能力とは①
「それではひとまずここから出ましょうか」島津が平然と出口へ歩き始める。
「ちょ、ちょっと待て。高橋さんはどうするんだ」
「大丈夫です。椎葉さんの話は関龍会内部に告知してありますから、今、彼女に手を出す者はおりません」
悔しいが、結局、何もかも関龍のシナリオ通りだったのか。
「だったら、オレは次にどうなるんだ?」
「それこそ何もご心配なく。あなたはもう関龍会の一員です。別室で関龍会会員、その幹部。御子子としての心得など一通りの説明を受けていただきます。そこで今後、あなたが受け取る報酬の額や福利厚生についてお話しがあるでしょう。
それより椎葉さん。あなた自身の能力について、もっとよく知りたくはありませんか? そちらのほうがお話のメインとなるはずです」
オレ自身の能力? 触れたいと思うものに手を伸ばせば、触れたものを破壊してしまう力。こんなものをよく知ってどうするんだ? いや、こういった能力を知っている関龍なら、まだまだオレの知らない力を把握してる可能性が高い。
ならば知っておくほうが得策だろう。
幸せ組のドアを閉じる際に振り返ると、高橋さんがオレのことを縋るような目で見ていたが、オレは黙ってドアを閉じるしかなかった。
「ではここから先は別の者が案内しますので、ご質問があれば、その者にお願いします」
階段で一階降りた所にあるドアの前まで来て、島津がうやうやしく頭を下げる。
「は? あんたが説明してくれるんじゃないのか?」
「ボクの役目はあくまで椎葉さんを関龍会へ導き、入会させることです。それがかなった以上、ボクの役目はこれで終りです」
「そんなことを言ってウヤムヤにしようとしているが、オレはまだ、あんたの超能力について聞いてないぞ」
「おや、まだそのことを覚えていましたか。なに、何てことはありません。ボクの能力は『どんな人間でも関龍会へ入会させられる』というものです」
こいつ! 本当にそんな能力があるなら延々と説明なんてせず、最初からヒプノセラピーなり催眠暗示と同様のことをすれば済む話だ。明らかにウソを言っているのは、最初から言う気など無かったってことだな。
「お話しできないと言いますか、お話ししないのは当然でしょう。同じ御子子と言ってもお互いに危険な能力を持っているのです。寝首をかかれてはたまったものではありませんから」
その島津の言い分にオレは黙るしかなかった。あくまで下衆野郎として送り込まれていたのならば、こいつの能力なんてたかが知れているはずだ。だが、「下衆野郎を演じる者」として来たのであれば、緊急時にオレの能力を抑え込めるだけの能力がなければ、島津自身のリスクは跳ね上がるからだ。
この能力を熟知している相手に対して、そのどちらかが判断できない今のオレは極めて不利な立場にいる。通常の政治的・物理的な交渉ならある程度、相手の心理を突く発言で駆け引き出来るが、この場合は、相手の気まぐれの要素で命の危険にさらされる可能性がある。
もちろんそれはオレから見た島津も同様で、その上でこれだけの交渉をするのなら、バックに何らかの確定的な安全を保障するものがあるはずだ。
何もかも仮定でしかないが、考え得る限りの警戒はしておいて無駄じゃない。
「お待たせしました。これからのことを相談させていただきます、石渡と申します」
ドアが開き中から出てきたのは、いつの時代から来たのか徹夜で問い詰めたくなるような、マッシュルームカットで銀縁メガネをかけたひょろい色白の男だった。
「島津さん、お疲れ様でした。あとは我々に任せて下さい」
石渡に言われ、島津はさらに満面の下衆な笑顔を浮かべながら、降りて来たエレベータの『上』のボタンを押し、オレには興味を失ったかのように太った体を嬉しそうに小刻みに揺らしながら、先ほどの“幸せ組”の部屋に行くのだろう、舌なめずりしながら鼻歌を歌っていた。




