第32話「賑やかな来客(3)」
日が西に傾き、空が茜色から藍色へと変わる頃。
屋敷の食堂には、大きなテーブルを囲んでの夕食の準備が整えられていた。
シャンデリアの柔らかな灯りが、磨き上げられた銀食器をきらきらと反射させている。
テーブルには、セク、リーリエ、キオ、シュバルツ、ルイ、ベアトリス、そして双子のルーアとネロ。全員が席についた。
「キオ兄さま、私、キオ兄さまの隣がいい!」
ルーアが真っ先に席を主張する。
「僕は反対側に座る」
ネロも譲らない。
結局、キオを挟んで左右に双子が陣取り、その向かいにルイとベアトリスが並んだ。シュバルツはキオの斜め向かいの席に、その巨体を器用に収めて腰を下ろしている。
「まあ、賑やかな食卓になりましたわね」
リーリエが嬉しそうに微笑んだ。
次々と運ばれてくる料理は、どれも食欲をそそる湯気を立てている。
濃厚な冬野菜のポタージュ、香ばしい焼き目がついたローストチキン、チーズとハーブの香りを纏った温野菜のグラタン。そしてデザート用のサイドテーブルには、ルイが持参した焼き菓子が綺麗に並べられている。
「「「いただきます」」」
全員の声が重なり、食事が始まった。
「わあ、美味しい!」
ルーアが最初の一口を頬張り、歓声を上げる。
「うん。やっぱり、うちの料理長の腕は確かだな」
ネロも満足そうに頷き、ナイフを動かす。
シュバルツもまた、豪快に切り分けられた肉料理を口へと運んでいた。竜人としての味覚もしっかりとあるらしく、満足げに喉を鳴らしてワインをあおる。
「ルイさんの焼き菓子も、後で楽しみですわね」
ベアトリスが優雅にスープを口に運びながら言った。
「口に合うといいんですけど......」
ルイが少し不安そうに眉を下げる。
「大丈夫ですわ。キオ様から散々、ルイさんのお菓子は美味しいんだって自慢され続けましたもの。美味しいに決まってますわ」
その言葉に、ルイは嬉しそうにはにかんだ。
食卓には、温かな笑い声が絶えなかった。
人間と竜人、身分も立場も異なる者たちが、一つのテーブルを囲んで食事を共にする。
それは、外の世界では少し珍しい光景かもしれない。
しかし、この場所では――ネビウス邸の夜には、それが何よりも自然で、当たり前のことだった。
「ルイさん」
食後の余韻の中で、リーリエがルイに声をかけた。
「明日はルイさんさえよければ、キッチンで腕を振るってくださいませんか? キオ様からお話を伺って、私もルイさんのお料理を味わってみたいのですわ」
「えっ、私なんかが......」
「料理長にも話を通しておきますから......ダメでしょうか?」
リーリエの温かな誘いに、ルイは戸惑いながらも嬉しそうに頷いた。
「......では、お言葉に甘えて。精一杯、頑張ります」
「ありがとうございます! 楽しみにしていますわ」
―――
夜が更け、客人たちはそれぞれの部屋へと引き上げていった。
キオは自室に戻ると、窓辺に立って夜空を見上げた。
吐く息が白く曇るガラスの向こう、雲の切れ間から覗く星々が、静かに瞬いている。
「楽しい一日だったな」
いつの間にか隣に並んだシュバルツが言う。その硬質な鱗が、月明かりを浴びて鈍く光った。
「うん。みんなが仲良くしてくれて、本当に嬉しかった」
キオは安堵の混じった穏やかな笑みを浮かべた。
「特に、双子がルイにあんなに懐いてくれるとは思わなかったよ」
「ルーアは素直だからな。ネロも、あれで内心は気に入っているのだろう」
「うん。ネロは不器用だけど、根は優しいから」
ふう、とキオは静かに息を吐いた。幸福な疲労感が心地よい。
「明日も、楽しい一日になるといいな」
「ああ。きっとなる」
シュバルツの低い声には、確かな温もりがあった。
窓の外では、いつしか雪がちらちらと舞い始めていた。
白い雪片が、夜の闇の中で儚く、けれど確かに光っている。
まるで、今日という日の温かな記憶を祝福するかのように。
賑やかな来客の一日は、こうして穏やかに幕を閉じた。
明日も、その先も――この温かな絆が続いていくことを願いながら。
キオは静かに目を閉じ、深い幸せな眠りへと落ちていった。
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