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夜空色の青春  作者: 上永しめじ
第3章 「紅・銀の波乱と創生の祭典」
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第32話「賑やかな来客」

 


 冬の朝日はどこか頼りなく、薄い雲の切れ間から遠慮がちに差し込んでいた。その淡い光が、うっすらと雪化粧を纏ったネビウス邸の庭園を柔らかく照らし出している。


 朝食を終えたキオは、居間の窓辺に佇んでいた。吐く息の白さがガラスに触れる距離で、彼は庭から続く一本道をじっと見つめている。



「今日、来るんだよね」


 誰に聞かせるでもなく呟くと、背後から弾むような声が降り注いだ。


「ルイお姉さまとベアトリスお姉さまでしょう? 私、すっごく楽しみ!」


 ルーアが軽い足音を響かせて駆け寄り、キオの隣に並んだ。見上げれば、その金色の瞳は期待にきらきらと輝いている。


「お姉さまって......まだ会ったこともないのに」


 少し離れたソファで本を広げていたネロが、呆れたように顔を上げた。



「だって、キオ兄さまの大切なお友達なんでしょう? だったらルーアにとってもお姉さまよ」


 ルーアは胸を張って言い切る。そのあまりに屈託のない笑顔に、キオの頬も自然と緩んだ。


「うん。二人とも、きっとルーアのことを気に入ってくれると思うよ」


「本当!?」


「本当さ。ルイは料理がとても上手だし、ベアトリスさんはすごく優しい人だから」


 キオの言葉に、ルーアの瞳はさらに輝きを増した。まるで満天の星を閉じ込めたような純粋な期待がそこにあった。



『キオ、お前の妹は本当に可愛いな』


 不意に、心に低い声が届く。


 振り返れば、漆黒の鱗と硬質な角を持つ竜人――シュバルツが、腕を組んで佇んでいた。その長い尻尾が、満足げにゆらりと揺れている。


『うん。二人とも、私が学園に行っている間にずいぶん大きくなったよ......』


 キオは心話で静かに返した。離れていた数ヶ月の間にも、双子は確実に成長していたのだ。その事実は嬉しくもあり、そしてほんの少しだけ、寂しくもあった。



「ネロも楽しみにしてるんだろ?」


 キオが水を向けると、ネロは本のページに視線を落としたまま答えた。


「別に......。ただ興味があるだけだ」


 素っ気ない口調だが、その耳がほんのりと赤く染まっているのをキオは見逃さなかった。


「そう? じゃあ、ルイが手作りのお菓子を持ってきてくれても、ネロはいらないんだね」


「......」


 ページを捲ろうとしていたネロの手が、ぴたりと止まる。


「......手作りのお菓子?」


「うん。ルイは料理の天才だよ。きっと美味しいものを作ってきてくれるはずだ」


 楽しげに言うキオから、ネロはふいっと顔を背けた。


「......まあ、出されたものを断るのは礼儀に反するからな」


「もう、素直じゃないんだから」


 ルーアがクスクスと笑う。


「うるさい」


 小さく抗議するネロの声には、怒りよりも照れくささが滲んでいた。




 ―――



 午前も半ばを過ぎた頃。


 静寂に包まれていた冬の空気に、砂利を踏みしめる車輪の音が混じり始めた。窓の外、並木道の向こうに馬車の影が見える。


「来た!」


 ルーアが真っ先に声を上げ、弾かれたように玄関へと駆け出した。


「待て、ルーア! だから、はしたないって!」


 ネロが慌ててその後を追う。


 キオもまた、逸る気持ちを抑えながら二人の後に続いて玄関ホールへと向かった。その横を、シュバルツが威風堂々とした足取りでついてくる。



「二人とも、無事に着いたようだな」


「うん」


 胸の奥が温かくなるのを感じながら、キオは重厚な扉へと歩みを進めた。



 玄関ホールでは、先走ったルーアとそれを止めたネロが、扉の前できちんと並んで待っていた。


 ルーアは今にも飛び出しそうなほどそわそわしているが、ネロに袖を掴まれて何とか踏みとどまっているようだ。


「落ち着け、ルーア。お客様を驚かせるな」


「分かってるわよ! でも早く会いたいんだもん!」


 そこへ、セクとリーリエも姿を見せた。


「お客様がいらしたようだな」


 セクが穏やかな笑みを浮かべる。


「ええ、お迎えに参りましょう」


 リーリエも優雅に頷いた。




 使用人が恭しく扉を開け放つ。流れ込んできた冬の冷たい風と共に、二人の少女の姿が現れた。


 最初に目に飛び込んできたのは、風に揺れるグレーの髪。ルイだ。両手に大きな包みを抱え、少し緊張した面持ちで立っている。



「キオ君!」


 キオの姿を見つけた瞬間、ルイの顔がぱっと華やいだ。


「ようこそ、僕の家へ」


 キオが迎え入れると、ルイの青い瞳がきらりと光を宿す。


「お邪魔します......わあ、すごく立派なお屋敷......」


 高い天井に吊るされた豪奢なシャンデリア。ルイは圧倒されたように目を丸くして見上げている。


「大丈夫ですわ、ルイさん」


 その隣から、落ち着いた声が響いた。


 鮮やかな黄色の髪を優雅に編み上げたベアトリス・ゲルプ・リーデルが、余裕のある笑みを浮かべて一歩前へ出る。


「どう振る舞えばいいかは、私がお教えしますから」


 頼もしいベアトリスの言葉に、ルイはほっとしたように肩の力を抜いた。


「ようこそ、ネビウス邸へ」


 セクが進み出て、来客たちへ視線を向けた。


「私はキオの兄で、当主を務めているセク・シュバルツ・ネビウスです。遠路はるばる、よくいらしてくださいました」


 当主としての威厳がありながらも、その声色には温かみが満ちていた。


「お招きいただきありがとうございます」


 ベアトリスが流れるような所作で一礼した。


「ベアトリス・ゲルプ・リーデルと申します。キオ様にはいつもお世話になっております」


「ル、ルイ・リンネルです......! 本日はお招きいただき、あ、ありがとうございます......!」


 つられるようにルイも慌てて頭を下げた。緊張のあまり、声が少し上ずってしまっている。


「キオの大切な友人だ。どうか気楽にしてほしい」


 セクが苦笑交じりに言うと、ルイの強張っていた肩がようやく下がった。



「ようこそいらっしゃいました」


 続いて、リーリエも柔らかな笑みで挨拶をする。


「キオ様の義姉で、リーリエと申します。お二人のことは、キオ様の手紙でよく伺っておりましたの」


「リーリエ様、ご無沙汰しております」


 ベアトリスが丁寧に頭を下げる。


「以前、ゲルプ一族の集まりで少しだけお会いしましたわね」


「ええ。あの時は確か......私がまだ幼くて、ご挨拶だけで終わってしまいましたけれど」


 二人は穏やかに微笑み合った。同じゲルプの一族とはいえ、家が異なれば交流の機会は限られる。しかし、こうして改めて顔を合わせると、どこか通じ合う親しみがあった。


「今日はゆっくりお話しできればと思っておりましたの。よろしくお願いいたしますわ」


「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


「ねえねえ!」


 大人の挨拶が終わるのを待っていたルーアが、我慢できないといった様子で声を上げた。


「ルイお姉さま! 初めまして! 私、ルーア・シュバルツ・ネビウスです!」


 スカートの裾をちょこんとつまみ、丁寧にお辞儀をする。先日シュバルツに見せた時と同じ、練習の成果が出た洗練されたカーテシーだ。



「キオ兄さまの妹なの!」


「まあ......!」


 ルイは一瞬目を丸くしたが、すぐに目尻を下げた。


「初めまして、ルーアちゃん。私はルイ・リンネル。キオ君の......友達です」


「知ってる! キオ兄さまが、いつもルイお姉さまのことをお手紙に書いてくれるの! 料理が上手で、優しくて、とっても素敵な人だって!」


「そ、そんな......キオ君、そんなこと書いてくれてたの......?」


 ルイが顔を赤くしてキオを見る。


「うん。だってルイの料理は本当に美味しいからね」


 キオが当然のように答えると、ルイの頬はいっそう赤く染まった。



「私ね、ルイお姉さまに会えるの、ずっと楽しみにしてたの!」


 ルーアが嬉しさを隠しきれずにぴょんぴょんと跳ねる。


「キオ兄さまの大切なお友達だもん! だから私も仲良くなりたいの!」


 そのあどけない笑顔に、ルイの表情が柔らかくほどけていく。


「ありがとう、ルーアちゃん。私も、キオ君の妹さんに会えて嬉しいわ」



「......僕も」


 その時、もう一つの小さな声が割り込んだ。


 ネロだった。

 少し離れた場所で様子を窺っていた彼は、意を決したようにゆっくりと近づいてくる。


「僕も......その......」


 言葉を探すように視線を泳がせる仕草は不器用だが、その態度は誠実だ。


「......よろしく、お願いします」


 ぼそりと呟くように言いながら、ネロは真っ直ぐにルイを見つめた。


 その必死な様子に、ルイは思わず微笑んだ。


「こちらこそ、よろしくね、ネロくん」


 そう言いながら、ルイは視線を合わせるようにそっとネロの前でしゃがみ込む。


「キオ君から、しっかり者の弟さんだって聞いてるよ」


「......別に、しっかりなんかしてない」


 ネロが照れ隠しに視線を逸らす。しかし、その声に拒絶の色はない。


「ねえ、ネロくんも一緒においで」


 ルイが優しく手を差し伸べた。


「お菓子、みんなで一緒に食べない? きっと美味しいよ」


 ネロは一瞬躊躇したが、やがて小さく頷いた。


「......別に、興味があるわけじゃないけど」


「素直じゃないんだから!」


 すかさずルーアが茶々を入れる。


「うるさい、お前こそ甘えすぎだ」


「何よ! ネロだって、さっきからルイお姉さまのこと、ちらちら見てたくせに!」


「み、見てない!」


 双子の微笑ましい掛け合いに、その場にいた全員から笑みがこぼれた。



 キオもまた、肩を揺らして笑う。

 その様子に気づいたネロが、耳まで赤くして俯いた。


「......笑うなよ、キオ兄さま」


「ごめんごめん。でも、二人とも可愛いなって思って」


「可愛くない!」


「可愛いって言われるのは嬉しいわ!」


 正反対の反応を返す双子を見て、ベアトリスが口元を上品に隠して微笑んだ。


「ふふ、本当に素敵なご兄妹ですわね」



 楽しい声が玄関ホールに溢れるのだった。


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