交渉②
オレたちが店を出ようとしたところで、店内からドスン! と何が大きな物が倒れる音がして、いくつもの悲鳴があがった。
踵を返してホールから調理場を覗くと、機械の一つが煙をあげて倒れ、人が足を挟まれ下敷きになっている。
「熱い! 熱いよ!」
「誰か早く! 早く助けて!!」
下敷きの男を助けようと叫んでいるのは、さっきのウエイトレスだ。倒れている男の顔は死角で見えないが、あのウエイターに間違いない。
島津? あいつの仕業か!
いや、それどころじゃない。調理場の店員だけでなく、店にいた客の男たちが集まって機械をどけようとしているが、高温の機械に手が出せずオロオロするばかりだ。
その間にも、ウエイターの足から嫌な臭いが立ち上り、熱い熱いと泣き叫んでいる。だが、オレにはどうすることも出来ない。
……どうすることも出来ない、のか?
いいや。もし本当にオレに啄む能力があったとすれば……くそっ! これでは島津の思いどおりだ。
島津がすぐ後ろにいるのは分かっている。どうせオレの神経を逆撫でするようなニヤニヤ顔をしているんだろう。そんな忌々しい顔面なんて見たくもない。
だが。ああ、いいさ。助けられるかも知れないのに、この状況を無視するヤツなんて人間のクズだ。
オレは、ウエイターの足を圧迫している機械の上段部分に向けて「腕」を伸ばした……。
メキャッと音がして、突然まっ二つに裂けた機械は、ウエイターへの熱い抱擁を解いた。
素早く周りにいた者たちの手で引きずり出され、火傷を負った足には店にある氷をありったけ押し付けられる。
それと同時に救急車がサイレンを鳴らしながら店の駐車場に止まり、機械の下敷きと聞いてレスキュー用の道具を持って駆け付けた救急隊員は、その必要がないと分かると素早くストレッチャーにウエイターを乗せて走り去っていく。
ほぼ同時に駆け付けた警察は、店長や店員、客からも事情聴取を始める。
「思わぬところで時間を食ってしまいました。さあ椎葉さん。事情聴取なんてされるとやっかいですから行きましょう」
含み笑いでうながす島津をぶん殴ってやりたかったが、今ここで騒ぎを起こす訳にもいかず、泣きながら事情聴取を受けるウエイトレスに視線を送りながら、オレは島津とともに外へ出た。
「あれはボクがやったんじゃありませんよ」
捕まえたタクシーに乗り込んで目的地を運転手に告げてすぐ、島津が言った。
「だいたい、あなたとの交渉は終わっていましたし、すぐにでも関龍会へお連れしなければならないボクが、あんな無駄な時間は望んでません」
こいつの話は嘘とごまかししかないと分かっているオレは、適当に相づちを打つことにした。
「ですが椎葉さん、これでハッキリしたじゃありませんか。あなたには間違いなく超能力がある。
そしてそれを人の役に立てられる。それこそが、我々関龍会があなたに求めることなのです」
適当にと思った直後に、島津は言いたいことが山ほど出ることをぶちかましやがった。
「あんたじゃないとすれば誰だ? まさかあのタイミングで偶然だなんてバカな話はしないだろう?」
「さあ、偶然か意図的かと聞かれても、ボクは何も知らないので、答えようがありません」
よくもヌケヌケと。このタヌキ野郎が。
「だったら、あんたの能力って何なんだ? 御子子と名乗る以上、あんたも超能力を持っているんだろう。
オレの能力を知っておいて、自分の能力は教えないってのもフェアじゃないんじゃないか」
「うーん、なるほど。それはそうかも知れませんが、大の大人がタクシーの中で超能力なんて会話は恥ずかしいと思いませんか?」
こいつ、散々振っておきながらこれかよ。いや、自分の能力を教えないことは、優位に立つための初歩的な行為だ。
関龍にはこんなやつが一体どれだけいるんだろうか。
新興宗教でありながら、社会の裏側に大きく影響を与える存在であり、信者一人一人が洗脳によって狂信的な妄執を植え付けられている組織だ。
あまりにもあっさり内部へ入り込めたと思っていたオレの考えは、やはり甘かったのだろうか。
オレたちを運ぶタクシーの運転手は、ひと言も口を開くことなく、淡々とハンドルを握っていた。




