交渉④
「幸せ組?」
分かり切っていたが、一応白々しく尋ねておく。島津自身の言質を取っておいたほうが後々役に立つだろう。
「ええ。御子孫の位以上の幹部となった者から、直接、聖なる力を与えられる選ばれた者。
なんて話は、これまで部外者だったあなたに通用しませんから、単調直入に言いましょう。この部屋に集められた女は、全員、我々幹部たち専用の慰み者です。
あなたもこれから御子子の位を与えられる以上、いつでもこの部屋にいる誰にでも、自由に聖なる力を与えられるのです」
口の端に垂れてくるヨダレを舌先でチロチロなめ回す島津に心底不快な感情がわき上がったが、証拠の全てを握っておきたいオレはグッと堪える。
「それならここには関龍から選り抜きの美人が揃っているということだな」
「ええ、それはもう。美人だけでなく、若くてスタイルも完璧でなければこの幸せ組へは入れませんから。ぐふ、ぐふふ」
「期待してるよ。どんな女がいるんだ」
「ぐふふ、そう焦らずに」
島津がカードキーを差し込んで暗証番号を押すと、ガシャっと音がしてドアが開き、中から関龍の教典の歌が流れて来る。
中は風俗店のような薄暗さはなかったが、何とも言えないお香のような匂いが充満して、関龍会の服を着た数十人もの女たちが畳やソファーにだらしなく座っている。共通しているのは全員肌の露出が大きいことだ。
「この子達は幹部の誰かがここを訪れて選ばれるのを待つ。いわゆる待機中でしてね。選ばれれば選ばれるほど高い徳が積み重ねられることになっているんです」
島津の説明どおりオレたちが部屋へ入ったとたん、彼女達は我先に誘い始めた。
二十歳そこそこの、しかも誰一人とってもトップクラスの美女が胸や下腹部を見せつけたり、たくし上げた服から尻を突き出したりされると、オレの全身の血はごく一部の地域へ集中するはずだった。
だが、そうならなかった。
不気味なのだ。全員が何かに取り憑かれたかのような張り付いた笑顔と何を見ているのか分からない目。
関龍という宗教によって、自分で考える能力を放棄した人間ならざる者の成れの果てが、たまたま女の形を持っているかのような不気味さしかない。
不快でたまらなくなり、早くこの部屋から出ようとした時、オレは出口付近に一人の人物がいることに気づいた。
まさか見間違いだろ?
信じたくはなかったが確かめるために近づくと、相手もオレに気づいた。
「ああ、やっぱり来て下さったんですね。お会いしたかったです。椎葉さん」
そこにはオレをはっきりと見据えながらも、胸元が大きく開いた関龍会の服を着て、太ももを露にした高橋さんが座っていた。
「ぐふ、ぐふふふ。おや、あなた方はお知り合いでしたか?」
白々しいセリフを吐く島津に、オレはどうしてこんな最低最悪の奴が、オレの説得に来たのかようやく理解出来た。関龍は、最初からこれを想定してこんな最低野郎を差し向けたに違いない。
「ぐふふ、椎葉さん。もう一度言いますが、ここにいる子達はすべて御子子・御子孫の位にいる者が、自由に聖なる力を与えても構わないんですよ。
だけど、この子は少し前に『事故』に遭って胸に醜い傷を負いましてね。もうどの御子子・御子孫からも相手にされません。
だけどこんな傷物とはいえ、今すぐボクが彼女に聖なる力を与えることはできるのです。何と言っても努力とは『女』の『また』の『力』によって成り立っているのですから。
あ、そうそう。もちろんそれだけではありません。努力の言い方は他に『精を出す』とも言いますからね」
女の股の力じゃ、『努』しか表してないぞと思ったが、そのツッコミは今はいらないだろう。
そして高橋さんをエロイ目で見るのは仕方ないとしよう。オレも驚いたとは言え、彼女の姿はマジでエロイと思った。
だが、こいつの言う聖なる力なんて、『精の力』でしかない。
こんな最低野郎に高橋さんを渡したくない。他の少しでもマシと思える奴が来ていれば、高橋さんの自業自得と無理やり割り切れたのかも知れない。
だが、こいつだけはダメだ。生理的に拒否する。
これまで島津と何度かやったのかも知れないが、聖なる力なんぞとバカげた嘘でこいつとセックスする場面なんて、今のオレには耐えられない。
「ああ、椎葉様がだめなら島津様。どうかまた私に聖なる力をお与えください」
オレの後ろに立つ島津へと視線を向ける彼女に、以前言っていた彼氏がいるのかいないのかの質問に「います。今もいっしょに暮らしているんですよ」とノロケられた答えが、まさか関龍の“幸せ組”としての発言だったのかと思い出し、絶望感から全身の力が抜けていった。
「あなたがこの子を少しでも大切に思うのならば、これからも、我々からの報酬は受け取っていただけますよね」
島津のニタニタ顔をぶん殴りたかったが、殴る腕がないことと、『手』を伸ばせばこいつの顔面そのものを啄んでしまう。
いくらイヤな野郎でも、さすがに殺すのはまずい。
「……ああ」
こんな最悪な気分で提案を飲むのは、生まれて初めてだった。




