交渉③
都内のオフィスビルには、表面上対立しているはずの団体が、階をたがえて同居していることが「なぜか」ある。
例えばある民間のメディアと、ある国を強く批判しているメディアが、即座に連携可能になれるがごとく上下階に陣取っていたり、あるいは、同じ人権問題を扱っていても方向性は異なるはずの団体が、偕老同穴よろしく同じビルに巣食っているなんてのは、なかば周知の事実だ。
まさしくオレが連れて来られたのは、都内にあるそんなオフィスビルの一つ。
この十階から十七階の全フロアが、郊外にある関龍総本部から切り離された、宗教活動とは別の実質的な活動拠点だ。
オレは何度となくここに潜入を試み、盗聴器を仕掛けようと懸命になり、近隣のビルから撮影の機会を待ち続けたが、そのことごとくが失敗に終わるという、苦々しい経験を味わった。
今から思えば、超能力などという、ふざけた能力で警戒されていたのならどうしようもなかったのかも知れない。
それが今日は堂々と、しかも、関龍の幹部の招待で真正面から入るなんて、何とも複雑な気分だ。
信者になりそうな人間をだますための無駄に豪華な飾りと、高そうな絵画や壺が並ぶ十階受付フロアに入ると、そこらのモデルでは足下に及ばないほどの美人受付嬢と数人の会員が、にこやかにオレを待ち受けていた。
だが入って来たのがオレだけでなく、島津が一緒と分かった途端、異様な緊張感を漂わせて腰を直角九十度に曲げて頭を下げる。
「お帰りなさいませ。御子子、島津様!」
しかし島津は彼らを一瞥もせずに奥の部屋へ入って行く。
そのままオレも島津を追ったが、部屋のドアを閉じる時に見えた彼らの表情は、島津に対するベットリとした負の感情……憎悪そのものだった。
これほどの視線を向けられるような奴は、そう多くない。
オレの記憶に残っているのは、まだオレが記者として職場に入りたての新人の頃、ある会社の社長のインタビューを任された際に、時系列の詳細は社史編集室と協力するよう言われた時の奴だ。
編集室とは聞こえがいいかも知れないが、その会社での編集室の扱いは、社内でリストラするには失態がないものの、他では使い物にならない連中をお情けで飼っておく体のいい場所だった。
そこで出会ったのが、まさにそんな部署にいるべくしていた奴で、名前は木村彰。
島津と同じくらいの背の低い奴で、金縁メガネをかけたガリガリの奴だ。
とにかく社長の言葉の裏付けを取りたいだけのオレを見下し、一冊の資料本を貸し出すことさえ恩着せがましい言葉を吐き続けた。
結局、たった一月のインタビュー記事を載せるだけの作業が、木村のためにギリギリまで校了できず、掲載後もウダウダ文句を言って来やがった。
実質、奴がいなければもっと早く校了が済んでいたし、文字校正もしっかりできて誤字も防げていたのは間違いない。
木村はそれを掲載後半年たってもネチネチと電話で嫌味を言って来やがった。要はすることがなくて暇だったのだろうが、本当に最悪の野郎だった。
幸いだったのが、オレの上司に当たる編集本部長がその会社に対して企業としての健全な態度を示してくれたことだ。
いきさつは聞いていないが、結局、木村の謎の退職でケリがついたと部長が教えてくれた。
その後の奴の行方は誰も知らないし、オレも知りたくない。
後からその会社の他の部署の人から、木村は社外の者にはどんな相手も見下した態度しか取らないと聞いたが、それを教えてくれた人と、部長が木村のことを話した時の目は同じだった。
ベットリとした負の感情……ゴキブリでも見たかのような目つき。
島津は『様』などと呼ばれているが、実質、関龍内部の者からはゴキブリ扱いされているに違いない。はっきり言ってオレもその気持ちはよく分かる。
奥の部屋に入り、さらに突き当たりの分厚いカーテンで仕切られた先にあったのは、見た目普通のエレベータの扉だ。
「この先は選ばれた者しか入れません。
ああ、警戒されなくても大丈夫です。御子子、御子孫だけに与えられた、現金以外の報酬を受け取れる場所へつながっています」
現金以外? それなら選択肢は限られている。人間の欲は食欲・性欲・睡眠欲の三大欲を筆頭に、生理的欲求や社会的など四十種類以上の欲求がある。
まさかぐっすり眠れる施設が完備されている訳でもあるまい。単純に考えて頭が狂うようなヤバイ薬を扱っているか、多くの宗教で見られたように性欲のはけ口を、つまりハーレム状態を作っているかだろう。
いずれにしても関龍の闇の深部へと入り込める訳だ。
階表示のないエレベータの上昇する感覚がわずかにして、すぐに扉が開いた。
何てことのない、ただの事務所の入り口に見えるその場所で、島津の目に下卑た光が宿る。
「この部屋には“幸せ組”の者達がいるんです。ぐふ、ぐふ、ぐふふふ……」
分かりやすい説明に、吐き気がした。




