交渉①
「……仮に百歩譲って今の話が全て本当だとすれば、オレがウエイターを傷つけなくとも、あんたはこの金をオレに渡したいはずだ」
「ほう。と言いますと?」
オレの言葉に、島津は初めて貼り付けていた笑顔を崩す。
「オレを関龍へ引き込むために、組織としてあれ程の手間と労力をかけておきながら、こんなまだ交渉の一歩も踏み出していない状態で交渉自体を破棄されるような提案なんてするはずがない。
まずは金を受け取らせ、より足が抜け出せない状態へ追い込むのがあんたの仕事だろう。
あんたはただ、あわよくば、オレが金欲しさで何も考えずにウエイターを傷つけてしまう現場に居合わせることで、オレの弱みを握ろうと考えているだけだ」
しかも傷つける相手を選んだ理由は、さっきの態度が気に食わないとか、気に入ったウエイトレスの彼だからとかのガキの考え、あるいはセクハラ・パワハラするクズ上司のような幼稚な発想だろう。
サルースと言うものがどういう手順で行なわれるのか知らないが、超能力を手に入れてしまえばこんなゲスな男が御子子なんて幹部になれるなんて、関龍の底が知れている。
島津は一瞬、明らかに腹の中で舌打ちした顔をしたが、すぐ顔面に笑顔を貼り付けた。
「よくお分かりで。いえ、そうでなくてはわざわざお誘いする意味がありません。
ですが一つだけ誤解があります。もし本当にあなたがウエイターを啄もうとされた場合、もちろんボクはお止めしましたよ。あくまで冗談なんですから」
白々しい嘘をはきながら、小さくなった氷の入ったグラスからお冷やを飲み、ゴリゴリ音をたてて氷を噛み砕いてから、わざわざ例のウエイターを呼んで、おかわりを頼んでいる。
これは駆け引きだ。しかも相手側に絶対有利な条件で話が進行している。何せ関龍はオレを事故に遭わせて以来、ずっと監視しながら交渉の采配カードを自分たちで用意して来たんだ。
今初めて交渉の場に呼び出され、いきなりネタを明かされたオレには手配カードそのものが無い。
しかし……逆に考えれば、関龍は積み重ねて来た交渉カードの大半は使ってしまったのではないか?
もちろんまだ切り札は用意してあるだろうけれど、オレを関龍の手駒にするために追い詰める状況はほぼ目一杯のはずだ。その証拠に自分のことながら、これから先は関龍に頼るしか生きる術が無いとさえ考えさせられてしまっている。
逆にそこまで行くとオレを組織に取り込むため、なり振り構わなかった関龍は、こちらの要求を飲まざるを得なくなるのではないだろうか?
「どこまで書いていい?」
オレの質問に、島津は飲みかけたお冷やを飲むのを止めた。
「オレがあんたたち関龍の、真の実態を暴露しようとしていたためにこんな目に合わされた。だが、ここに至ってあんたたちの資金援助を受けなければ生活に支障が出るのも理解している。
だが、オレはあくまであんたたちの真実を暴露したいことに変わりはない。だから、オレがあんたたちに協力するにはこの条件を飲んでくれ。
オレを、その超能力者として関龍会の内部へ入れて欲しい。そこから内部告発の形で記事を書く。あんたたちには都合が悪いだろうけれど、オレ個人をここまで追い詰める組織力があるのなら、多少のことはもみ潰すことは出来るんだろう?」
「ふーむ。多少ではありません。あながた間違いなく我々に協力していただけるのであれば、今後あなたが書かれる記事は我々関龍会が全てチェックした上で公開いたしますので、思う存分書いていただいて問題ありません」
飲みかけのお冷やをグイッと飲み干して、島津は作り笑顔を浮かべる。
つまり、オレがどんな記事を書こうとも関龍が検閲を入れるので、検閲・捏造するため問題無しと言うんだろう。
全く、どこの国でも金を持っているやつらは自分の好きなように情報統制を操るんだな。
「では交渉は成立ということで構いませんね。それでは、我が関龍王会へご案内致しましょうか。
あなたが望む関龍王会内部をお見せするためにね」
金の詰まった茶封筒をオレの上着のポケットに押し込んでテーブルに立ててあった伝票を抜き取り、島津はレジに向かう。
茶封筒を抜き出して捨ててしまいたかったが、今のオレの手ではそれも出来ず、仕方なく後をついて立ち上がった。
オレは茶封筒の横に押し出した水の入ったコップを見た。本当はあいつの言い出す交渉なんて飲めねえってつもりで、中身をひっくり返すつもりでいたのにな。
ともかく検閲が入るとは言え、これまで知り得なかった関龍の内部に入り込むことに成功したと、今は考えておこう。




