると、少し戸惑ったように口を開いた。


「何か......温かいような、柔らかいような感覚が......」


「それだ。その感覚こそが、食材の性質だよ」


 オーウェンが優しく微笑む。


 その果物を見て、カリナが「ん?」と不思議そうな顔をした。


「それ......」


 何かを言いかけ、口を小さく開いた、その時だった。


「あ、私も実はリンゴを持ってきてました!」


 ルイが嬉しそうにカバンから取り出したのは、朝、食堂でもらった真っ赤なリンゴだった。その興奮した様子を見て、カリナは「むぐぐ」と慌てて自分の口を手で塞いだ。(今はルイの話を遮っちゃダメだ)と、言いたげな顔をしている。


「じゃあ、このリンゴで魔力の循環を試してみていいですか?」


「いいよ、軽く魔力を流してみて」


 キオが微笑むと、ルイは嬉しそうにリンゴを机の上に置いた。


 そして、ルイがリンゴに手をかざし、魔力を込めようとした、まさにその瞬間。


「あら、あなたたち」


 優しいけれどキッパリとした女性の声が響いた。


 五人が一斉に振り返ると、水色の髪を三つ編みにして前にたらした、メガネをかけた女性が立っていた。タレ目の優しい表情だが、その眼差しには確かな意志が宿っている。


 シルヴィア・ブラウ・リンデン先生――図書館の司書だ。


「図書館内での飲食は禁止ですよ」


 先生の声は穏やかだが、有無を言わさぬ響きがあった。


「それに......」


 シルヴィア先生は、机の上のフォルゴとリンゴを見て、少し眉をひそめた。


「魔法の実習も禁止です。万が一、魔力が暴発してリンゴが飛び散ったら、貴重な本が汚れてしまうでしょう?」


 ルイは真っ青になって立ち上がり、深々と頭を下げた。


「す、すみません!!」


「申し訳ございません。私の配慮が足りませんでした」


 オーウェンも、王族でありながら素直に非を認めて頭を下げる。


 キオ、カリナ、セドリックも申し訳なさそうに小さくなっている。


「あ、あの......僕たちも......」


 キオが言いかけると、シルヴィア先生は首を横に振った。


「わかればいいのよ。勉強熱心なのは素晴らしいけれど、ルールは守りましょうね」


 シルヴィア先生は、怒っているというより、むしろ困ったような優しい表情だった。


「実習がしたいなら、空いている実技場を使いなさい。あるいは、中庭でも構いません」


 メガネの奥のタレ目が、柔らかく五人を見つめる。


「図書館は静かに本を読む場所です。そのことを忘れないでくださいね」


「はい......」


 五人が揃って小さな声で返事をした。


 シルヴィア先生が去った後、五人は顔を見合わせた。


「すまない、みんな。僕の軽率な行動で......」


 オーウェンが申し訳なさそうに眉を下げる。


「いや、僕もだ。説明に夢中になって、つい魔法を使ってしまった。すまない」


 キオも反省の色を浮かべる。


「私も......つい、やってみたくて......」


 ルイがしゅんとしている。


「じゃあ、場所を移動しよっか!」


 カリナが明るく提案した。


「そうだね。中庭なら大丈夫かも」


 セドリックも頷く。


「それじゃあ、行こう」


 キオが立ち上がると、五人は本とフォルゴとリンゴを持って、そっと図書館を後にした。


『王族も平民も関係なく、同じように怒られるんだな』


 キオは少し可笑しくなった。


 

 

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雰囲気が穏やかでゆったりと浸れますね。 優しい学園もの作者様の性格が伺えます。 応援しています。
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