第30話「冬の足音、旅立ちの朝(3)」
午後。
静まり返った自室で、キオは荷造りを進めていた。
冬休みの間に必要なものを鞄に詰め込みながら、ふと手が止まる。
「シュバルツ」
「何だ」
窓際の椅子に腰掛け、外を眺めていたシュバルツが静かに振り返った。
「実家に帰るの......少し緊張するな」
「何故だ。お前の家だろう」
「うん。でも......」
キオは言葉を探すように、しばらく黙り込んだ。部屋には、衣擦れの音だけが微かに響く。
「セク兄さんたちに、学校でのことどこまで話そうかなって。ベゼッセンのこととかさ」
「隠すつもりか」
「隠すというより......」
キオはゆっくりと首を振った。
「心配させたくないだけ。セク兄さんは、僕のことをすごく気にかけてくれてるから」
シュバルツは無言でキオを見つめた。
その深みのある紫の瞳には、理解と、そしてわずかな憂いが宿っている。
「......お前の気持ちは分かる」
やがて、シュバルツが静かに口を開いた。
「だが、家族とは支え合うものだ。お前が心配をかけまいとするように、家族もお前を守りたいと思っている」
「......うん」
「全てを話す必要はない。だが、隠しすぎるのも良くない。適度に頼れ」
その不器用ながらも温かい言葉に、キオは小さく笑った。
「シュバルツって、時々お兄さんみたいなこと言うね」
「......そうか」
シュバルツは少し困ったような、バツの悪そうな顔をした。
「悪いか」
「ううん、嬉しい」
キオは荷造りを再開しながら、穏やかに微笑んだ。
「家族みたいに思ってくれてるんだなって」
「当然だ。俺とお前は——」
シュバルツは言葉を切り、静かに目を伏せた。
「——家族のようなものだからな」
その言葉が、キオの胸にじんわりと温かく染み渡る。
「......ありがとう、シュバルツ」
「礼はいらない」
シュバルツは再び窓の外に視線を向けた。
「さあ、早く準備を終わらせろ。馬車の時間に遅れるぞ」
「うん」
キオは頷き、手際よく荷造りに取り掛かった。
―――
夕刻。
キオとシュバルツは、正門前で馬車を待っていた。
冬の冷たい風が容赦なく頬を撫でるが、厚手のコートと隣にいる存在のおかげで、それほど寒さは感じない。
「キオ様、お迎えに上がりました」
やがて、ネビウス家から迎えに来た馬車が、砂利を踏んで静かに門の前に停まった。扉にはネビウス家の紋章が誇らしげに刻まれている、立派な馬車だ。
「ありがとうございます」
キオは御者に丁寧に礼を返し、馬車に乗り込んだ。
シュバルツも続いて乗り込み、向かい合わせの座席に腰を下ろす。
馬車の中は、魔道具の暖房のおかげで春のように温かかった。
ゆっくりと車輪が回り出し、窓の外を眺めると、学園の建物が少しずつ遠ざかっていく。
「いよいよだな」
シュバルツが静かに言った。
「うん......久しぶりの実家」
キオは流れる景色を見つめながら、小さく息を吐いた。白い息が窓ガラスに触れて消える。
「みんなに会えるの、楽しみだな」
「ああ」
シュバルツは穏やかに頷いた。
「お前の家族は、温かい者たちだ。きっと良い休みになる」
「シュバルツも一緒だしね」
キオが微笑むと、シュバルツも口元をわずかに緩めた。
馬車は静かに走り続ける。
窓の外では、冬枯れの木々や平原がゆっくりと後方へ流れていく。
学園の塔が見えなくなった頃、キオはふと思い出したように呟いた。
「三日後には、ルイとベアトリスさんも来るんだよね」
「ああ。賑やかになるな」
「うん。双子も喜ぶと思う」
キオは少し照れくさそうに笑った。
「双子たち......ルーアとネロ、ルイに会いたがってたから」
「そうか」
シュバルツは静かに目を閉じた。
「良い冬休みになりそうだな」
「うん......きっと」
夕暮れの空が、窓の外にどこまでも広がっていた。
厚い雲の切れ間から、オレンジ色の夕日が差し込み、世界を黄金色に染め上げている。
それはまるで、冬休みの始まりを祝福しているようだった。
キオは窓の外を眺めながら、これから待つ冬休みに想いを馳せた。
家族との再会。友人たちとの時間。そして、シュバルツと過ごす穏やかな日々。
全てが、かけがえのない宝物になる予感がした。
馬車の中に、穏やかな沈黙が満ちる。
車輪の音だけが、心地よく響いていた。
冬休みが、始まる。
第二章 完
次話より第三章『紅・銀の波乱と創生の祭典』開始です
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